五十六話 再開と指導
まさかこんなところで再開するとは。
スキンケアおじさん。通称五貞の浄静司。
勉強してわかったけどめちゃくちゃ有名人。聖童師をやってて知らない人はいない。
童質も有名で縮尺調法。あらゆるもののサイズを変えるんだとか。相変わらず強い人程、能力のインチキ具合が凄い。
ただ、攻撃力が足りないと長年悩んでいるらしい。
これは僕と一緒だ。
逆に弾間は攻撃特化のインチキ能力。破壊力なら既にトップクラスだと思ってる。いつか五貞になったりして。
そして隣には同じく五貞の向ヶ先さん。
カウンター特化の耐久お化け。ゲームのような戦い方として有名だ。
童質は返拳受罪。
またもや´あらゆる´攻撃に対して特定の秒数以内にカウンターを決めれば、その拳に全てが宿る。
大抵の攻撃を避けずに当たりにいくことから、当たり屋向ヶ先。という不名誉のような異名まで付けられた。
弾間の視線はその後ろにいる美人に釘付けだ。この人も有名人で、名前は満島さん。
おじさんの付き人で人前では表情を崩さない。
聖童師界屈指の清楚眼鏡美人として、『SON』によく載ってる。
『SON』通称サン。聖童師公式便り。
聖童師の最新情報や有益情報を届けて助けてくれる超必須アプリ。特殊な回線が使われて発信されてるから聖童師以外に見られることは無い。
その中でも毎年一番盛り上がると言われているのが総選挙。
色んなカテゴリーがあってそれぞれ一人一票投票できる。
こういうのもあって分かりやすくファンが多い人もいる。
とまあ、その総選挙の美人部門で何度も一位を獲得してるのが満島さん。
ついでに蔑まれたい、叱られたい、踏まれたい部門で三冠を掻っ攫い殿堂入りを果たしている。
いつも黒スーツに身を包み一切乱れない所作と、キリッとした目付きにそれを包み込む黒縁眼鏡。
写真集を出したいとしつこく付きまとった写真家聖童師が、半殺しにされて崇められたとの逸話も。
そんな三人がなぜ学校に来たのか。
遡ること十秒前。
いつも通り戦闘訓練をしていたら三人が突如校庭に現れて今に至る。気づいたらそこにいた。つまり何もわからない。
「ちょうどいいから訓練相手してやるよ」
何がちょうどいいのかさっぱりわからない。向ヶ先さんがニヤリと白い歯を見せる。
そんな事を言われたらやりたくなるのが聖童師。
「お願いします」
強い人との戦闘はどれだけ数をこなしても良い。
強い人を前にして戦わない選択肢は無い。
それはどんな状況だろうとね。
「そんじゃあ、こっちもやるか?」
「ほ、程々にお願いします。浄静司さん」
おじさんはポリポリと頬を掻きながら。
籠った声とは裏腹に顔がニヤついている弾間。その手に握られているのは棒状の手榴弾。
突然の格上との戦闘訓練が始まった。
「兵頭っつったか?全霊を乗せて叩き込んでこい」
服ははだけてゴツゴツの上半身があらわになる。
拳が嵌め込まれているような腹筋がピクピクと動く。
僕のパンチ通るか?
再生、触腕、翼、全開放し最速の一撃を叩き込む。
三本の触腕が絡まり一つの腕となる。向ヶ先さんの眼前に迫りそのスピードの勢いそのままで一撃を繰り出す。
向ヶ先さんの目は常に僕を見ていた。それがどういう意味か、わからない程バカじゃない。
(パ!シュパァンっ!!)
残念ながらその動きを目で追うことは叶わなかった。
僕が殴るまで一切動かず、そして気づいた時には触腕が破裂していた。
そうしてやっと殴られた事を知覚した。
殴るまで動かず殴り終わった時にはカウンターが終わっていた。
正に一閃。光の速さで殴られた。
「ははっ」
笑うしかないよ。力の差は歴然。
踏み込んだ跡がくっきりと地面に残っていた。はるか高みにいることを目の当たりにしても体はかってに動いてくれる。頭で考えなくても次の一手があると体が示す。
そして僕は地面の色と同化させていた触腕を足に絡める。
胸を借りるつもりで色々仕掛ける
剥がされる前におおきく羽ばたく。それと拘束についてはカウンターが適応されないのか、されるがままになる。そうだといいけどね。
足を掴まれて逆さ吊りにされたままぐんぐんと上昇していく。
十分に上がってから拘束をといて空中に放り投げる。
一緒に降下して行く中で再度、触腕同士を絡めて一撃を繰り出す。
踏ん張りの効かない空中だとそのカウンターの威力は減衰するんじゃないか?
字面が凹むほど踏ん張った結果のあの威力なら可能性はある。
触腕が破壊されないのなら地面に着くまでとにかく撃ち込む。
(パ!シュパァンっ!!)
そんな浅い考えは破裂音と共に儚く散った。
さっきと同程度の威力。触腕を破壊するには申し分ない威力だった。
「まじか…」
物理無視で固定乗算値のカウンター。
そうなるとカウンターの時に指一本でも相手に触れれば最低でも固定乗算値分の威力は伝えられるのか。
地面が凹んだのは素のパンチで生まれたエネルギー。
これが聖童師界でトップクラスの実力。
興奮が止まらない。
(デュクシっ)
「童質改変。『奇界臨獣変態ノ極ミ』」
二体の怪物を両隣に召喚する。
先手必勝、貫頭爆。
クラッカーのように先端から爆風が飛び出すオリジナル指向性手榴弾。
放り投げた手榴弾は浄静司の頭の上に飛んでいく。
(落ちろ!)
(パァン!!)
真下にいる浄静司に向かって爆風が飛び出した。
(みゅん)
「?」
下に伸びていくはずの爆風がむしろ縮んでいってそのまま爆風が消えた。
(コロンっ)
空になった手榴弾の外側が虚しく地面に落ちた。
「それじゃあ俺に届かねぇよ」
本当にクラッカーのように音だけで終わった。
「童質改変。『全面万辺地雷網』」
禁域犯す者、是を罰する。
広げられた禁域は半径五m。
一歩、また一歩と浄静司に近づく。それに対して浄静司は反応を見せない。
様子見か?それともなんとも思ってないか。
(ボロ雑巾にしてやる)
「これが今の渾身か。見せてもらうぜ」
はっ、余裕かよ。だったら全力で焼き尽くす!
警戒無く入ってきた浄静司に対して、オートで四方八方から空間が爆発していく。
(バボォン!バボォン!!バボボボォン!!)
爆発に包み込まれた浄静司は外から見えない。だが、俺の禁域内だから俺にはわかってしまった。
爆風は浄静司に届いていない。一定の距離で爆風が留まっている。いや、爆風自体は前に進んでいるがそれが存在する空間が縮められている。
よってどれだけ勢いよく向かう爆風でも浄静司に触れることが叶わない。
そうか。いきなりグラウンドに現れたのはこれか。空間を縮めて移動してきたってことか。
だから一瞬で目の前に現れた。その過程が俺たちには見えなかった。
なぜならその空間は俺たちの前にあって俺たちの前には無い。
その空間を俺たちは認識出来ていないから縮められた空間なんてものに気づくことが出来ない。
どうすれば届くのか。思いたくないけど思ってしまう。相性が悪い。
そもそもこれをやられてしまえば射程圏内まで近づくことすら許されない。
爆風、破片、炎焼、そのどれもが浄静司には届かない。
ゼロ距離から、もしくは気づかれないように近付くか。
どうやって気づかれないようにで近づくのか。俺の道手持には手段が……。
あった。
目に見えない煙。毒ガスの生成。爆風に紛れさして二段構えの攻撃。
目に見える攻撃が来ればそっちに目がいくのは必然。
ガスに聖気を纏わせなければ聖域の感知にも引っかからない。
ただ、これは人間相手に限るかな。吸血鬼にただの毒ガスが効くかどうか。今度試す必要があるな。
「おいおい、戦闘中に考え込んでどうした?」
(っ!!)
意識を目の前に戻せば鼻先に浄静司の顔があった。
禁域内の爆発に巻き込まれる事を想像してすぐに離れようと体が動いた。
(パシっ)
「動いたら巻き込まれるぜ」
「…」
既に爆発に囲まれていた。幸い浄静司が俺も一緒に守ってくれていた。
「負けました。次戦う時までに準備しておきます」
「おーおー!言うじゃねぇか。
まぁそうだな。戦い方が一辺倒過ぎるのが気になるな」
「はい」
それは俺もわかってる。ただ現状、他の戦い方が見つからない。
力押し以外の戦い方を見つけられればいいけど。
「っと。向こうも終わったか」
どうやら兵頭君も完敗だったらしい。お互い服にシワも付けられずに敗北した。
「そんじゃ俺らもう行くから」
この人たちほんとに何しに来たんだ?僕たちをボコって帰って行った。
戦えたからそんなのどうでもいいけどね。
で、課題が見つかった訳だけども、どうしようか。
火力不足を補うには。そろそろそっち方面にも手を出しますか。




