五十三話 特禍
「突発的規定外特異災禍。通称『特禍』。
正しく明らかになっている訳ではありませんが。
それは混沌の時代に大きく濁った渦が一つの器へと集まり天秤を均す。
天より望まれて生まれた存在。その存在に誰もが嘆き、膝を折る。
天下の器を持って生まれた怪物。
吸血鬼であるが、もはや同種の吸血鬼として分類できるものでは無い。
産声をあげた時、既に神域へと踏み入っていた者たち。
補足ですが、現正一位の方たちもこれに該当します。混沌の時代に生まれた人智を超えた生物」
『特禍』 人もまた禍いなりうると。
つまりは道楽さんと天道さんもあいつと同じ領域にいる。
そりゃ手も足も出ないわけだ。あの空間支配能力は持って生まれた神に届きうる器。
ていうかこの言い方だと神がいるみたいな感じになるけどどうなの?神話の話とか普通に再現出来そうな人たちなんだけど。
幻を現実に持ってきたり、時を止めたり?
やってる事がもう神じゃん。ちなみに隣に雷様いるけどね。
実際の所どうなんだろう。弛先輩はその器なのかどうか。
「外見的特徴から見て恐らくですが傲慢ですね。生まれ落ちて間もなく、当時傲慢だった橋本を殺して新たに傲慢となったのがあの少年です。
戦闘センス以前に強大な力を有しているのは確かですね。
対面した私たちは動けませんでした。
まあ、恐らく私たちがこの先会うことも無いでしょうけどね。君たちは頑張ってください」
マジかよ。大罪を殺して自分が大罪になるとかどんだけ破天荒なやつなんだ?
いや、なろうとしてなった訳じゃないのか。ただ選ばれたから傲慢になっただけか。
強い奴に飢えた怪物。
僕は狙われなさそうで安心だ。今回見逃されたってことはここにいる人たちはお眼鏡に適わなかったと。
偶然にもそんな怪物が命の恩人でもあるわけだ。こりゃ大変だ。
助けられたからにはきっちりとお礼をしないと。
童質改変できたからって浮かれてるわけにはいかない。
童質だけを鍛えてもダメらしい。他の戦う術が必要になってくる。さしあたっては聖気の扱い。まだまだ強くなる余地はある。
やっぱり満掛は説明が好きだと思う。
「それにしてもお互いラッキーでした。ネムル様のおかげでここの平和も続きます」
「それはどういう…」
「私達たちは君たちを殺さずに済んだ。そして君たちは私たちを殺さずに済んだ。
つまりはそういうことです。
私たちは人を殺した事がないので、そもそも殺される理由がありませんでした。
にもかかわらず殺してしまっていたら、君たちはタダでは済みません。
そして私たちが君たちを殺してしまっていたら、正当な理由で私たちは殺される事になりましたから」
「なんだって…!?」
人間を殺した事が無い?これだけの事をやっておいて。
この地位は吸血鬼を殺して築き上げてきたものか。それで良くここまで大きな事を。
いや、殺さずとも力を見せれば。それに、力に寄ってくる者も。
力に服従する者と力を組み敷こうとする者。
あぁ、もっと単純な事だ。
国の中枢に吸血鬼が紛れ込んでる。そうすればいろいろと辻褄が合ってくる。
寿命の無い吸血鬼が普通に生活してる時点で気づいても良かった。
ほぼ不死身の吸血鬼は、見た目も変わらなければ、傷もすぐに治る。
死ぬ方法はたった一つ、聖気で殺すのみ。
いつしか吸血鬼ありきの世界になっていた。
人間と吸血鬼がお互いを利用し利用されを繰り返してこの国は出来上がっていったんだ。
吸血鬼と聖童師がこの世に生まれてから。
そんなしょうもない事に気づいた。
聖童師は吸血鬼を相手にする職業。医者や葬儀屋と同じだ。
吸血鬼がいるから我々の仕事がある。
「今回は素直に撤退だな。
これ以上やらかすと私たちの立場が無くなる。だろ?山本」
「だな。俺たちは見極めに来ただけだ。
一年はどうだ?」
「「「異議なし」」」
殺す理由が無いなら殺さない。理由とは一種の言い訳だ。
理由があるから出来る事がある。理由が無いから出来ない。
矛と盾、両方の性質を持ち合わせている便利なカード。
僕は不死身だ。だからこそ、矛となる理由を選択する。
平和を維持するために。
「ということで、私はネムル様を付きっきりで看病しなければなりません。
これは致し方の無いことです。二十四時間そばで見守る事にしましょう。
あ、また会おうね生狂士」
「生狂士?」
「兵頭くんのあだ名だよっ」
「はぁ」
そんな言葉を残して、この状況で満掛は歩いて部屋を出ていった。
「解散!お前らもうここに用はねぇんだろ?
とっとと帰りやがれ。気分悪い」
「女子に負けたからっていじけんなよ」
「はぁ?お前は子供に勝てて嬉しいんですかー!」
「嬉しいも何も無いよ。子供に負けた神保くんにはわからないかぁ。ああ、かわいそう。
お姉さんが慰めてあげまちゅよー」
「はんっ!誰がお姉さんだ。
ババアの間違いだろっ」
「はいプッチン。私が一番言われたくないこと言った。
表出な。包んで東京湾に浮かせてやるから。せいぜいカモメにでも助けてもらいな」
「やってみろよ。そんなん俺の矢でプッチンだからよ」
チャラ男と女がぶつかり合いながら部屋を出ていった。
「帰っか」
昴先輩のその一言で僕たちは帰った。
先輩たちが上の人から呼び出しを受けたみたいだけど、何もしてないからお咎め無しだって。
僕たちのあの日の記録は抹消された。
「兵頭君聞いた?またまた引退した人が出たんだって」
「また?最近多いね」
「今回はかなり有名。高飛びの竹林さんだって」
「まじか!聖童師会最高の男。
ただの跳躍で大気圏に突入する唯一の聖童師が!」
「そうそう」
「でもなんで突然」
「さあ、詳しいことは書いてない」
「この一週間で十人目。なんか物騒だね。
何かとんでもない事が裏で起きてたりして?」
「まさかぁ。偶然でしょ」
「だよね」
暗闇の部屋に落ちる十の影。
「十年ぶりに表に出てきたか」
「ほんとこいつらめんどくせぇんだよな」
「我々には関係無いですけどね」
「人魔共生団体『ヒクラシスの花園』」
「てか、あいつらただの露出狂で変態の集まりだろ」
「ナメない方がいいですよ。気づいた時には貞操を失ってるかもしれませんから。
ほら、気を抜いてると海柱君の海柱が!!」
「うぉぉお!寒気がしたぜ。久々に貞操帯付けようかな。
俺たちには依頼来てないんすよね、リーダー」
「ああ。今回の件、私たちは関与しない。
どうなるか見守るとしようじゃないか」
『惑星』の面々はそれを聞いて安堵する。
「て、なんでこんな雰囲気出してるんすか。電気つけましょうよ」
「いいじゃないか。これの方が盛り上がるだろう?」
(ぴっ)
部屋の電気が付くと、色とりどりの髪色と名前を持つ者たちが並んで座っていた。
調停省。それは影から日本を支える者たち。




