五十話 学生最強
緑の絨毯がいっぱいに敷かれている大平原。
中村弛は学生で唯一の従一位聖童師。
既に聖童師の中では上澄みにいる。ここからさらに経験を積んでいければ恐らく聖童師を牽引する存在になると言われている。
現在では世代を代表する聖童師だ。
弓か…相性はいいな。私が近距離で向こうは遠距離。確実に私に有利なこの状況。
当然、接近戦で片付ける。
「火傷したけりゃ近づきな。特別性の雷で炙ってやるよ」
何よりも速く、私は駆ける。
地面の草を焦がして走る姿はイナズマの閃き。
全身に迸る雷がぶつかり合ってなお、勢いは増して空気を刺激していく。
閃光する拳が空気を穿ち、こいつを屠る。
一突天昇。
(パチッ)
振りかぶった拳が男の腹に当たろうとした時。
「剛弓っ」
(パチィン!!)
超至近距離から最速の一矢が放たれた。
腹と拳の距離は僅か数十cm。そこに割り込ませた弓は異常な力で引っ張られ、グニンっとU字型になるまで曲がり、矢が放たれた。
弓の形が戻る時、確かに空気を叩き潰した音が聞こえた。
「がぁっ!」
突き出した拳とぶつかり腕が吹き飛ばされた。
(まじかっ!)
吹き飛ばしてなお、遥か彼方まで直進していく矢を横目に見届ける。
「なんつー威力だよ」
「はっ、相手が弓を持ってるの見たらそりゃあ、近づきたくなるよなぁ!
でも残念。狩人が武器を構えた時、それは獲物を前にした時だぜ」
拳以外の場所だったら貫かれてたかもな…。
そういう意味じゃラッキーだ。
「俺の狩りのスタイルを知ってるか?懐までおびき寄せて眉間を撃ち抜くんだ。
ゼロ距離からの必殺の一撃」
弓にさえ気をつけてれば問題無し。
「既にお前をロックォン…」
「パーマ足りてねぇんじゃねぇか?チリにしてやるよ」
「童質改変。『雷光眩示』
お前はもう、私を見つけられない」
一段と輝きを増す体はプラズマへと成り代わった。全身が薄紫の光を帯びている。
実体を伴わない異質の存在と成った中村は生物としての範疇を逸脱している。
神保は一歩後ろに下がる。
瞬きを終えた頃には影も形も見失う。
「終わりだ」
背後からなら私の方が速い!私に追いつくことは出来ない!
しかし、聖童師とはみな、聖気を纏っている。日常生活ならまだしも戦闘中にそれを完全に抑える事など不可能。
ましてや、今中村は実体を持たない。故に聖気を抑えこむ場所など無い。
さらに、必殺の一撃を喰らわすのに聖気を抑える者などいない。
よって。
「ここは俺の狩猟場だぜ?」
さっきまでただつっ立ってた背中しか見えなかったのになんで!?
目と目が合う。
そして既に弓を引き終えてる。
「聖域内で俺の目を欺く事は出来ない。
聖域内の万物は俺の獲物だ」
(バチィン!)
中村の性質を知らない神保の表情は驚愕に染まる。
放たれた矢は中村の体をすり抜けていった。
瞬間的に空いた体の穴は既に閉じている。
「私は期待の新人なんだ。こんなところで負ける訳にはいかない」
(バチコォーン!)
今度はしっかりと中村の拳が神保に届いた。
「うがっ」
神保の体に電流が走り、一瞬の硬直が生まれる。
そこに、急速に接近する聖気の塊。
どこからか飛んで来た一本の矢だ。
だが、対処の必要は無いと切り捨てる。
今はこの一瞬が絶好の機会。
(ブヒュッ)
自身の体を貫く矢を無視した攻撃は。
(ドゥッ)
拳が届く前に矢が男を吹き飛ばした。
「なっ!?」
拳が届かない距離まで吹き飛んでいく。
吹き飛ばされた男は痺れから解放されて、土埃を払いながら起き上がる。
「ふはっ、狩人はいついかなる時でも冷静さを忘れない。
言ったろ?ここは俺の狩猟場だ。
反射角度を計算するくらい朝飯前だ。
矢を弾かれてたら俺は動けずにやられてたけどな。運が無かったな」
それは今回の事だけだろ。お前は私に攻撃出来ないし私の攻撃を防げない。
運はあるけど活路は無ぇよ。
(ゴオォォォォオオオオオン!!)
聖契臥房内に紫の雷が轟いた。
地面に伏し黒焦げになった神保と雷光を失って地面に座り込む中村。
「あぁ……つかれた」
隣には弾間と茶摘がいた。
「負けたのか」
「はい。すみません」
「別に謝る事はねぇだろ。それなりに強そうだし」
中村は茶摘を一瞥する。
茶摘は黒焦げの神保を見て。
「だっらしなぁい!女の子に負けるとか情けなぁ」
瀕死の神保に嘲笑を届ける。
「るっせぇ……。こほっ。つぎは勝つ」
「こんなボロボロにされといて次とかあんの?ぷふっ」
「いいや。まずはお前から殺す」
「そんな事言ってぇ。無理じゃん。
強がりも程々にね」
「死ねっ」
岩肌剥き出た海岸で対峙する暮慕岬と汐干岩。
一際大きな岩の上で四足獣となり相手を睨む。
(同じ!?)
私と同じ童質だ。ほとんど鏡写しで違うのは色だけ。
私は白であいつは黒。
白黒ハッキリさせようって?いいじゃん。
「全ての色を混ぜると白になる。つまり私が最強」
「全ての色を混ぜると黒になる。つまり俺が最強」
二人の言葉が被る。
「「は?」」
(ザブーン)
押し寄せる波が岩にぶつかって飛沫となり二人に降りかかる。
『白狼突牙!!』
『黒狼裂爪!!』
両者の爪と牙がぶつかり合って火花を散らす。
「はあ、疲れた。これでわかっただろ。
全てを喰らう黒が最強だってな。
って、聞こえて無いか」
地下都市に戻ってきた暮慕岬と汐干岩。
力無く倒れる暮慕岬に話しかける汐干岩は息を切らしながら自らの主張を押し通した。
「あれ、あんたが勝ったんだ。いや、屋敷木じゃあ仕方ないか」
傍らに立つのは熱血教師。その肩には屋敷木を担いでいた。
「こいつは根性が足りん!」
「はっ、根性か。
そいつが一番嫌ってる言葉だ」
「そうか。直々に鍛えたいところだな」
「それはありがた迷惑ってやつだぜ。殺されても知らねぇぞ」
「それくらいしてこなくては困る!むしろ大歓迎だ!」
なんともフランクに話し出す二人。敵対してるはずだが、そこに不穏な空気は無い。
「あらら、他の所も終わってんな。
おっさん、とりあえず城に行こうか」
「あい、わかった」
歩き出す汐干岩の後を暮慕岬を屋敷木とは反対の肩に担いで着いていく熱血教師。




