四十六話 枕頭預
地下都市B地区C地区に隣接するA地区。
三メートルの石壁に囲われた先にある城は眺めることしか出来ないことでこう呼ばれてる。
『触れられざる居城』
そこでは今日も変わらない日常が送られていた。
二十五mプール程の広さを持つ食堂。
豪華な装飾と煌びやかな家具が並ぶ。縦長のテーブルには左右それぞれ三人ずつが間隔を空けて座っている。
そして奥にとびきり大きな椅子が置かれてるが空席となっている。
「我ら枕頭預後見守護隊。本日もネムル様の安らかなる睡眠を見守り完全なる守護を」
「「「「枕頭預」」」」「……」
一人の口上から始まり、その後に五人が続く。そうして六人がただ一つの空席を見つめる。
そして用意された料理に順次手を付け始める。
「もうすぐネムル様が目覚める。
あふんっ!もっと!もっと頼られたい!
起きてる間のことは全部、私が施したい」
熱気を帯びた乱れた呼吸で熱々のプレートの上に置かれた肉をナイフで切り分ける。
鎖骨辺りまで伸ばした明るめの茶髪。整った顔立ちは少し女性よりで少女漫画に出てくるような美しい男。
艶のある声が食堂に響く。
「うっさいんじゃ!満掛ぇ。
食事中は静かにせぇ!」
怒鳴り散らすのはぼったりとしたハゲ男。
空気を刺すような声。
「そういう和司も十分うるせえよっ」
「んだとぉっ!神保ぉ!」
ハゲ男(和司)を注意するのはチリチリツイストパーマをかけた黒髪短髪の男(神保)。
鼻ピアスにヘリックスピアス。舌をチロっと出すとそこにもピアスが付いていた。
「なぁ?」
周りに同意を求める神保。
「それはそう」
最初に答えたのはほんのり茶髪を胸元辺りまで伸ばしていておでこを出すように前髪を流している女。太っていないが肩幅がありずっしり感がある。
名前は茶摘。
「…うん」
ボソッと消え入るような声で返事をしたのは小柄な黒髪の少年。
テーブルからギリギリ肩が出ていてやりにくそうにナイフとフォークを動かしている。
名前は汐干岩。
「……」
声を出さずに頷いたのはもっさりとした髪が顔を覆うように伸びてる陰湿な空気を纏った男。
名前は屋敷木。
「ちっ、全員敵かよ」
「そうカリカリするな。もうすぐネムル様が起きるんだ。空気が淀んだらお前のせいだぞ。
枕頭預として情けない」
「ったくよぉ。いつも枕頭預枕頭預うるせえなぁ」
「枕頭預足るものネムル様の為に生き、ネムル様の為に働くのが至上の悦び。
我ら枕頭預の血肉は全てネムル様の安眠のため」
一人舞い上がる満掛を置いて五人は食事を済ませる。
「満掛様。例の物を貰いに来ました」
脂ギッシュな体をスーツで包み込んだ男が食事を終えて廊下を歩いていた満掛に駆け寄る。
「それなら倉庫に用意してますよ。行きましょうか」
「ぜひ!いやぁ、最近食欲が無くてですねぇ。
若干胸に痛みを感じてるんですよ。これはまずいと思って頂きに来ました」
脂ぎった男はセコセコと満掛の隣を歩き、笑顔を絶やさず手をスリスリしながら話を続ける。
「おっと、それは大変ですね。急ぎましょうか」
「いえいえ、ゆっくりで構いませんよ。なにぶん、このたぷんたぷんのお腹で運動は苦手なんで」
「そうですね。ゆっくり行きましょう。急いだところで何が変わるわけでもありませんし」
「ですな」
はははとかわいた笑いをしながらハンカチで顔の以汗を拭き取る男。
「それにしても頻繁に体を壊しますね」
「ええまあ。いやぁ、仕事の付き合いでの食事が多くてですね。あまりバランスのいい食事ができてないんですよ」
「そうでしたか」
城の一階に降り、広い廊下を歩いて端に到着した。
「着きましたよ」
扉を開けてカチッと部屋の明かりをつける。
中は白いタイルが引き詰められていてひんやりとした空間。
ここは食料保存庫。大中小の冷蔵庫から冷凍庫、ものによって分けられている。
満掛はカゴを掴んでそこに薄緑のリンゴを三つ入れて男に渡した。
「よろしければ体内環境を整えるものも用意出来ますが必要ですか?」
満掛が提案すると男は険しい顔をした。
「もちろんタダじゃないですよね」
「ええ」
「どんな条件ですか?」
ポフポフとハンカチで汗を拭く男。
考えるようなポーズをとる満掛。
「そうですね。
少し監視に力を入れたいのでカメラを三百台程お願いします」
「カメラ…ですか。もちろん地下都市の監視ってことですよね?」
「はい。
この間何者かが侵入した形跡を見つけましたのでその対処を」
「だ、大丈夫なんですか!?
ここがバレたら大変なことになりますよ!私だけじゃない、あなたたちもですよ!」
下手に出ていた男が突如、声を荒らげて満掛に迫る。
「わかってますよ。そのためのカメラです。
我々とて、邪魔者は排除するつもりです。
速やかにね……」
「…そ、そうですね」
迫られるも焦る様子を見せずに淡々と言い放つ満掛の圧に押される男。
そしてブルーベリーがカゴに追加された。
それから会話が途切れ、部屋から出るまで喋ることは無かった。
「ありがとうございました。明後日までにはカメラを揃えます」
「よろしくお願いしますね」
ニッコリと微笑む満掛とそれを見て唾を飲み込む男。
わかりやすく上下関係が刻まれている。
日本でも有数の化粧品会社の社長すら怯ませる笑顔。いくら社会の修羅場を乗り越えようと心臓に爪を立てるような鋭利な笑顔には耐えられない。
帰り際は毎度、畏怖に染まってでいっぱいいっぱいになるのがここの利用者たちだ。
どちらもお互いを利用しあっている関係。
一方は金と人脈。もう一方は理外の力。
日本のトップに上り詰めた者たちが費やした時間は膨大だ。故に崩壊を恐れている。
構築と崩壊は表裏一体。力あるものは力を失うことを何よりも恐れる。
地位、名誉、肉体の終わりに怯え、そこから逃れる事に取り憑かれ、時に誤った道を選択をしてしまう。
たとえそれが一時の安寧だったとしてもすがりついてしまう。
それほどまでに一度手に入れたものを失うということは恐ろしい。
最奥の部屋。
天蓋付きのベッドで一人の少年が目を覚ます。起き上がりベッドの縁に座り足をぶらぶらさせる。
水色と白のしましま模様のパジャマと三角のナイトキャップ。てっぺんに付いてる綿の玉がでろんと頭の横に垂れている。
病的なまでに白い肌に水色の髪の毛。今にも消えてしまいそうな程に存在が薄い。
(むはぁ…)
欠伸をしながら軽く背伸びをする。
「お目覚めになられましたか、我らが主君。
七つの大罪 怠惰 ネムル様」
「も〜、毎回そんな仰々しいのやめてよ。ふぁ〜ぁ。
まだ目が覚めてないんだ。ホットミルクある?」
「もちろんです。こちらをどうぞ」
「相変わらず用意がいいね」
「滅相もございません。
世界で最も尊く儚いあなたの為に我ら枕頭預、塵となるまでお世話します」
待ち望んでいた主君の目覚めを前に、用意していたカップを手渡しする。
久々の会話に心が踊る。
「あちゅっ」
「なっ!人肌まで温めておいたはずでしたが!」
渡されたコップに口をつけたネムルが声を上げた。
それにすかさず反応した満掛は驚きを隠せない。
「ごめんごめん。一週間ぶりだからね、想定してたより暖かかったから咄嗟に出ちゃった。
熱くないのに。えへへ」
「それはなんとも。(可愛すぎですよ!はにかんだ笑顔がまさに天使っ!微笑まないでぇ!その笑顔、人が死にます!主に私が!)」
「では汗もかいてるでしょうからお風呂に入りましょうか」
「うん」
そしてお風呂から上がったネムルを部屋に送る途中、茶摘が後ろに立つ。
「満掛」
「なんですか。見てわからないですか?忙しいんです」
「悪いが侵入者だ」
「やってくれましたね。よりによってこのタイミング。みんなを食堂に集めてください」
それから茶摘は離れ、満掛は部屋までネムルを送り届けた。
食堂に枕頭預の六人が集まる。
(パンパン)
満掛が手を叩いて注目を集める。
「速やかに侵入者の排除。内一名を捕縛しどこからこの場所の情報が漏れたのか聞き出します。さあ、持ち場に着いてください。適宜、連絡は怠らないように。
ネムル様の眠りを妨げるものは誰であろうと許しません。
枕頭預の制裁を」
「「「「枕頭預」」」」「……」
気づけば食堂には誰もおらず、扉が音を立てて閉まる。
(キュイー、バタンッ)
最奥の部屋。
再び部屋に訪れた満掛はベッドで眠るネムルの顔の近くでベッドに寄りかかって体を預けた。
ネムルの顔を超至近距離で見つめる。
(くっ!眠りに着くネムル様を見届けられなかった!)
「むにゃむにゃ」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ン゛ン゛ッ!!おほっ!」
(むほっ、寝言が可愛すぎてついエクスタシーに達してしまいました)
「ハァハァ…あぁ、すぐに侵入者を始末して戻ってネムル様の寝顔を見に来ますから。
しばしの別れ、寂しがる必要はありません」
スっと立ち上がって部屋から出る。
「さて、行きましょうか」
部屋の扉を閉めて歩き出す。
前話タイトル忘れてました。
四十五話楽園。
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│ A地区 │
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│ B │ C │
│ 地 │ 地 │
│ 区 │ 区 │
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こんな感じになってます。




