四十四話 調査
俺は目的の場所に辿り着いて、その周辺をぐるっと歩き回る。
その中で一番怪しいと思ったのが、紛失したスマホのGPSが指し示した位置の真上にあるビルじゃなくてその隣にある工場。
小さな工場じゃなくて結構大きい電子機器を製造してる、立待電工。
日本ではかなり大手の会社だ。
これだけ大きければ秘密の地下空間をこっそり造り上げててもおかしくない。
ここを見張るか。
工場の向かいにあるビルから工場の入口を見張る。
ヘッドホンと特殊ゴーグルを着けて体を固定する。
これで入口にある門だけをここの窓から視界に入れれる。あとはそこを通るやつを一人一人調べるだけだ。
そばには中村が待機してる。
(おしっ)
早速一人目がやって来た。トラックで門を通る男。守衛の人に挨拶して手続きを済ませる。
そこに聖気を飛ばす。
これは俺の聖域と同様に聖気が触れた相手の頭を覗ける。
それが俺の童質。『強制接続無料WiFi』
ガラス程度なら貫通できるが壁は貫通できないから直接見て飛ばしていかないといけない。
そして何より他人の情報が一気に俺の頭に流れ込んでくるからそれ以外の余計な情報を入れたくない。
だからヘッドホンと視界を狭めるゴーグルを着ける。
そうして次々と出入りするやつらを確認してく。記憶の中に地下空間の事を知っているやつを見つけるまで片っ端から調べていく。
(かったるいぜ。ここも全く見当違いかもしれねぇからな)
これまで培ってきた勘を頼りにやっていくのが俺の流儀だ。
そうして迎えた調査開始から六日目の夜。
トラックから降りてきた男の記憶の中からとんでもない景色を拾いだした。
それはもう別世界。一つの都市として成り立っていた。
その地下空間には生産者と消費者が存在し生活を地下空間だけで完結させていた。
すぐに動く。次のチャンスがいつ来るかわかんねぇ。一週間か、それとも一ヶ月後か。
今動くしかねぇ。
「中村」
「やっとか」
「あのトラックの荷台に忍び込む。目的の地下空間に辿り着いたら状況をみて潜入だ」
「了解。かなり踏み込むな」
「ああ、次がいつ来るかわかんねぇからな。今できることをやっておかねぇと後に響く」
「六日間…体が凝り固まってきたところだ。
やろうか」
運転手が守衛と話してる間に荷台に乗り込む。
乗り込んだ荷台には雑貨やら何やら幅広い製品が積み込まれてる。
(ガタンッ……ゥーーーーーー)
「トラックが入れるエレベーターに乗ったな。ボタンは無しでグングン下がっていく」
壁越しに運転手の思考を盗み見る。
数cmの厚さ程度の壁なら問題無い。
「ゥーーー……ガタンッ」
下がりきったのかエレベーターの扉が開いてトラックが動き出す。
しばらく直線を進むとトンネルから抜けた。
視界が開けたそこにはさっき記憶で見たまんまの景色。
太陽の光が届かない地下空間。しかしそれを補う程に大量に規則正しく設置された街頭。
驚く程に高い天井。体育館なんてもんじゃぇね。野球のドームくらいに高い。
隣には大きな工場らしき四角い建物。前方はフェンスに囲われててその向こう側は地域を代表するほどの大きさを誇るショッピングモールのような建物。
ここからでもガラス張りのところは中が見えてて人が集まってるのがわかる。
工場とショッピングモールの間、フェンスの直線上に建つ巨大なマンション。
工場 │ マンション │ ショッピングモール
何がなにやらわかんねえ。
「隠れろっ」
荷台の扉が開かれた。
運転手は手前の荷物から下ろしていく。
「どうする?」
「出る。出てもう少し踏み込む」
「了解」
運転手が荷物を持って荷台から降りたタイミングでサッと荷台から飛び降りた。
トラックの影から自分の目で周囲を確認する。
恐ろしくデカい。東京ドームが何個も埋まりそうだ。わかんねぇけど。
で、ここからが肝心なんだが。
聖気を飛ばすべきか、リスクを抑えてこのまま何もせずに帰るか。この目で見ただけでも成果は十分だ。
聖気を飛ばした場合、気づくやつは気づく。
そいつらが敵じゃなければ問題無いが、敵だった場合逃げ場の無いこの場所で戦うのはかなりリスキーだ。
いや、防衛省が認知してない時点で国の敵だろ。
この時点で立待電工は黒。単独でやってるような規模じゃないのは確かだ。となると色んなところがこの件に絡んでると見て間違いない。
それだけなら簡単だが吸血鬼が絡んでれば話は別だ。
そんな地位にいる人間と絡むことが出来る吸血鬼が雑魚な訳がねぇ。
最低で見積もって同等、最悪格上。中村でも手に負えるかどうか。
バレてることを想定して動くべきか?運転手の記憶で異常事態なのは気づいてた。あそこで引き返して指示を仰ぐべきだったか。
(くそっ)
「ここまで来たんだ。ここで引く道はねぇよな?」
中村……。頼もしい事言いやがって。
「へっ…そうだな。全くその通りだ」
弱気になるな。情報はいつだって踏み出したその先にある。
全開で聖域を飛ばす。
放射状に飛んでいく聖気が俺に情報をもたらしてくれる。
地形、環境、状況、存在、生い立ち、交友、時間。
ざっと百五十人の記憶が脳に語りかけてくる。
「ぶはあっ!」
さすがに頭がパンクする。こんな大量の記憶を一斉に見るのは久々だ。
根性で立ちくらみを押しのける。
「戻るぞ」
「了解」
運転手が荷物を降ろし終わって運転席に乗り込む瞬間に荷台に乗り込む。
そして道を引き返してエレベーターに乗り、地上に戻るトラック。
守衛と話してる間に荷台から降りてそのまま帰る。
一週間ぶりの地下二十階。再び四人と話をする。
「━━━ってことがわかりました」
覗いた記憶、目で見た光景、感じた事を話した。
「そうか。
地下空間には工場、ショッピングモール、マンション。
そこに住む人間はおよそ二千五百人。
全ての人間がそこで働き生活していると。
さらにはそれ以外に侵入不可の居城があると」
「居城は目視では確認出来ませんでしたが、確かにその先にあるみたいです。奥に行けば誰でも見れると」
「おそらくそこには有名企業の社長やらなにやらがいると。それに吸血鬼が絡んでるかどうかはわからない」
「はい」
「そして地下都市に住んでるおよそ二千五百人が犯罪者や債務者だと。
犯罪者は刑期までそこで働き、債務者は返済するまで働くと」
「はい」
「そこでの暮らしは誰もが不自由しない」
「はい。記憶を見た人たちのほとんどがそこでの生活に満足、充実感を得ていました」
「ははは。地上での暮らしよりもよっぽど快適なのか。その地下都市とやらは」
「そうですね。隅から隅まで規律が行き届いてました。その証拠に地下都市の路地にはゴミが一切落ちておらず、浮浪者もいない。
起きても友人とのじゃれあいや口論程度です。
娯楽が充実しすぎていて、ほとんどの債務者は返済せずに留まり続けています」
「困ったな……悪なのは間違い無い。変えようの無い事実だ。居城とやらが気になるな」
「ということは…」
「ここからは君に任せる。全ては自己判断だ」
「…わかりました」
全て丸投げか。最初からこうするつもりだったのか?
管理下に無い地下都市を運営する者たちの撲滅。これを俺にやらせたいのは確実。
しかし、そうなると日本の表企業にも影響が出る。そこは俺が一人で勝手に暴走したって事で委員会は金を積んで詫び、厄介な俺は排除。
一石二鳥ってことか。
でもまあ、遅かれ早かれ弾かれるのはわかってた。なんせ俺の前じゃあ都合の悪いことを隠せねぇからな。
聖童師と委員会には確執がある。
お互い理解し合えない人種だ。
委員会には聖童師がいない。全て普通の人間だ。
委員会のやつらは俺たち聖童師を化け物退治に都合のいい道具だとしか思ってない。
聖童師にとってもそれは都合がいいから利用してるに過ぎない。両者、仕事上の付き合いだと割り切ってる。
この考えは俺が聖童師になってすぐ、委員長の頭を覗いて得た知識だ。
たまたま会ってたまたま覗いたら俺は深淵を覗いてた。
いろいろあってそれに気づいた委員長は俺を恐れてる。
どうすっかなぁ。ますます面倒になってきた。
でも途中で放り出すのは違うよな。




