三十八話 狂闘
厳目と天道が狂闘している時。
「ラウンドワン!」
天道って道楽さんと同じくらい強いんでしょ。戦ってるところ見たいな。
でもこの女を狩らないといけない。
「さ、格付けを始めようか。ワタシの新しいペット」
軍服をきっちり着こなし腕を組んでふんぞり返るような姿勢で上から目線。
顎を上げて目を細め、こっちを見下して嬲りたそうな表情。
もちろん答えは。
「なるわけないだろ」
「今回は見送らせてもらう」
弾間はいつか二股とかしないだろうな。
冗談はさておき、弾間が先に仕掛ける。
「はっ!」
手元に出したグレネードを女に投げつけた。
(ポトリ…)
はずが、前に飛ばず足元に落ちる。
「弾間!!」
(ボムッ!)
弾間はすぐに後ろに跳んだおかげで爆発から逃れた。
「どうした?投げ損ない?」
「ん…うん。ああまあ」さ
自分の手を見つめながら、ぎこちない表情で答える。
「集中しろよ?」
「ああ…」
しかし二投目も足元に転がった。
「おい!」
「…わからない。腕が思うように動かない」
「なんで!?怪我か?」
「そんなはずは無い。さっきは無傷の勝利だったから…」
「じゃあなんで…」
突然の弾間の不調。僕が攻めるべきか。
「ふふふっ…。当たり前じゃない」
女は不気味な笑い声を上げる。そして今の状況の何かを知っているような口ぶりだ。
「何が当たり前だ」
話してくれればありがたいが。
「君たちはこの前、ワタシのラトルの音を聴いたの。だからワタシに危害を加えることが出来ない。
ワタシの童質。母の強権。
あらゆる玩具に特殊効果がつくの」
「ラトル?ラトルってなんだよ」
「知らないの?よく赤ちゃんをあやす時に使うマラカスみたいなガラガラ鳴るやつのことよ」
この前、会って早々さっきの三体が襲ってきた時に急に動きを止めた。あの時に鳴ってた玩具の事か。
「あれに攻撃を止める効果は無い。あるのはワタシに対しての攻撃意思を削ぐこと。
だから君たちはワタシに危害を加える事が出来ない。
爆弾を創れてもそれをワタシに投げつける事は出来ないって訳」
(なんだよそれ!めちゃくちゃじゃないか!どうする…)
「だからワタシの戦闘はいつも一方的なの、わかった?君たちがワタシのペットになるのは決定事項なのよ」
(何とかしないとマジでやばい)
「弾間!とりあえず回避優先で!」
「わかってる」
何とかしないとマジで一方的な戦いになる。僕は平気だけど弾間が耐えられるかどうか。
「このナイフ。玩具だけど侮っちゃだめ。肉どころか骨も切れる」
玩具サイズの白いプラスチックのナイフ。角の無い丸っこい形で、安全面を考えて丁寧に作られたナイフだ。
「ふんっ!」
(速い!!)
腰に差してるナイフを抜く暇もなく目の前に現れた。
(やっぱり戦闘能力はあの三体よりはるか上。当たり前か)
反射的に出した腕が切られた。
(ブジュッ)
血飛沫が飛び散る。
(聖気での守りが薄かった!それにしても一太刀で持ってかれるのかよ!!)
女は軍服の上からいつの間にかエプロンをつけていた。フリフリの付いたオーソドックスな白いエプロン。
そんな白いエプロンに大量の血が付着した。
「これがすごく便利なの。
どんな汚れもエプロンが吸い取ってくれる。顔についた血もナイフについた血も。
すごいでしょ。だから遠慮なく…やれるっ!」
再生した腕、それと手足まで切られた。
(バジュラッ!!)
「くそっ!」
それから女は弾間に狙いを定めた。
「逃げろ!」
残像を残すほどの速さで動く女。
足元に落ちた爆弾が爆発する。
(ボムッ)
爆風に乗って女の攻撃を避けた。
「ふっ。たとえ相手が美女でもただでやられてたまるか。
これが俺の新しい戦闘法。
爆風流動。
あらゆる方向に爆速で移動可能となる。ただし一つ欠点を上げるとすれば少し痛い。しかしこれだけの移動速度を出せるなら目を瞑る」
「そんなので逃げられるとでも思ってるの?」
すかさず距離を詰めるがそこに割って入る。
僕は触腕を出して万全な状態で攻撃を受ける。
(ジャジャッ!)
触腕が一本切られて飛び散る。
手足合わせて十本。一本なんて誤差だ。他のところが切られてる間に再生する。
「ふっ、弾間を倒したければ僕を倒してからにしろ」
ガッツリと決める。能力的にでしゃばれる場面が少ないから行ける時にはとことん行く。
弾間の表情が気になるな。後ろにいるから確認出来ない。もどかしい。
きっと頼りになる男だと思ってるに違いない。
「かっこいいこと言うね。いいじゃない、どこまで耐えられるかな」
見誤るな。確実に処理していけ。出来ない事をやろうとしてる訳じゃない。
何も心配はいらない。手数では圧倒的に有利なんだ。僕がミスをしなければ決して負けることは無い。
僕の武器はほぼ無限の再生による防御。攻撃特化の弾間を守れ!
広げろ…繋げ!全身の細胞を全力で動かせ!
弾間には指一本触れさせるな!
「なんでこれだけ切られて死なないの!限界は無いの!」
どれだけ切っても死なない相手。焦燥、不安、恐怖、とめどなく溢れてくる感情がやがて悲痛な叫びへと変わる。
「単純なことを教えてやるよ、吸血鬼。
死なないから死なないんだ。その程度の攻撃で殺せると思うなよ」
「なんなんだよ!この面倒な肉壁はぁぁあ!」
両手に持ったナイフを振り回して触腕を切り刻む。
雑に振り回しているようにみえるが対処するのは難しい。それほどの速さで切り刻まれる。
「もう嫌だ!お前なんかペットにしたくない!
ここで殺す!絶対殺す!この異常者がぁぁ!!」
最初と違い、今は鬼気迫る表情になっている。
「痛覚が無いのかっ!」
当然痛覚はある。しかし慣れというものは怖い。再生するようになってから大抵の事は経験してしまえば声にあげるほどのものじゃなくなる。
だから痛覚での危機察知も今まで通りできる。生物として大事な能力だ。
「ふっ、僕はまだ本気を出していないんだ。
その証拠に僕はここから一段階進化することが出来る」
「なっ!」
顎が外れそうなくらいに大きく口を開ける。
「冗談じゃない!ハッタリはやめて!だったらなんで今までいなかったの!」
「必要無かったからに決まってるだろ」
「どうして今っ!」
「お前を狩るためだ」
「っ!?」
こんなにやられてると僕にだってストレスが溜まるんだ。
地面に無惨な姿となって無数に転がる切られた触腕。僕の体の一部だ。どうしてこんなに切られないといけないんだと心が叫んでいる。
そしてウーパールーパーはもう一つの形態を持っている。
基本幼体のまま生涯を終わらせることの多いウーパールーパー。しかし、たまに成体になるウーパールーパーがいる。
その大きな要因としては水質なんかが影響しているが要はストレスだ。
そしてこれが新たな力。
「沸点融点怒髪天!魂の怒りを見せてやる!
第二形態 完 全 変 態!!」
しかし、何も変わらない。
「な、何が変わった!」
「攻撃してみればわかる」
女の疑問に僕は素直に答える。
(ブリュンッ)
「なっ!」
今までと同じように切りつけたがナイフが触腕の上を滑る。
「ふっふっははははは!
この粘液ベタベタ水分過剰含皮をくらいやがれ。そんな玩具ナイフが粘液でコーティングされた僕の肌を切れるわけが無いだろう!」
「だからなんだ!
依然としてワタシに攻撃出来ないじゃないか!その粘液ヌルヌルがどうした!!」
暴れるように切りかかる女。うねる触腕は刃を通さない。
「この生き狂いがぁぁぉぁあ!!」
取り繕った美女は既に崩壊していた。ほぼ発狂している、
「生きたいと思うのは生物として当たり前の事だろ」
そして一か八か、試したいことがある。
「弾間!」
言葉にしなくても目線だけで理解してくれた。
すぐに弾間から受け取ってそれを口に入れた。
「な…何をするつもりなんだ」
「ふふぁ、ふぉふぁえもはふ!」
触腕がうねりをあげて女に向かっていく。
「無駄なことを……」
触腕にはナイフが握られていた。無駄だとわかっていてもこの状況、警戒してしまう。
触腕に視線を動かした瞬間。
(ポキ…)
何かが外れた音がした。
(ブゴォォォン!!)
兵頭の頭が吹き飛んだ。
先程弾間から受けとって口に入れたのはグレネード。
それの栓が口の中で外れて爆発した。
「ひぃぃっ!!な…にを…」
目の前で人の頭が吹き飛び固まるマリア。目の前が目まぐるしく変わる。処理が追いつかない。
そこに触腕が飛びかかる。
(なっ!)
触腕がマリアを縛り上げて巻き上げた。
身動きが出来ずにいるマリア。
(んんん!ん!)
(ジュガッ)
触腕が握っていたナイフを振り下ろし、マリアの胸に突き刺した。
「ごほっ…ど、して…」
二撃目が刺さる直前、触腕が止まった。
「もう治っちゃったか」
完全に頭が再生した兵頭。
「最初の童質の説明をしてる時に思ったんだ。ラトルの音を聴いたから僕たちはお前に攻撃できなくなった。
一度聴いたら記憶に刻まれていて一生お前に攻撃が出来なくなる。
もしも、記憶が無くなったらどうなるか。
聴いたっていう事実は残るのか、それとも僕の記憶が無くなれば体は自由に動くのか。
この結果を見るとお前の童質は記憶に保存されてたってことになる。
記憶を司る部位を切り離し、一時的に洗脳状態から脱する。後は触腕に任せてお前を殺した。今回は手っ取り早く頭を吹き飛ばしたけどね。脳の一部って言われてもそこだけ切り取るなんて面倒だし。
それとタコの触腕は優秀なんだ。頭が動いていなくても少しは勝手に判断して動くことが出来る。それに賭けた。
まあ、上手くいって良かった。意外と頭吹き飛んでも再生するんだな」
はっはっは、と乾いた笑いが静かな公園に響いた。
(倫理観の欠如、道徳心の欠落、恐怖感の喪失。
こいつは生き物じゃないっ!!)
「くっ、これ以上…お前みたいな化け物と関わってたまるか!!」
胸にナイフを刺されてなお立っていることが出来る飛び抜けた精神力。痛みを堪えてマリアはこの場から消えた。
「まっ!待て!!
くそっ、逃げられた」
未だ速さは健在だった。
「兵頭君…突然怖いことするな。危うくチビっちゃうところだったよ。なんてったってかなりのグロだったから」
「いやぁ、いい作戦だと思ったんだけどね。やっぱり僕には決定力が欠けるね」
弾間と話していると後ろから天道が歩いてきた。
(終わってたのか)
「よくやったな。最後はヒヤヒヤしたが見事だった」
「見てたんですか。
僕も天道さんの戦い見てみたかったです」
「いや、今回のは見られたくない戦いだったから良かった。また機会があったら見せてやる」
「はい」
「それにしても君は…頭大丈夫か?」
「て、天道さんまで!?」
「正直私も君の事が怖い。敵にしたくない相手だ」
「ほ、ほんとですか!そう言われると嬉しいですね」
「多分君はこれから色んな奴から嫌われるだろうな」
「え…」
「それだけ脅威って事だ」
「はぁ…」
「それじゃあ私は仲間がどっかに飛ばされたからそっちに行く」
「あ、はい。さよなら」
「またな」
(行っちゃった)
上着を肩にかけたシャツ姿は様になる。
「天道さんのあの服装エロすぎるっ!」
弾間が近づいてきて興奮しながら言う。
「殺されても知らないよ」
「なっ!まあ、兵頭君は死なないから言い放題じゃん?」
「別に死なないわけじゃないよ」
聖気が無くなれば再生出来なくなるし。




