三十六話 憤怒の目覚め
「はぁ、ついに来ちゃったよ面接当日。
久しぶりに外出るけど大丈夫かな。怖がられないかなぁ」
厳目の鬼の顔は見る影も無く、目尻は下がり口もへの字という弱気な表情で現状を嘆く。
ついに来てしまった就職面接当日。
既存のスーツサイズでは腕を通す事もままならない為、オーダーメイドのスーツをこしらえて体の三分の一も収まらない全身鏡の前に立つ。
それを横で眺めるスーツ姿の池州。
「大丈夫ですよ。怯える人間なんて殺してしまえばいいだけです」
眼鏡をクイッとしながら気分良さそうに話す。
「それじゃあ行きましょうか」
「うん」
今日の出来事で運命が大きく変わる。
緊張で固まる厳目の手を池州が引っ張って玄関を出る。
(ガタンッ)
「いてっ」
久しぶりの外出。厳目のガタイが良すぎて通れないのを忘れてた。
腰を屈めてそーっと玄関を潜る。
街を歩く三人組。
黒髪のモヒカンでサイドに十字の剃りこみを入れてる海柱。
金髪ツインテールでフリフリの服を着る金平。
鎖骨辺りまで届くウェーブのかかった黒髪がダンディな大人の雰囲気を纏い袈裟を着る天城。
なんでこの三人が一緒に歩いてるかというと。
「なんで私が食材買いに行かないといけないの!男二人で十分でしょ」
「最初にジャンケンで負けた三人が行くって言い出したのはお前だろ」
「きぃーっ!悔しい。
あの時の私!なんで三人って言っちゃったのー!」
「最後の一人。
五人でのジャンケン、一発目で一人負けする運の無さが原因ですね」
「マジレスすんなっ!」
「もう仕方ねぇだろ。
それより急にリーダーからバーベキューしようなんて何があったんだか」
「相当嫌な事があったと推察します」
「ガーッと食べてパーッと忘れたいってことでしょ。あんた女心わかってなさすぎぃ!」
「女?リーダーが女とか絶対無ーだろ」
海柱が金平の言葉を一蹴する。
「は?あんた正気?」
「諦めてください。海柱くんは戦いの事しか頭にないんですから」
「それにしてもじゃないっ!」
「あんな強くてかっこいいんだ。女なわけねぇだろ。
女だったら惚れてるわ」
「「ぶっ!!」」
突然の告白に二人が一斉に噴き出す。
「あんたリーダーの前でそんな事絶対に言っちゃダメだよ」
「ったりめーだろ。リーダーに女なんて言ったら失礼すぎるわ。下手したら殺されかねないぜ。うぅーう」
殺されることを想像して身震いする海柱。
それを見て諦めたように顔を見合わせる二人。
「「「っ!!」」」
目の前から圧倒的なエネルギーを放つ存在がやってくる。
「おい…」
「なにこれ…」
「困りましたね…」
周りの人間は気づかない。こっち側の人間だけがこの異常事態に息を飲む。
とんでもなくでかいエネルギーの塊が少し先の路地から出てくる。
三人同時にそれぞれ童質を準備する。
三叉槍。茨。錫杖。
ここまで身を強ばらせる程にトゲトゲしく巨大で攻撃的なエネルギーを持つ者はそうそういない。
心構えをするも脂汗が止まらない三人。
そして路地からそれは現れた。
足先が見えた瞬間、三人は一斉に飛び出した。
この世から排除しなくてはいけない存在なんだと体が勝手に動いた。
全速力で向かって接触するまでおよそ二秒弱。
その間に体全体が見えた。瞬間、自身の行動に対して反射的に脳が拒絶し筋肉が強ばる。
正しく怪物。
しかしそこは歴戦の猛者たち。幾度となく修羅場を乗り超えてきた矜恃が感情を押し殺して一歩、前に踏み出す。
槍、茨、杖が同時に怪物に突き刺さった。
(((ずんっ)))
間違えてコンクリートの壁に指を突き刺したような手応えが返ってきた。両者の如実な力量差。
あまりの硬さに海柱と天城の肩は脱臼寸前までいった。
最後の最後で脱力して脱臼を防いだ。
即座に怪物から離れる三人。
「ちょっと!私の銀次に何するのっ!!
私の銀次に触らないでっ!」
怪物の隣にいる女が叫び出す。
声を聞いて初めて女の存在に気づいた。
怪物は二mを軽く超える巨体に大木の様な体。下から生えた牙に窪んで影しか見えない目。
鬼の形相で睨んでくる。
「あなたたち聖童師でしょ。なんの用?
私たちはこれから面接があるんだけど」
(((は?)))
女を無視して海柱が二撃目を放つが怪物は微動だにしない。
動く事すらしない怪物に恐怖が増すばかりだ。何を考えているのかさっぱり読めない変わらない表情。
「お前はこの世に存在しちゃいけねぇんだよ。
今までどれどけ殺してきた。隠すつもりもねぇようだけどよ。
さすがにこんな怪物、見逃せねぇぞ」
「だからなに!?私たちの邪魔しないでくれる!!」
目を吊り上がらせて異常な怒りを見せる女。
顔を真っ赤に、眼鏡を割りそうなほどの眼力。
俯いてブツブツと呟き始め爆発する。
「銀次に……銀次に触れていいのは私だけよっ!!
話すのも私だけ。笑顔を見せるのも私だけ。
怒るのも笑うのも朝起こすのも寝かしつけるのも養うのも食事も苦労も幸せも全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぅ……。
私だけのものっ…」
狂気じみた執念の言葉が街中に響く。
肩で息をする程に激昂して髪を掻きむしりながら発狂した。
「うぁ〜ぁ…」
乱れた髪が顔にかかり、さらに握りつぶされた眼鏡が地面に落ちた。
手で覆われた顔、指の隙間から覗く大きく見開かれた目を力が入った指がさらに広げる。
「だあぁぁぁあ」
怨霊のような狂い方をする女の暴走はまだ止まらない。
「銀次の世界にいるのは私だけ。銀次にとっては私が全てなの」
(ブスッ)
槍と杖が女を貫いた。
「強い奴からやりたかったが仕方ねぇ。こいつも相当殺してるからな」
腹を貫いた槍にもたれ掛かるようにしがみつく女は膝から崩れ落ちた。
「だめぇ。ダメなのぉ。
銀次は私がいなきゃダメなの。何も出来ない銀次はずっと私と一緒にいなきゃいけないの。
だから早く銀次も死んで私のところに来てぇ。まってるからね。いつまでもまってるから」
最後に恐ろしく粘っこい笑顔を見せて女はいなくなった。
すると怪物の雰囲気が一変する。
暴れてたエネルギーが収まり、本体からとんでもない覇気が発せられた。
さっきまでとは明らかに違う。
周囲を無差別に威圧し従属させるような暴力的抑止力ではなく、そこにいるだけで場を支配しコントロールするような暴力的包容力。
ただ、その体に抑え込まれた潜在エネルギーは以前と変わらず暴力的な力を持っている。
「あっ、あ〜。
お前らには礼を言うぜ。この女と会ってから体の自由が効かなくなってたんだ。
久々の自由で気分がいいぜ。
だがよぉ。見ての通りストレス溜まってんだわ。
だから俺のストレス発散に付き合わせてやるよ。
光栄に思えよ。人間如きが発散相手になるわけねぇのはわかってるけど、寝起きの準備運動程度なら吊り合うかもしれねぇからよ。
先に手ぇ出したのはそっちだからな。
命懸けで抵抗してみせろや」
首を鳴らして飄々と語り、吊り上がる目尻と口角。
軽いパンプアップに弾き飛ばされたスーツ。
「「「ぷはぁっ」」」
気圧されしばらく呼吸を忘れていた三人。
「想像以上だぜ。まさかここまで化け物とはな。
リーダー来てくれねぇかな。
俺たちだけでやれるとは到底思えねぇ」
「私たち時間稼ぎ要因?嫌だなぁ。
私の人生まだまだこれからなんだけど?」
「いざという時は私が壁になりますから二人は逃げてください」
「「俺が(私が)?戦いから逃げる?
的外れなこと言ってんじゃねぇよ!!」」
海柱と金平の言葉が重なる。
「「逃げるなんて一番つまんねぇ。
当たって砕けろだバカヤロー!!」」
考える事は同じ二人。
「教祖として当然の事を言ったまでです。
真に受けて逃げられたら困ります」
「さすが教祖様。こんな時でも余裕見せやがる」
三人の決意は固まりボルテージが上がる。
大罪殺し 厳目 銀次。
過去に何体もの大罪を殺し、直近では先々代の強欲、嫉妬、色欲の三体を怒りのままに嬲り殺した荒くれ者。
憤怒の名に偽りなし。
それからすぐ、寝ているところを池州に丸め込まれた。
(ドゴォォォン!!)
ただのパンチが三人を道路の反対側まで吹き飛ばし、勢いは止まらない。
反対側のビルを突き破りその奥にある公園に倒れ込む。
「っのヤロー。なんつーバカ力だよ」
「あっぶなー。天城が盾になってなかったらやばかったかも」
「今の言葉、聞き捨てなりませんね。って…え?」
公園には聖童師と思われる少年が吸血鬼たちと戦っていた。
「こんな偶然あるんですね」
「ヤベーな。これじゃあ巻き込んじまうぞ」
「離れる?」
少年と吸血鬼たちも乱入者に気づき困惑する。
その一瞬を見逃さなかった者が一人いた。
「俺の新技お披露目だ。兵頭君ここは俺に任せて」
「童質改変。『全面万辺地雷網』」
(デュクシッ)
手を胸に突き刺した。
目隠れ少年が千載一遇のチャンスに動いた。
乱入者に気を取られた吸血鬼たちは逃れられない。
一応補足ですが最後のは
兵頭たちショタ三兄弟の戦いです。
時間が経ってるので忘れてる可能性ありです。
少し前に乱入した弾間がなんと新技!童質改変。
ってな感じです。




