三十五話 偽りなき最強
工場内で始まった戦闘。
開始直後から両者聖域を出す。
ガストの聖域は両者を囲うような細長い形をしている。
天道の聖域は球状に広がって直径はおよそ五、六m程だ。
「さて、とりあえずは様子見と行くか」
ガストは自然体で余裕を見せつける。最初から激しくなると思いきや、落ち着いた表情だ。
「そうか。アホ面で死んでも知らないぞ」
天道は最初からやる気満々だ。
その証拠に早速時間を止める。
今回は最初から全開、0.5秒の時止め。
姿勢を低く、白色の髪を大きくなびかせ十mの距離を一瞬で潰して顔面に蹴りを放った。
(スワンッ)
「!?」
確実に仕留めに行った蹴りがガストの鼻先スレスレを通り過ぎた。
時間停止中だ。ガストが動けるなんて事は無い。さらに距離を見誤るなんて事はもっと無い。体の成長が止まって二十年弱。
戦いに身を置いて攻撃には基本、拳と足を使ってきた。今更そんなミスをするはずがない。
困惑に飲まれる。
時間停止が終わった事に気づくのが一瞬遅れる。
「うおーっ」
ガストの驚きの表情ですぐに離れようとしたが間に合わなかった。
(踏み込みがデカい!)
ガストは腰の剣を抜いてそのまま振り抜く。
(シュンッ)
服が袈裟状に斬られた。
薄皮一枚、ギリギリ仰け反ってインナーシャツ一枚分届かせなかった。
斬られた服を捨てる。
「なんだ…」
しかしこの距離からなら叩き込める。
再び時間が止まる。
今度はしっかりと踏み込んで拳を振り抜いた。
(ブゥン!!)
もう一発。
(ブゥン!!)
くっ!だめだ。
顔面を潰すはずだった拳はガストの耳の横をすり抜けた。
攻撃を当てられない。
当たらないんじゃない。当てられない。
確かに殴ろうとしてるのに拳があらぬ方向を突く。
童質…。既に何か仕掛けられている。
空間か概念か。
とにかく今は一旦離れよ━━。
(ザンッ)
「ぐっ…」
剣が脇腹を薙いだ。
(なんで!?)
体が動かなかった。いや、動こうとしなかった。幸い聖気で覆ってたから大したダメージにはなってないけどとにかくヤバイ。
「俺の愛剣。ガストインフィニティじゃあ傷つけられないか。てか、あんた天道か。
戦ってやっと気づいたぜ。その褐色の肌に腰まで伸びた白髪。
そして極めつけに時を飛ばしたような動き。道理で強いわけだ。
ただ、俺と相性が悪いな。いや、これだとあんたが弱いみたいな言い方になるな。
生物は基本俺と相性が悪い。
俺は人間観察が好きでね。専ら俺の童質と相性が良いんだ」
ペラペラと自分の力に自信を持った言い方。
驕りが言葉の節々から伝わってくる。
愛剣。聖具では無いのか。
だとすると攻撃手段はあの剣だけか。
攻撃に使えるような童質では無い。未だに私の攻撃が通らないからくりが分からない。
ただ、あの自信の有り様は攻撃が通らないのを確信してる。じゃなきゃ私だと気づいた時点で焦るはずだから。
最近気持ち良く戦えないな。変な童質の相手ばっかでストレスが溜まる。
「俺の童質の事を考えてんだろ。分かるぜぇ。恐らく時が止まった中で既に何回か俺を攻撃してんだろ。なのに一発も当たらない。
焦るのも分かるぜ。
分からないものには対処のしょうが無い。何とか童質を見破らなきゃ。
そうやって焦れば焦るほど俺の術中にハマる。これが俺の童質の面白いところだ。
楽しいぜ。そういう奴らを見るのはよぉ。
俺の前では最強って言われてるあんたでさえ俺の玩具だ。
もっと色んな表情を見せてくれよぉ!なあ!」
絶対殺す。何がなんでも殺す。
「殺意が漏れちまってるぜ。それじゃあいつまで経っても俺の玩具だな。
飽きさせないでくれよ。
日本で三人しかいない正一位聖童師 天道 深歩さんよぉ!」
ペラペラとうるせえなぁ。
「ふんっ!」
「無駄無駄!無駄だよぉ!
手のひらの上で踊らされてるのがわかんない?最強って言ってもそんなに頭良くないんだなあ!あんたを倒せば俺でもなれるか?正一位」
拳は最後まで抵抗無く振り抜かれる。
当たらない事を知っているガストはそれに合わせて剣を振るう。
(ギィンッ!)
「聖気頼りかよ情けねぇなあ!」
ますます元気を出していくガスト。
あー嫌だ。なんで私こんなことしてんだ。
戦いなんて好きじゃないし殺すのなんて興味が無い。
ただ、これを仕事にした以上戦いと殺しが日常になる。
だから私は戦闘を楽しむように努力した。
頭で考えて相手の動きを見てそれに合わせるように時を止めたり、最低限の時止めをしたり。
戦闘時間が長くなるようになれば当然一つの仕事を処理するのにかかる時間が長くなる。
そうすると一日に処理する仕事が減っていった。それに気づいたのは結構後。
仕事中は無駄に戦闘を浪費するようになった。それで十分にお金が貰えて暮らせるからなんの問題も無い。
ストレスが溜まる戦闘なら長引かせる必要無いじゃん。
だから私はこの戦闘に意義を見出すのをやめた。
時間も金も国も何も知ったこっちゃねぇ。
(デュクシッ)
手を胸に突き刺した。
「こっからは狩りの時間だクソ野郎。
童質改変。『刻静皆皆尋常一様』」
世界が止まる。
しかし、実際に止まったのは天道の脳。それと同じくガストの脳が停止する。
刻静皆皆尋常一様の能力は時間を止める箇所の指定。時間を止めるのでは無く対象の一部を止める。
ただし、停止箇所は自分とリンクする仕組みになっている。
相手の右腕を止める場合、自分の右腕も止まってしまう。
そして今回は脳を停止させた。
つまり天道の童質を使った戦闘の本領は集団戦でこそ発揮される。
一人でも十分強力な為、集団戦をすることは滅多に無い。
肉体への伝達は既に終わっている。
思考すること無く手足が動き、ガストの胸を容易く突き刺して心臓を握りつぶした。
脳が停止し、ガストは何をすることも出来なかった。
思考、恐怖、痛み、何か考えることも出来ず何か感じることも無く死んだ。
生きたまま死んだ。というのがしっくりくるだろうか。
ガストの童質は思考のギャップによる肉体への干渉。
聖域内にいる両者の思考の差異が動きに変化を与える。
ガストは話し合いで解決したい。
天道はガストを即刻排除したい。
この思考のズレがガストと天道の間に干渉して触れ合うことを許さない。
殴ろうとしても殴れない。
聖域内で両者の考えが一致、すなわち差異が生まれなかった時、ガストの童質は破られる。
ガストは自分が攻撃する時にだけ聖域を消してただ普通に攻撃をした。
回避を妨害されたのは直前まで聖域が出されて、思考のギャップが生まれたから。
ガストは相手の表情、仕草からあらゆる思考を予想する。趣味である人間観察との相性が良く、戦いが始まる前の対話で天道の人となりをイメージした。
童質がバレた後こそ、ガストが望んでいた展開だった。
そこでわざと天道の思考とギャップを生む。
相手の思考を読んで裏をかくのがガストによる戦闘の楽しみ方。
正直、童質がバレてからは五分五分なところなのだが、そこが一番楽しいところだと。
しかし今回、ガストを殺すという思考が存在せず、かつガストも脳が停止していて思考することが出来なくて、そもそも前提としてギャップの発生が成立しなかった。
さらに言うと脳が停止した時点で聖域は消えていた。
ガストは天道との勝負の土俵にすら立てていなかった。聖気を纏わない肉体は簡単に貫かれた。
これが天道本来の戦闘スタイル。
問答無用で狩る。贅肉を削ぎ落とした無駄の無い楽しみも無い空虚な戦い。
「今日はみんなでバーベキューするか」
ホコリすら舞うことの無い廃工場を後にする。
ガストの童質については深く考えないで大丈夫です。
私自身、書いててん?ってなっていました。
思考のズレという見えない力が肉体に影響するという不思議能力。




