三十三話 再戦
ワタシがまだ人間だった頃。
人間だった頃の記憶は鮮明にある。
二十八歳の誕生日、自分が母親になっている夢を見た。目が覚めて母親になりたいと強く思った。
それから一週間、ワタシは女になった。
でも女になったからって子供ができる訳じゃない。
このボロボロの体でどれだけ子育てをできるか、真剣に悩んだ。
二十の時に高身長に憧れて骨延長手術をしてそれから全力で走れなくなった。
二十五の時にイケメンになりたくて身体中をいじくった。
結果は上手くいかずあまり見せられない体になってしまった。
そして子供を養子に迎えようと出かけた先でワタシは吸血鬼になった。
そうして道半ばでワタシの人生は一度も輝くことなく終わった。
しかし違った。
吸血鬼になってワタシは手に入れた。求めていたものを。
違和感の無い足に二mを超える身長。
誰もが振り返るであろう美貌。
顔は神秘的に整い、美しい体のライン。失敗してバランスの悪くなった胸は見違えるように整い、爆発するほどに巨大になった。
そして両性を手に入れた。
母親になると決めた時、女になるなら切除しなくてはならない男のマグナム。
最後まで惜しんだが気づいたら眠っていて起きたら無くなっていた。
どうやら闇医者だったようでワタシのマグナムは世界を放浪することになった。
そんなこともあって唯一気にしていたことだったがどうやら二周りも大きくなって帰ってきたようだ。
収まりがすこぶる良い。
しかし、まだ足りない。
子供がいない。ワタシはまだ母親になれていなかった。
何日も歩き回ってようやく森の中で見つけたショタ、けふんっ。男の子たち。
絶対に育てると決めた。
最初は戦いになり激しく抵抗されたが力でねじ伏せた。
母は強し。
その時に自分の童質に気づいた。
ワタシの童質。
ガラガラの玩具は、この音を聴いた者はワタシに対して暴力を振るえなくなる。
おしゃぶりを装着した者は声を発することが出来なくなる。
他にも赤ちゃん用品が揃っている。
この能力は赤ちゃんを育てられないワタシにその気分を味わえさせてくれる最高の能力だった。
吸血鬼にも派閥があることを知ってテキトーに強そうな奴の下についた。
それが憤怒。
一目見て体が動かなくなった。格の違いを思い知らされてそのまま傘下に入った。
傘下に入っても特別何か変わったことも無く指示を受けることもなかった。
ただ自由に子供たちと幸せな毎日を送ってた。
そんな時に突然、憤怒がワタシたち下っ端の集まりに顔を出して言った。
「弱者の救済を」
地を這う声でたった一言。
しかしその一言に全てが詰まっていた。
ワタシはワタシなりの解釈をした。
力に目覚めていない吸血鬼たちに力を与えろと。
弱者救済。強者になる手助けをしろと。
そしてその吸血鬼たちと世界を獲る。
燻ってる吸血鬼は驚く程に多い。
もし全員が力を手にして味方になればとんでもない勢力に発展する。
憤怒の部下はそのほとんどが恐怖によって下についている。少ないけど憧れてる者もいると聞く。
ワタシの考えと同じ者たちが憤鬼となり、違う者たちが怒鬼となった。
怒鬼は弱者を殺すことが苦しみからの解放で救済されると考えた。
正直半々って感じがした。
殺したいっていう気持ちもあると思う。それくらいに彼らは強さにこだわっているから。
まあ、ワタシとは考え方が合わないのは確か。
そんなわけでワタシの子供になるはずだった子を殺した不埒な少年を説教しに行く。
そして今、目の前にその少年がいる。
「さぁ、お行きなさい。
ショォォォタヮイムよ!」
公園のベンチに座ってスマホをいじる兵頭を囲むように三体の吸血鬼が現れた。
「なっ!お前らはこの前の!!」
囲まれたことに気づいた兵頭はすぐに立ち上がり戦闘態勢に入る。
「そうだ、喜べ。母様はお前の死がお望みだ」
突然、死を告げるのは青髪の少年。
「俺がお前を殺す」
威勢よく宣言したのは金髪の少年。
「僕だよ。母様にお前の首を捧げるんだ」
忠信を見せるのは中でも一番小さい黒髪の少年。
三体ともまだ声変わりをしていない程に未成熟な見た目をしている。
「だぁぁあっ!」
最初に動き出したのは金髪の少年。名を将一。
将一は雄叫びを上げて両拳を胸の前でぶつける。
(バチンッ!)
そして将一は炎の拳を纏う。
ちりちりと周囲の空気を焼いている。
「とうあっ!」
次にポーズを決める青髪の少年。名を小吉。
小吉は半身になって右手を前に、左手を顔の横に置く。
(パンッ!)
小さな破裂音と共に水の弓と矢が出てきた。
ギチギチと弓を引いて三角にとんがった矢尻からはぽたぽたと水が垂れる。
「や、やあっ!」
上擦った声を上げる黒髪の少年。名を翔太。
翔太は目を閉じ口を結び、両手を合わせて祈るポーズをとる。
(びろんっ)
祈る手に覆い被さるように出てきたのは赤い糸。糸に端は無く、輪っかになっている。
(しゃしゃしゃっ)
左手の親指と小指に紐をかけて右手で引っ張る。さらにわちゃわちゃと両手を動かした。
そして一本の赤い紐がなにかの形を成した。
(ぽんっ)
「ほうきっ!」
軽快な音と共に現れたのは一本のほうきだった。
「「「かくごしろっ!」」」
将一、小吉、翔太が兵頭に襲いかかる。
最初に水の矢が飛んでいくが横に跳んで躱される。そこに炎の拳を纏った将一が合わせ、ほうきを持った翔太も合わせる。
思いっきり振るわれたそれは確かな衝撃をもたらした。
(ズドォンッ)
しかし土煙から出てきたのは傷一つ無い兵頭の姿。
「「なっ!」」
「ふっ。僕もこの一ヶ月で成長したんだ。この前と同じだと思うなよ」
(ブリュンッ)
兵頭の下半身から八本のぶっとい触手が現れた。
「相手してやるよ。
三対一…ちょうどいいハンデだ。
新しい力を見せてやる」
(ドュプンッ!!)
うねる触手が地面を叩き土煙を上げる。
「かかってこい!」
三体が一斉に襲いかかるも触手を利用した俊敏な動きに翻弄され、確かな感触があった一撃も一切傷になっていない。
前回戦った時は動きにすら着いていけて無かっはずなのに、今は逆に翻弄するほどまでに強くなっている。
たった一ヶ月。されど一ヶ月。学生にとって一ヶ月は長い。
新たな力を手に入れるには十分な時間であった。
前よりも大きくなった触手の自由度は計り知れない。
本体よりも優れた肉体となっていて、そこから生まれるエネルギーは強力だ。
予備動作無しにほとんどの動きを成立させてしまう万能性。
無脊椎動物特有のしなやかさと珍妙な動き。吸盤の吸着力は並の力では剥がせない。
そして最も脅威なのは一本でも厄介な触手を八本同時に、そしてその精密性だ。
一本一本が独立しているかのように三体の攻撃を捌き、反撃にまで繋げている。
恐ろしい程に的確に急所を突いてきている。
一人で三体の相手をするというのもあながち大言ではなかったということか。
三体は徐々に不安を抱え始める。
今日もう一話投稿すると思います。




