三十二話 役者揃う
「マリア、俺の部下がやられた。
お前の所も気をつけるんだな。俺たちは聖童師に目をつけられてる。
相当な勢力が俺たちのところに注ぎ込まれてるっぽくてな、既に怒鬼は壊滅状態だ」
「そう。ワタシはあなたみたいなヘマはしないわ。目立たずひっそりとやるから」
いかつい短髪口髭の男と二mを超える長身で茶髪のウェーブで艶のある唇を持つ美女が語り合う。
「三踏衆は誰にやられたの?」
「わかんねぇ。なんの手がかりも見つけれてねぇんだ。相当のやり手だぞ」
「気をつけるわ。忠告どうも。
それでこれからどうするの?」
「俺は三踏衆をやったやつをぶっ殺す。
部下をやられて黙っちゃいられねぇ」
「でも分からないんでしょ?」
「あいつらの住処付近で暴れてれば来ると俺は睨んでる」
「ふーん。ボスに怒られないかしら?」
「俺は部下がやられて面目がねぇんだ。この件にケリをつけてから改めて報告する。
ボスに逆らうつもりなんざねぇよ。あの人の前で嘘をつけるやつなんざこの世にいねぇ」
「確かに。ボスの眼力は身が縮むわ」
「あの人だけは敵に回しちゃいけねぇ。あの人こそ吸血鬼の王だ」
「それは同感。あの人の後を着いていけば間違い無いわ。一生安泰ね」
「話は終わりだ。これが最後になるかもな」
「そう、悔いの無いようにね」
その言葉を聞いて部屋を出ていく男。
入れ替わるように三つの影が入ってくる。
「母様!何もされてないですか!」
「大丈夫よぉ。来週辺りこの前の子供を殺しに行きましょうか」
「いいんですかっ!?
あぁ、来週が待ち遠しいです!」
女の言葉に目を輝かせる少年。
「いいのよぉ。それよりもみんな、奥の部屋に行きましょうか。この前の罰を考えたのぉ」
女はトロンと蕩けた目になり、少年たちの背中を押して奥の部屋に入っていった。
「「「はい、母様」」」
大広間に置かれている巨大な玉座。
そこに座るのは一体の鬼。
種族は吸血鬼だが、どこからどう見ても鬼の形相で鬼にしか見えない。
彫りが深く目は影で黒く塗りつぶされてる。ゴツゴツと大きな鼻。顔が横一文字に割れているかのようなでかい口。そこから上に飛び出す竜の爪のような迫力のあるぶっとい牙。
通常吸血鬼の牙は上の歯が伸びているがこの吸血鬼に限って言えば逆である。
この男こそが、七つの大罪が一体。
憤怒 厳目 銀次。
数多の生物に恐怖を与えてきた最強の吸血鬼の一角だ。
その威圧を浴びたものは否応無く恐怖に支配されるという。
(ガチャ)
「ただいま帰りました。
ちょっとなんですか?電気もつけないで椅子に座って。もしかして寝てたんですか?
ああ、ちょっと立たないでくださいよ。
天井に頭が突き刺さっちゃうじゃないですかぁ。また大家さんから怒られちゃいますよ」
「ああ、すまん」
そこは都内に建つ十畳ワンルームアパート、「天晴れ第二アパート」の一〇三号室だった。
築年数も相当いっており、男の体の大きさに対して部屋が小さすぎる。
二mを超える厳目は日々、天井の低さを呪い屈みながらの生活を強いられていた。
立てば最後、頭は天井を突き破る。
過去に三度勢い余って立ち上がってしまったため突き破っている。その都度、大家さんに怒られることとなる。
部屋の中では屈んで歩くことしか出来ない。
部屋に上がったスーツ姿の女は買い物帰りなのか、両手にスーパーの袋を持っている。
「どはぁ、正社員になりたいなぁ。契約社員じゃ、お給料は雀の涙ですよ。
ボスが働いてくれたら少しは楽になるんですけどね。チラッ……チラチラッ」
若干青みがかった黒髪を後ろで一つに纏めて縛っている女が、つぶらな瞳をメガネの奥からぱちくりさせながら厳目を見る。
「仕方ないじゃん。こんな見た目だとどこも雇ってくれないんだよ。
人の視線が集まるし、それに僕を見る目が恐ろしいんだ。…外怖い」
体躯からは考えられないほどに貧弱な発言。心做しか体も小さく見える。
「そんなんだから部下からも避けられるんですよ。私がいなかったらボスは死んでますね」
「そんな事言わないでよ。僕だって最初は頑張ったんだ。
そういえば君の部下がやられたって聞いたけど…」
「ああ、怒鬼の三踏衆のことですね。
私の直接の部下はそこのリーダーと憤鬼のリーダーだけなんで大丈夫です。
それよりも今月かなり厳しいんですよ」
なんでもないように爪をいじりながら部下の部下の話を終わらせ、生活の話に戻る。
「そっかぁ。もう一回頑張ってみようかな」
「ホントですか!?
ではこれなんてどうでしょうか。力仕事は得意ですよねっ!」
そう言って色んな資料を漁って見せてくる。
「ふぅ。これで少しは贅沢ができますよ。
来週は特別に近くのコロッケを買ってきます」
「よっし!なんか頑張れる気がしてきた。
面接は来週か」
「その調子ですよボス」
「おー!」
ズボッ!!
「……。こんなこと言いたくないですけどコロッケは無しです」
「はい…」
天井裏に悲しい声が響く。
首から上がすっぽりと突き抜けた。
「もっと天井高い家に住みたい…」
目の前には真っ暗な世界が広がる。
「贅沢言わないでください。引越しがどれだけ費用嵩むと思ってるんですか」
「うん。ごめん」
「分かればいいんです。とりあえずご飯にしましょう」
「うん。その前に抜いてくれる?苦しいんだけど」
「はぁ。仕方ないですね全く」
憤怒 厳目 銀次と小さなアパートで暮らすのは厳目の唯一直属の部下である池州 乃亜。
「弱者はこの世に必要とされていないんだ。僕もいつか世界から切り捨てられる」
「そうなことにはなりません。
私があなたを守ります」
とことん弱気な厳目は毎日池州に慰められている。
不安定な性格はちょっとやそっとの事では治らない。
「僕の味方は君だけだ」
「はい。あなたには私一人いればいいんです」
その一言。
あまりの愉悦に池州の顔が粘土のようにグニャリと歪む。
叫びたい気持ちを抑えて身を震わせる。
(うわぁぁぁあぁああああああああああああああぁぁぁ!!)




