三十話 原因
河川敷で向かい合う二人。
一人は黒髪モヒカンでサイドに十字の剃りこみをした男。
もう一人はおでこが広がり始めたシュッとした男。
十mもの距離を空けて真剣な面持ちで睨み合う。
「海柱。
久しぶりだな。相変わらずファンキーな髪型してんじゃねぇか」
「お前の方は随分と変わっちまったな。
昔はあんなに立ち上がらせてたのによぉ」
「若い頃に無理したせいでかなり負担かかってたみたいでよぉ。もう落ち着かせることにしたんだ。
で、なんでお前は俺を殺しに来たんだ?」
「わかんねぇのか?」
「さっぱりな」
「そうか。知らない方がお前のためだ」
「ふっ。知らない間に何かやらかしちまったってのか。
戦いに生きたんだ。戦いで死なせてくれや」
「そのつもりで来た」
「そうか。ありがてぇ」
「全力で来いよ!」
「当たり前だ。手加減はできねぇぞ!」
「俺もだ!」
海柱 康公と従一位 香川 頼良の戦い。
「立ち昇れ、土石龍!!」
香川の言葉に呼応して地面が盛り上がり、それは龍を象る。全長およそ十mの茶色の龍は大きな口を空けて唸る。
(カタカタカタカタッ)
土でできた龍に声帯は無いため、口の中にある石同士をぶつけて音を出す。
気合いは十分だ。
「大地を穿つ矛よ、体現しろ!壊槍!」
海柱の右手には背丈を優に超える二m程ある水色の三叉槍が握られていた。
「噛み砕け!」
龍は頭から尾までを雄大にうねらせ突っ込んでくる。
それだけではなく地面は歪に隆起し、まるで海上の船を彷彿とさせる不安定さを再現する。
「張り巡らせろ!浸水蛇脈」
槍から水が吹き出す。
槍先を地面に刺すとそこから水が飛び出しアリの巣状に不規則に地面に広がっていく。
水が浸透していったところから地面の揺れが無くなっていく。
龍の口が迫る。
(ズドォォォン!!)
海柱と衝突し大きな土煙が上がる。
そこには傷一つ無い海柱が立っていて、龍の下顎が破壊されていた。
「こんなモンじゃねぇだろ!」
「ふっ、そうだな。みせてやるよ」
先程と同様の規模の土の龍が十体立ち上がる。
「泥の支配者、龍の桂帽子」
川底から迫り上がってきた大量の泥が十体の龍に降りかかる。
あまり違いを感じないが少し龍の体に艶が出たような出てないような、そんなわずかな違い。
動き出す十体の龍。
先程までと明らかに違うスピードで海柱を襲う。
(ドゴォォォン!)
「ぐぁっ!」
打ち上げられた海柱。
そこに畳み掛けるように二体の龍が喰らいつく。
(ズゥン!!)
姿が消えた海柱。
(ガッガッガッ!!ガガァン!!)
轟音と共に龍が突如暴れだし、砕かれ中から出てきたのは海柱。
飲み込まれてなお、龍の腹の中を砕き進んだのか。ボロボロになった服と傷ついた肉体。
「だっはぁ!」
しかし未だ宙にいる海柱は龍にとっては絶好の獲物だ。複数の龍が同時に襲いかかる。
「童質改変!水形千槍」
水色の三叉槍は消え、そこに浮かぶのは形の無い水の塊。
「形を為せ。龍頭断槍!」
水の塊が龍の半分程の大きさまで膨れあがり、巨大な槍となる。
海柱が腕を振り下ろすのと動きを合わせて、巨大な槍が振り下ろされた。
(ズォォォン!!)
龍の首だけではその勢いは収まらず地面すらも断ってしまった。
その威力たるや、命の無い龍すらもたじろぐ程だ。
自慢のスピードも水の速さには遠く及ばない。口から巨大な石を撃ち出すが簡単に弾かれる。
ついには最後の龍も砕け散る。
「くっそ!いつの間にこんなに差が開いた」
「いや、お前が弱くなったんだよ」
「なんだと…?」
「割別埋槍」
サイズは元に戻り、再び三叉槍へと形を変えた。
閃光を放ち、飛び出す槍は香川の腹を穿つ。
「ぼゎっ!」
腹に円形の穴が空く。
「ぼ…ぷぽっ」
ここで香川の恐怖が塗り替えられた。
純粋な死の恐怖。理性で抑えられるほど優しいものでは無い。頭が混乱し心が拒絶する。
そして香川は頭の隅に閉ざされた不可解な記憶に気づく。
「あらら、覚めちまったか。可哀想に」
口をパクパクとする香川。未だ現実を受け入れることが出来ない。
それは穢された記憶。
「まあ、恨むなら弱い自分を恨みな。
それと上層部をな。俺はただ依頼をこなしてるだけだからさ」
涙が溢れ出す。
「恐怖による記憶の支配に堕ちてたみたいだな。たぶん今回の件、他の奴らもそうだろうな。
だが、一度堕ちたヤツは二度目も堕ちる。ここで終わらせておくのがお互いのためだ。
将来のために死んでくれ」
それはつい最近の出来事。
香川は鬼の形相をした吸血鬼の怪物と出会い、目を合わせただけで恐怖を刷り込まされた。
恐怖による支配。全身が砕けるほどの恐怖を味わい脳が拒絶し堕ちた。
それからは体に刻み込まれた恐怖により、封印された記憶の中にある一つの命令を意思なく実行することになる。
『人を殺さない吸血鬼の排除』
意識がありながら意識せずにやっていた。
死の恐怖がそれを上回り、記憶の蓋がこじ開けられた。
その事実に直面して何を思うか。
「俺はあいつの前で何もできなかった。面目ねぇ」
土の剣で自分の首を斬った。
「本気じゃない相手とじゃ気持ちよくなれねぇよ」
「今日も今日とて吸血鬼狩り。だいぶ聖童師に慣れたな。今日も試したいことがあるんだよなぁ。
俺の実験台になってくれよ吸血鬼」
手の平で手榴弾を転がす弾間は廃ビルに一人で入っていく。
一人での仕事も既に何回もこなしている。今はとにかく経験を積んで戦いに慣れていくことが大切だ。
技と戦術はあればあるほどいい。
蓄積し練磨し刃を研ぎ澄ませろ。
あの軍服を着たありがたけしからん吸血鬼を狩るために。
階段を上がっていき、二階の扉を開けるとすぐに戦闘は開始する。
目の前のソファに座ってるのが二体。その後ろに二体。そして部屋を区切るように真ん中にある壁を挟んだ裏側に一体。
敵の数は全部で五体。
「問題無し」
「なんだテメェ!」
「おらぁ!勝手に入ってきてんじゃねぇぞ!」
ソファに座っていた二体の吸血鬼が立つと同時に足元に爆弾を転がす。
二、一…。
(ドガァン!)
二体の下半身が吹き飛び、後ろの二体はソファが盾になって被弾はしておらず、さらに距離を取る。
対応される前に潰す。
奥にいる吸血鬼の盾になっている部屋を分けてる壁に向かって平べったいプレート型の爆弾を投げつけた。
二、一…。
(ドゴォン!)
その効果は絶大で壁をぶち破った。
「ぐわぁっ!いでぇ!」
思考を重ねて生み出した指向性爆弾は壁だけをぶち破り、さらに壁の裏にいる吸血鬼の腕も吹き飛ばした。
(威力は十分)
それと同時に壁の向こう側を見たことで部屋全体の構造を理解した。
縦長のコの字型になっていて、さらに真ん中の壁はかなり薄い。
指向性爆弾二つを手裏剣の要領で角度をつけて壁にぶつける。
(シュンッ!)
(ゴッゴッゴッ)
当然勢いよくぶつかった爆弾は跳ね返り、コの字型の反対側にいき、二体の吸血鬼を素通りする。さらに二つの爆弾はそれぞれ違う跳ね返り方をして奥にいる吸血鬼の側面と背面に分かれた。
二、一…。
(ドゴォォォン!!)
二つ同時の爆発は綺麗に重なり、片腕を失った吸血鬼に向かって爆発した。
「一+一=十」
その爆発は吸血鬼を中心にして十字架を描いた。上半身と下半身が分かれた吸血鬼は消える。
束の間の静寂。
残る二体が襲いかかってくる。
「テメェ!!」
と、同時に四方から壁がとんがって迫り来る。
およそ九十cm。聖域内への侵入を感知。
横に跳びながらただちに爆弾を生成し壁と相殺させる。
着地点の地面から隆起を感知。
靴底に食い込むのを感じながら地面に爆弾を叩きつける。今回のは小規模の爆発で、投擲の威力と爆破で勢いを軽減するのと地面から伸びるとんがりを少し砕く。
その時間で足に聖気を集めて砕く。
もう一体の吸血鬼が刀を振り下ろすのを上体を反らしてから一歩踏み込んで腹を殴る。
「フグゥッ」
吹き飛びに合わせて爆弾を添える。
「ぎっ、やめ━━━」
(ドウゥン!)
吸血鬼との最短距離になる道を残して地雷をばら撒く。
(ドゴォォォン!!)
支えを失った床は宙に放り出され重力に従って落下する。
浮いた体を爆風で前に押し出す。
肘を掴んで逆方向に折り曲げる。それから一階の地面に爆弾を落として吸血鬼の着地と同時に爆発させる。
(ゴォン!)
黒煙が晴れると空虚な空間となった。
「奇襲なら五体でも問題無し。ビルはめちゃくちゃになっちゃったけど」
爆弾魔 弾間 漠。
以降も一度も発することが無いですが、海柱の童質改変。『水形千槍』の水形は(みなり)って読みます。
つまり『水形千槍』です。
まあ、ネプチューンとしか読まないんですけどね。
それと、童質改変後は全て読みはネプチューンになります。今後出てくるか分かりませんが。




