二十七話 五月雨
また新しい週が始まった。
今日も朝から特訓三昧で座学はすっかり減ってきた。
そんな中で如実に現れる僕と弾間の実力差は日に日に開いていってる。
ただ、もうそんなことで嫉妬なんかしない。こんな近くに凄いやつがいるってことで弾間を超えることを一旦の目標にしてる。
熱血教師は相変わらず強くてやりがいがある。唯一勝ってるのは足の数だからタコ足でゴリ押していく。
向こうもそれは承知で、ことごとくを叩き落としてくる。
これから童質ともっと向き合っていくべきなんじゃないかと思ってる。
再生する体とタコ足の使い方のバリエーションを考えてみたり、他にもウーパールーパーだったりタコの特徴を使えるようにならないかの実験もしたい。
学校の帰り道。
「いやさ、一昨日の吸血鬼めちゃくちゃ強かったよね」
「うーん。まあ、今までと比べたらそうかも」
「僕、何回も致命傷負ったからね。氷で脚を固められた時はさすがにやばかった。
正直死ぬかと思った」
「街中だと爆弾も使いにくいしなぁ。
そこがネックなんだよねぇ。だからしばらくはそこを詰めていきたい」
(ババッ!!)
突如目の前に現れたのは軍服坊主頭の集団。
だげ、すぐにその集団は両脇にはけて跪く。そして開かれた道の先から女が歩いてくる。
その女も軍服を着ていて、その美貌は今にもボタンが弾けそうな程に布を押し上げている。
一歩歩く度にうるさいくらいに暴れている。
ミニスカートから覗くムチムチの太もも。
そして何よりでかい。見上げるほどにでかい。
その女の後ろを歩く三体の少年。
ちょうど一昨日狩った吸血鬼と同じくらいの背丈で小学生くらいに見える。
坊主頭の集団は未だ跪き、顔を上げることは無い。
そうして女が話しかけてくる。
「君たちが二日前、ここで吸血鬼の少年を殺したって事で合ってるかしらぁ?」
凛としていてよく通る声。それでもって胃もたれするような重く色っぽい声。
「だとしたらなんですか?」
「そう。君たちがあの子をやったのねぇ。ワタシがわざわざ動いて手駒にしようとした子を」
嫌な予感が全身にのしかかる。
いつでも動ける準備をしておく。
(ダンッ!!)
そう思った時には既に遅かった。
気づいたら僕の目の前には弾間がいて、その弾間はさっきまで女の後ろにいた三体の攻撃を防いでいた。
両手には手榴弾を持っていてすでにピンは抜かれていた。
「兵頭君は下がってて」
「え?あ…うん」
「母様が出るまでも無い。僕たち三房居だけでお前たちを始末する!
まずはお前からだ目隠れ野郎!」
一触即発の雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。いつ戦闘が始まってもおかしくない程に荒れている。
そしてその中に僕はいない。
(ガランッガランッ)
その音が響いた瞬間三体の肩がビクンっと跳ね上がる。
音の鳴った方を見てみるとその正体は女の持っている物だと気づいた。
女の両手には赤ちゃんを喜ばせる玩具でおなじみのピンクと白のガラガラが握られていた。
「あなたたち勝手に何をしているのかしらぁ?」
(ビクッ!!)
「帰ったら教育が必要かしらねぇ」
「「「母様!!」」」
三体の焦りようは誰が見ても明らかだった。
さっきまでの覇気が一切感じられず、まるで母親に叱られた子供のようだ。
「今日は挨拶だけしに来たから今はまだ生かしといてあげる。でもねぇ、今度会った時が君たちの命日なのよ。それまで人生楽しみなねぇ。
そうだ、ワタシはマリア。忘れないでねぇ」
そう言うと何事も無かったかのように、そこにいた集団がきれいさっぱりいなくなっていた。
全く反応出来なかった。マリアとかいう女の手下と思われる三体の動きにすらついていけてなかった。
ただ傍観することしか出来なかった。
「引いてくれて良かった。さすがに守りながらだと厳しかったな」
そんなことを言わないでくれよ。僕は弾間にとって足でまといなのか?
そこまで離されてたのか。サポートすら出来ず、ましてや守られるなんて。
崖から突き落とされた気分だよ。
全部それほどまでに弱い僕が悪いんだけどね。一緒にやってきた弾間に言われると心が傷つきそうだよ。
「やっぺぇ、雨降ってきちゃったよ。とりあえず帰ろっか、兵頭君」
「そうだね」
ふふ。空も一緒に泣いてくれるのか。
ありがとう。おかげで涙を拭かずに済みそうだ。
それからは弾間と一緒に依頼を受けることが無くなった。弾間は正三位になって多くの依頼をこなすようになった。
僕は今、自分と向き合っている。決して足踏みしている訳では無い。
自分にできることを知るために必要な事なのだ。
東京に建っているビルの地下五階。
壁も床も天井もテーブルも椅子も全部黒に統一されている部屋に十人の人間が集まっている。
「久しぶりだな。みんなよく集まってくれた」
「当たり前じゃないですか。天道さんに呼ばれたらどこにいようと駆けつけますよ」
「ここに来るのも久々だな」
「みんな元気そうじゃん」
「で、俺たちをわざわざ呼んだって事はなにかでかい仕事が入ったのか?」
「ああ。
防衛省から直々にね」
「へぇ」
「ほうほう」
「面白そうじゃん」
「どうやら最近巷では吸血鬼側について動いてる聖童師が現れているらしい。
平和に暮らしている吸血鬼を殺して回ったり、殺人を助長させたりしている聖童師がいるようだ」
「ふーん。つまり俺たちはそいつらの処理をするってわけか」
「ねぇ、いちいち話遮らないでくれる?あんたいっつもそう。天道さんが話してんでしょ?」
黒髪モヒカンでサイドに十字の剃りこみが入った乱暴な口調の男と金髪ツインテールギャルの高圧的な女の言い争いが始まった。
「ああ?ひとりごとに入ってくんじゃねぇよ」
「ひとりごとぉ?そんなボリュームでひとりごとってあんた頭大丈夫?」
「ちっ!そうだ。前からお前が気に食わなかったんだ。
これが終わったら殺してやるから表出ろや」
「ちょうど良かった。私もあんたを殺したかったの。死体は海がいい?それとも植木鉢?
全力でやってあげるから最期くらい清く死になさい」
「上等だコラ。
串刺しにして観賞用として家に飾ってやるよ」
「今す━━━」
「二人とも落ち着け。殺したいなら私を殺せ。
仲間内での殺し合いはそれからだ」
「うっ、はい」
「冗談だよ」
天道の一言で二人は静かになる。
「そんなに元気なら今回は二人が中心になってやってもらおうか」
「「げぇっ!」」
「何か言いたそうな顔だけど」
「いえ、謹んでやらせてもらいます」
言い終わった直後、女はギッと男を睨みつける。
「わかったよ。やりますよっと」
男は不貞腐れたような態度で脚を組み直しながら返事をする。
男の名は海柱 康公。
女の名は金平 星成。
調停省に所属する『惑星』の八人の中の二人だ。
「へへっ、聖童師を殺るのは久々だな。
ちょっとは骨のあるやつがいるといいけどな」
「あんた少しは自重しなさいよ。
余計な仕事増やさないでよね。あんたの戦いの後処理するの大変なんだから」
「ああ。期待していいぜ。
最近手加減ってのを覚えたんだ」
「期待しないでおく。どうせあんたには無理だからね」
「言ったな。見せてやるよ、俺のテクニック」
調停省は比較的自由なのだが、仲間内での殺し合いをする場合、リーダーである天道を殺してからでなければやってはいけないという奇妙なルールが存在する。
つまり天道が生きている限り、仲間内での殺し合いは認められない。
この後しばらく調停省メインになります。




