二十五話 僕はヒーロー
「この人たちを解放しろ」
「それは出来ないっす。
逃がしたいなら取ればいいだけっすよ。UFOキャッチャーのルールに則ってっすけど」
「は?」
「だから言ってるじゃないっすか。
UFOキャッチャーで取れれば解放されるっすよ。その人間たち」
「どうする?」
「俺がやる。こんな真夜中に爆弾使いたくないし」
「その間、僕一人であの二体の対処をしないといけないってことか。
なるべく早く頼むよ」
「心配すんな。
俺、UFOキャッチャーは四千円以内で取れっから」
弾間は髪をかきあげてそう言った。
「わかった。必ず持ちこたえる」
「任せた」
「こっちこそ」
「それじゃあ私たちも時間が無いのでさっさと終わらせようか」
「了解っす」
「そう簡単に終わると思うなよ。耐久戦は得意なんだ」
「テテレテテテテテテッテ、テテレレレレテテテレレレレレッ!」
「ちょっ!?」
音デカッ!
「戦闘用BGMとしてはすこぶる合わないな」
さて、どう動く?
黒髪が動き出した。
「ふん!」
拳が顔の横を通り過ぎる。
この速さならギリギリ僕でも対応出来る。ただ、問題は二体を同時に相手出来るかどうか。
続いて金髪も襲いかかってくる。
おーけー。おーけー。
見えるよ。成長を感じるね。ただ、二体の足止めをするためにタコ足を出す。
手数で上回れ。頭を働かせろ!
空中にウーパールーパーを大量召喚する。少しでも嫌がられる事をしてUFOキャッチャーの時間を稼ぐ。
タコ足の操作性は既に両腕よりも上だ。一本一本の自由度が高く、関節も無いから理想の動きをなぞることが出来る。
タコ足から生まれるパワーも侮ることなかれ。数mの跳躍に大人一人の拘束と幅広く活用出来る。
そんなタコ足の半分は金髪向けて、僕は黒髪に集中する。どうやら黒髪の方が数段強い。
金髪の童質はUFOキャッチャーだろうけど黒髪は未だに童質を使ってこないのは謎だ。そろそろ使ってきてもおかしくないけど。そうなると対応が難しい。
タコを出しても地面を這ってるだけだからクッションくらいしか使い道が無い。ウーパールーパーは飛んでるのにタコは飛ばないのなんでだろうか。そこは分からない。
「ぐっ!」
体が温まってきたのか黒髪のスピードが上がって連打への対応が遅れる。
ここからは慎重にいかないとやばいな。
「ちょっ!右のアーム力弱くないっ!」
弾間ぁ!苦戦してるのか!?
見る余裕ないから状況が分からない。何人救出した?
タコを投げつけて体の自由を奪う。顔に張り付いてくれれば良かったがそう上手くはいかない。
黒髪の膝に付いただけであんまり変わらない。
引きちぎられたタコは消滅する。
「よっしゃ!一人ゲット!」
まだ一人か。
「君たちはどうして私たちを狩るんだ?」
「お前らが人を殺してるからだよ」
「そうさせたのは君たちだろ」
「何を言って…」
「私は人間が好きだった」
「僕は嫌いだよ」
「そうか。
私も今は嫌いだ。嫌いになってから人間の嫌なところが良く見える。
それと同時に吸血鬼になって良かったと思うようになった。
際限無き力の上昇。喰らえば喰らうだけ強くなれる。今までとは真逆の考えが抵抗無く馴染む。
きっと元から私は人間との共生が向いてなかったんだろうね。一人、いや、一体仲間をやられただけで人生観がひっくり返ったよ。
だから私は私の為に力を使う」
(バコンッ!)
タコ足が金髪の顎に綺麗に入って吹き飛ばした。公園のフェンスにぶつかって倒れ込む。
「ちょうどいい。私の童質を見せよう」
黒髪の周りに複数の水の玉が浮かぶ。ピンポン玉位の大きさだが、数が数だ。
僕の手足の数を凌駕する。
(プヒュンッ!)
放たれた水玉は散弾銃のように広がって向かってくる。
避けられない。僕の後ろには守らねばならない者たちがいる。
(くそっ!腕十本あっても足んないぞ!)
できる限り手足を広げて水玉を弾く。
(バチュンッ!!)
水玉に触れた部位が吹き飛んでいく。タコ足はもちろん腕と体に穴が空く。
「くほっ」
「へぇ、そんな能力も持ってるんだ」
傷が治っていく間にも新たな水玉が撃ち出される。
「よっしゃ!三人目!じゃんじゃん行くぜ!
指先が俺に答えを教えてくれる!」
あと五人か。
ウーパールーパーを散りばめて水玉に当てさせる。掻い潜ってきた水玉は体で止める。
(バチュンッ!バチュンッ!バチュンッ!)
手足がちぎれ、腹が抉れ、頭が飛ぶ。
「ぽ!?」
壊れちゃいけないところが壊れたのか一瞬思考が止まる。
「っぶね!!」
(ははっ!やっぺぇよ今の!命が途切れたわ)
攻撃なんて考えるな。全てを絡め取れ!
今の僕にできることはあまりにも少ない。だからこそ全力でお前の邪魔を全うする!
無限に再生する壁となれ!
痛みに慣れた肉壁の恐ろしさを見せてやるよ。
防御は薄くていい。今はとにかく面積を広げろ。
守る者を前にした時、ヒーローは限界を超えるんだ。
(バチュンッ!バチュンッ!バチュンッ!)
僕が見せるのはこのちっぽけで矮小な背中じゃない。ここから逃げ出した先にある平穏な毎日。そんな明るい未来を見せんだ!
だからここから先には行かせない!
幾十、幾百、幾千、幾万の灯火が消されようと僕の魂は砕けない。
滾れ漲れ酔いしぐれ、波乱万丈頭蓋仰天!
暁の下にて 輪廻の綻び手繰り寄せ 我創りたまふこと勿れ
『廃人順行 終点 曙』
「よっしゃあ!八人ゲットだぜ!」
雨霰の攻撃の中、遠のいていた意識がその声を捉えた。
「ぶはっ!んぁ?あぁ。
弾間……やったか。なんぷんたったんだぁ?」
されど止まらぬ雨霰。
意識を取り戻した肉体は重くなる。
「あ、あの……早くここから逃げてください」
「いや、いやぁよぉ。腰が抜けちまってんだ」
「なんだよこれ!」
「ば、バケモノ!!」
みな、一様に取り乱す。
それも仕方の無い事だろう。
いきなりUFOキャッチャーの景品にされ、目の前ではタコの怪物が体を弾き飛ばして血を撒き散らしてる。さらにその体は数秒後再生している。
これを見て驚かない方がおかしい。
ともかくまだ終わらない。
アンモニア臭が漂ってくるが気づかないフリをしておこう。
淵から戻ってきたことで感覚が鋭敏になってる。
後ろも良く見えるし、水玉もゆっくりに見える。
水玉が当たる箇所に聖気を集めてぶつけて聖気の量で押し勝つ。
僕は今、最高にヒーローじゃないか!
ジリジリと前に進むと黒髪は後ろに下がる。
「くそっ!私は勝てないのか……こんな少年にも勝てないのか」
「ぐわっ!」
ついにタコ足が黒髪を捕まえて地面に押さえつけた。
黒髪は語り出した。
「最初に奪ったのはそっちだ」
人を殺すことになった原因である一ヶ月前の出来事を。
「エミリーにとっては死んでしまった方が幸せなのかもしれない。けれど私にはエミリーを死なせることなんて出来なかった。だから人を殺し続けた。エミリーを死なせないために。
私を殺すのなら君がエミリーも殺してくれ。
ああ、死にたくない。死にたくないよ。
死んだらもう、エミリーに触れることさえ叶わないのだから……。
ああ、エミリー。親愛なるエミリー。
もう一度君の暖かい料理が食べたかったな」
黒髪は涙を流す。
「理不尽っていうのはこの世の中に当たり前に存在してるんだ。強者がいれば弱者がいる。賢者がいれば愚者がいる。
自分より遠い、ましてや反対側にいる存在の気持ちなんてわかるわけが無いからね。
ただ、今僕が守るべき存在は人間なんだ。
人間を害してしまったからには、いくら不幸な吸血鬼でも助ける義理は無い。
始まりが人間側だったとしてもね。
ただ、僕はこういうのが嫌で力を求めて聖童師になった。今の僕じゃ、力が無いからどうすることも出来ないと諦める。
でも弾間が助けたいと思うなら僕は協力するよ。
今回の仕事は僕と弾間二人の仕事だからね。
僕と弾間では当然価値観が違う。
僕にとってヒーローは正義の味方じゃない。弱者の味方だ」
「俺は助けたい。俺だって力は無いけど、この吸血鬼たちを蔑ろにしたら俺は絶対後悔する。
真面目に生きてるのに不幸になる世界を俺は許さない。
やれることはしたいよ」
「いいんだ。私は自分勝手な理由で人を殺した。人間の社会で生きてきたんだ。
私が許されていい訳が無い。人間として私を殺して欲しい」
「二つ、僕に考えがあります。もしかしたらエミリーさんは治るかもしれません。確証は無いですけどやらないよりは良いと思います」
「なんで……なんで君たちが。
私は君たちを殺そうとしたのに」
「理由なんて無いよ。俺も自分勝手に考えた結果、あなたたちを助けたい。そう思った」
「僕の臓器をエミリーさんに移植します。
吸血鬼の再生力ならいけるんじゃないですかね。僕の再生する体が他人の中でも継続されるか分からないですけどね。聖気が使えるならいけるかもしれません」
「そ、そんなことしていいのか!?」
「まあ、減るもんじゃないですし」
「そんなバカな……」
「これはちょっと確実性が無いのでもう一つが本命です。
回復系の童質を持つ聖童師に治してもらいます。
許されればですけどね。吸血鬼の味方になって怒られるかもしれないですけど、やってもらえるならかなり期待出来ます」
「ありがとう。ありがとう」
「できることをやるだけですから。
結局、僕も弾間もあなたも自分勝手なのは一緒ですね」
まあ、やってみないとわかんないしね。
それにお腹掻っ捌かれた事は無いからちょっと新鮮。




