十四話 初めての殺意
下半身がヤマタノオロチになってしまった僕はいつも通り学校に行く。
まさか朝目が覚めたら知らない天井(知ってる床)を見るなんて想像すらしなかった。下半身が丸ごと八本の触手、しかも吸盤がおびただしい数あった。なぜなら人間サイズの触手だったから。少し調べたらタコの吸盤はあの大きさで一本に二百もあるらしい。それが八本で千六百、明らかにその数倍はあった。集合体恐怖症じゃなくて良かった。
そんな気持ちを抱えながら学校に着いた。
お昼が終わって午後の授業が始まる前、騒がしく慌てた様子で白鳥先生が勢いよく教室の扉を開けて入ってきた。
教卓に手をついて呼吸を整える。次第に落ち着きを取り戻して。
「えー、君たちに大事な依頼が来ています」
(((ごくり)))
「今朝、近くの銀行で立てこもり事件が起きました。犯人は爆弾と銃を所持していて大変危険な状況です。当然警察が対応していますが協力要請が出されました。銀行内には市民がいますが市民にはバレないように動いてもらいます。
市民にバレずに迅速な対処、できますね?」
「「「はい」」」
いつかやると言われていた警察の手伝い。
銀行強盗の処理か。人間相手は神経使いそうだな。
「現場で機動隊と合流後速やかに犯人の排除。人質は三十人。犯人は五人。ショットガンを所持」
「「「はい」」」
銀行に着くと人だかりができていた。警察が前線で忙しなく動いている。
「君は兵頭君かい?」
(ッ!?)
聖域は使ってるぞ!話しかけられるまで隣にいる事に気づかなかった!!
そんな事を気にする素振りも無く、なんでもないように話しかけられた。
「ふむ。知り合いから聞いた特徴と合致しているからそうだと思うんだが」
「兵頭ですけど」
銀色の長髪に褐色の肌。男女の判断がつかない、低音のハスキーボイス。身長は百八十を越えてる。鋭い目つきで見下ろしてくるから威圧感がすごい。
「やはりそうか。ふむ…」
そう言って僕や弾間たちを見る。
「今年も順調に育ってるな。同業者としては嬉しい限りだよ」
同業者?聖童師か。
「水蓮行くぞ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ天道さん〜」
天道って言うのか。その後ろを着いていく小柄な水色の髪をした女。
それにしても、聖域に入ってきても気づかなかったのはなんでだ?
瞬間移動系の能力か、はたまた空から降りてきたか。気配も無く近づいてくるのは怖いな。知り合いって誰だろ。
それから警察の人と話をして通してもらう。
裏口に行くと重装備をした機動隊の人たちが既に待機していた。
隊長に詳しい話を聞くと。
「ちょっと!この子供たちが突入すんの!?嘘でしょ!」
この機動隊の隊長である、赤茶ショートカットの女の人が荒ぶる。
「ちょっ!隊長!落ち着いてください。上の指示なんですから、この子たちにどうこうしたって無駄ですよ!」
「わかってるよ!わかってるけど納得出来る!?」
「その気持ち分からなくもないですけど大人しく言うこと聞いておかないと、また叱られますよ」
「ぐぐっ、本当に大丈夫なんでしょうね!」
「大丈夫です。僕たちに任せてください」
「わかった、任せるわ。ただし、人質優先って事だけは忘れないで」
「はい。もちろんです」
「初動で何回か銃を発砲してるみたい。だからもしかしたらそういう事態になってる可能性が高い。それを頭に入れておいて」
「忠告ありがとうございます」
(ちょんちょん……)
弾間につつかれて耳を貸すと頼み事をされた。
「銀行内の構造がわかる物ってありますか」
隊長さんと話すのが恥ずかしかったらしく、僕に聞いて欲しいと頼んできた。
この分だと一昨日助けたっていう女優ともちゃんと話せてたか怪しいな。
「銀行内のカメラは全部壊されてるからここには図しかないわ」
「それで大丈夫です」
弾間は銀行内の構造を頭に叩き込む。今回は殺せないから弾間はやりにくいだろうな。
「で、どこから侵入するの?裏口?それとも窓から?」
「壁を壊して入ります」
「ちょっと!大きな音でバレるじゃない!」
「いえ、私なら音も立てずに壊せます」
「どういうこと?」
「私たちは行きますので静かに。終わり次第戻ってくるので後処理はお願いします」
「ちょっ、ちょっと!」
くれぼんはそっと壁を握りつぶす。壁に指がめり込んでいき、豆腐のようにグニャリと潰れ崩れていった。人一人入れる大きさの穴が出来上がり僕たちは入っていく。
「な、なんなのよこれは……この子たちはいったい……」
立てこもりから六時間、三人が侵入開始。
僕たちは侵入後速やかに行動を開始した。
ロビーに出るとそこには異常な光景がひろがっていた。
人質は全員男女問わず服を脱がされ、犯人を囲むように座らされていた。人道を踏み外したイカれた人間の考えの行き着く先は肉の盾か。
傍らには横たわった血だらけの人が三人。
急いで弾間の方を確認したが、髪の毛の隙間から見えた目は恐ろしく冷めた鋭いものになっていた。合宿の戦闘時の興奮状態とはまた違った意味で恐ろしい目をしていた。
心配はいらないなと判断して僕は目の前のことに意識を戻す。
人質、犯人、犯人、銃、爆弾。
とりあえず思考を五つに分けよう。
僕たちは一斉に飛びかかる。
僕たちに気づいた犯人たちは当然僕たちの排除をするために引き金を引いた。人質のみんなは大声で叫び出し、混乱状態に陥る。
放たれた弾丸は広げたタコ足で全弾対処。
二頭の白き獣が牙を剥き、悪しき獲物に喰らいつく。
恐ろしい程に冷静な状況判断で複数の爆弾をばら撒き、最小限の爆発で弾丸の軌道を変えると全ての弾丸があらぬ方向に飛んでいった。
女を掴んでいた一人の犯人はその女に銃口を向ける。
僕は余ったタコ足の強力な吸盤で撃たれるよりも早く女を奪い取り後ろに下ろした。
それからは何もさせなかった。
タコ足の連打でタコ殴りにしてから壁に叩きつけた。
二人も同様に壁に叩きつける。
そうして五人が頭から壁に埋まる。
突入から十五秒。
犯人五人を完全制圧。
僕たちは機動隊の所へ戻る。
なーんか違和感。さっきから寒気がするんだよな。
「だ、大丈夫か!?」
「はい。無事に終わりましたよ」
「本当か!それよりも大丈夫か?」
「?大丈夫ですよ」
「そうか!わかった…。お前ら中に入るぞ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
なんか視線を逸らされた。妙に目線が下に落ちてたけど、もしかして怖がられたりとか?
「あの、一ついいですか」
突然弾間が隊長さんに声をかける。
「なんだ?」
「殺意ってどうやって抑えればいいんですか」
「!?」
未だに弾間の目は冷めていた。
「指示が無かったら殺してました。
あれはドブネズミかなにかですか。到底人間とは思えない、五臓六腑が腐るほどのクソ野郎でしたよ。
あんなクソ野郎が生きてていいんですか」
「それを決める術を私たちは持ち得ない。国が決めた規則に則って処罰が下される。そうして秩序が守られている。
それが法治国家というものだ」
「……」
弾間は何も話さない。
「今回はあなた達の功績だけど次はそうはいかないんだから!」
「「「……」」」
この人絶対ツンデレだ。隣の二人もそう思ったに違いない。
この人のデレを見たい。
「次の機会がありましたら是非、その時もよろしくお願いします」
機動隊は中に入っていく。
「くそ!くそくそくそくそくそくそくそくそ!くそくそくそ!」
弾間は壁を殴る。殴る。殴る。殴る。
「くそくそくそくそくそ!」
殴る。殴る。殴る。殴る。
「もうやめといた方がいい。壁が壊れる」
弾間の心には相当きたらしい。僕にはその気持ちが理解出来ない。
それにしてもなんだか肌寒い。
「あのさ兵頭君、こんな気分の時に言いたくないんだけど」
「なに?」
「下隠した方がいいよ。同人誌に出てくるショタが履く短パンになってるから」
「うおっ!」
僕のズボンは太ももよりも上の所でちぎれていた。
(あ、さっき隊長さんが目線を逸らしてたのはこれのことか)
「ていうかやばい。すごい恥ずかしいこと言ってた気がする」
「いや、かっこよかったよ。悪を許さない正義って感じで。それに今の僕より恥ずかしいことなんてそうそう無いよ」
相当気にしているらしい。自虐ネタで気を紛らわせられたかな。
「お疲れ様。どうだった?」
教室で白鳥先生に報告することになり。
「ぼちぼちですね。救える命と救えない命。
どこで線引きをするのかが自分の命にも関わってくると思いました」
「そうだね。それはみんなが通る道だし、それに答えは無いよ。だからみんな最善を求める」
「先生、天道って誰ですか?」
「……会ったんだ」
「はい。聖童師なんですよね?なんか同業者って言ってましたけど」
「同業者。まあ、広く言えば同業者だね。
私たちは吸血鬼を狩るのが仕事だけど、その天道って人は人を殺すのが仕事」
「え…」
「聖童師といえば聖童師。聖気を使うからね。
先生たちが所属してるのは防衛省。
天道が所属してるのは調停省」
「調停省?」
「表向きには存在しないんだけどね。国から殺しの依頼を正式に受けてる。それが許されてるのが調停省。まさに調停者って感じ。
そして天道は調停大臣。殺し屋のボスだよ」
「そんな物騒な……」
「天道率いる調停省には天童とその側近を除いて八人が所属してるんだけど、その八人の配下の名前が由来でこう呼ばれてる。
『惑星』
八人の苗字の頭文字が惑星と被ってるんだって。偶然ってすごいよね」
「そんなのがあったんですか」
「やっぱり天道って人は強いんですか?」
「それはもう。なんといっても正一位だからね」
「えっ!そんなに。それじゃあ童帝とどっちが強いんですか?」
「こればっかりはどちらとも言えないね」
「それほどですか」
「それほどなのよ」
新事実を知ってしまった。
人質だった人たちにタコ足見られてましたけど大丈夫ですかね。




