表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

5 邂逅

 午前六時のアラームで目が覚めた。昨日、森のひとに(もら)ったきんぴらゴボウと芋の煮っころがしを曲げわっぱに入れ、卵焼きと白米を詰め込んだ。少し()ましたあと、ふたをして箸と一緒に巾着袋に入れる。小さなリュックを背負い、常温の緑茶が入った水筒を肩に掛けた。


 前かがみの世話焼きお婆さんを警戒し、そっと玄関のドアを開けた。音が鳴らないようにゆっくりと鍵を回し、忍び足で門の扉を開けた。大丈夫だ。人の気配は感じない。


 そう思った矢先、通りの向こうでお婆さんの声が聞こえた。


「よもや古池に行こうとしているのではあるまいな?」

「いけませんか? たとえ老練(ろうれん)の山田さんの頼みでも、私の自由な意思を阻害(そがい)する事は出来ませんよ」

()(きょう)!」

「そうですか。気をつけて行って来ます。私には、そこですべき事があるので」


 わたしはその会話に興味がわき、今日は古池公園(ふるいけこうえん)に足を運ぶ事にした。

お婆さんに出会わないように別ルートを使って。


 わたしは自宅の裏に回り、細い側溝(そっこう)(また)いで歩いて行く。グレーチングや溝蓋(みぞふた)がある所もあるが、気を抜いて歩いていると溝にはまってしまう。溝蓋の側面は硬くて鋭いので、怪我をする恐れもあるし、昨日降った雨で水が溜まっているかも知れない。

U字溝の継ぎ目を足先で確認しながら、緩やかなカーブを描く古池公園までの経路を辿(たど)って行った。


 古池公園まであと少しという所で、前方にわたしの通行を(さまた)げる物体に出くわす。

 超音波的なソレに反応した物体は、正面足元の溝蓋に、ちょこんと(たたず)んでいた。

雰囲気から察すると、小型の野良犬と思われた。わたしは小さい頃に腕を()まれた事があり、固まってしまった。息を止めて犬の次なる挙動を待ち(かま)えた。しかし犬は一向に動こうとしなかった。ジリジリとした時間が流れて行く。古池に向かった人は、もう到着しているだろうか? 現実逃避をするかのように、意識が別の方へ向かって行った。


 気がつくと、あろう事か犬がわたしの腕に乗り、顔の前にゼロ距離で佇んでいた。わたしは再び先程以上に固まってしまう。息が詰まる。呼吸をすると噛みつかれるような気がした。無言の時間が数秒続く。(こら)えきれず息を吐いた時、突然犬がわたしの(まぶた)()めた。

「ひっ!」

わたしは短く悲鳴を上げたが、固まったまま身動きが出来なかった。じっとしたまま犬のやりたいようにやらせた。気分を(そこ)ねると何をされるか分からない。


 犬はわたしの両目をぺろぺろと舐め続けたあと、クゥーンと(あわ)れむように鳴いた。

すると間も無くして、眼窩(がんか)にヌルっとした球体が入り込んだ。わたしは異生物が入り込んだような感覚を味わった。


 一体どうなるのだろう。犬に取り付いていた異生物に寄生され、体を乗っ取られて気味の悪い生き物になってしまうかも知れない。またもや現実逃避したくなった。

 しかしこんな現実は受け入れたくないのが正直なところ。わたしの思考をよそに、二つの球体と目の奥が結合するような感覚が伝わった。同時に両目に光が差し、目の前に視界が広がった。


「まさか……これが?」


 目の前に色鮮やかな犬がいた。

中身(なかみ)手放(てばな)した眼窩(がんか)には、長い睫毛(まつげ)が生えていた。


「わたしにくれたの? 大切なものを……」

わたしは目が無い犬を抱きかかえ、ゆっくりと頭を撫でた。恐怖心は何処(どこ)かへ消えていた。

その犬は短く鳴いたあと、わたしの手元を離れ、溝蓋(みぞふた)(つた)って走り去って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ