表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とりとめのない話  作者: シッポキャット


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

3 歩道橋

 その犬は大きな鳶色(とびいろ)の目をしていた。

中身(なかみ)手放(てばな)した眼窩には、長い睫毛(まつげ)が生えていた。


 わたしの日課は朝の散歩。生まれつき目は見えないが、半径一メートルの範囲であれば、障害物の把握が出来る特殊な体質をしていた。

 感覚的に言えば、全身から超音波のようなものが放射状に出ていて、物体が()()に当たると、()ね返った()()触感(しょっかん)で、障害物の距離や形が何となく分かる。生物と無機物の違いは、波動や熱量、音によって判断していた。


 いつものように常温の緑茶を入れた水筒を、斜め掛けのボトルカバーに入れて肩から下げる。

小さなリュックには、お昼に食べるハムとサラダのサンドイッチを詰めた。

 あてもなくぶらぶらと散策し、昼食を食べ、のんびり過ごして帰宅するのが、いつものパターン。


 その日は生憎(あいにく)の雨だったが霧雨(きりさめ)がかっていて、折角の日課の楽しみを諦めるほどでは無かった。わたしはお気に入りのこうもり傘を差して、門の扉を開けた。

 しばらく歩いていると、前方から前かがみに歩く人物が近づいて来た。まだ半径一メートルには届かないが、波動と息遣(いきづか)い、そして引きずるような足音に特徴があった。


 わたしは傘を傾けて顔を隠し、そそくさとその人物をかわそうかと擦れ違った瞬間に、その人物に呼び止められた。

「待ちなさい」

わたしはびくりとして、立ち止まった。


「わたしに何か御用ですか?」

振り向いて返事を待つと、その人物はゆっくりとした口調で言った。

霊気(れいき)が乱れている。散歩はやめたほうがよいぞ」

「大丈夫ですよ。雨も小雨(こさめ)ですし。それに天気予報も午後から()むと言ってましたから」

わたしが呟くように言うと、その人物は吐き捨てるように言った。

「いいにゃ、こんな時は、家で般若心経(はんにゃしんぎょう)でも(とな)えていた方がいいんじゃ」

 わたしは聞こえない振りをして、そそくさと立ち去った。(かす)かに舌打ちする音が聞こえた。


 鼻歌を口ずさみながら三十分ほど歩くと、車の行き交う音が聞こえた。大きな交差点がある感じ。

前方右寄りには歩道橋があった。点字ブロックを(つた)いながら、ゆっくりと足を運ぶ。気晴らしに階段の数を数えながら歩道橋を登って行った。


 三百二十五、三百二十六……。わたしは一旦足を()め、手摺(てすり)にもたれ掛かった。

いつまで続くのだろうか? 段差は低いとはいえ、数を考えるとかなりの高さ。単純計算で五十メートルの高さだ。歩道橋としては合理性に欠けているのでは?

 疑問を振り払って再び再開する。上りの階段は、ちょうど四百段で終わりを告げた。施工者(せこうしゃ)は高さを六十メートルに定めたのだろう。


 歩道橋はしんと静まり返っているが、時折横風に(あお)られ橋脚(きょうきゃく)はミシミシと悲鳴を上げていた。先の見えない対岸に向かって、手摺につかまりながら慎重に、しかし足早に進んだ。

 朝の散歩で今日ほど不安を感じたのは初めてだ。先程の世話焼きお婆さんの予想が的中したのかも知れない。占いや迷信などに関心が無いわたしだが、この時ばかりは不安も手伝ってか、散歩に出掛けた事を後悔し始めていた。


 体感で五十メートルほど進むと、前方に気配を感じた。歩くペースを(ゆる)め、手摺につかまりながら()り足で近づいて行く。超音波的なソレが反応し、漠然とした情報が伝わった。

歩道橋の上に露天商がいた。


「お嬢さん。帽子はいかがかな?」

唐突にその露天商は言った。歩道橋の上にブルーシートを敷き、数点の帽子を並べているようだ。

「ごめんなさい。わたしは盲目(もうもく)だから色も形も判らない。似合うかどうかも」


「こいつがよく似合う」

露天商はそう言うと、わたしの頭にぴったりの帽子を(かぶ)せた。適度な硬さで心地よい吸着感があり、違和感の無い軽さだった。


「ありがとう。残念だけど今、持ち合わせがないの」

「リュックの中身で手を打とうか?」

「折角のお昼が無くなる」


露天商はしばらく押し黙ったあと、意を決したように言った。

「半分で手を打とう。昨日から何も食べていないのだ」


 わたしは小さなリュックからサンドイッチケースを取り出した。ふたを開けると、ハムとドレッシングの瑞々(みずみず)しくて食欲をそそる香りが広がった。

「ハムの方がいいな」

露天商が呟いた。

「好きなものを半分取っていいわ。その代わり帽子はわたしのものよ」


 雨が()み、厚い雲の隙間から少し光が差し込んでいる気配がした。こうもり傘の水滴を(はら)って、背中のリュックに掛ける。帽子が飛ばないように顎紐(あごひも)を調整して、再び歩みを進めた。


 先程の不安が嘘のように晴れ晴れとした気分で、わたしは対岸へ渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ