#1 旅立ち
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晴天の下、一台の馬車が足場の悪い山を走っていた。左側が崖になった高所である。
「ねぇガウル。これからどうするの?」
「どうって今さら何の質問だよ? 昔からオレたちが十六になって成人したら、お前の夢を叶えるために村を出るって約束してたじゃねえか」
御者台に座っているのは二人。
中肉中背の青年、それから漆黒の長髪を持つ華奢な美少女だった。
「それは分かってるよ。ボクが言いたいのはどうやって首都アルカディアまで行くかだよ。食料もほとんど積んでないみたいだし、第一道のりは把握してるの?」
「いいや! まったく分からん!」
「もう……。急に村を出るっていうから着いてきたけど、やっぱり考えなしだったんだね……」
「昨日でお前も十六歳になったから、居ても立っても居られなくなったんだよ。つーかそういうエルメスは道のり知ってるのかよ?」
エルメスと呼ばれた少女は、人形のような顔を得意げにして薄い胸を張る。
「今登ってる岩山が首都から逸れていることくらいはね。ほら、あっちの方角だよ。ボクは精霊力を感じるから分かるんだ」
細い腕を持ち上げ、明後日の方向を指差す。
「そうか。首都にはすげーでかい精霊樹があるって話だもんな。じゃあ道案内頼むぜ!」
「はいはい。とりあえずこの岩山を降りないとね。うーん、大丈夫かな、さっきからこの馬車ガタガタ揺れてて怖いんだけど……」
馬車二つ分はある広い道。ただ地盤が欠けていたりするので危険だ。
もし落ちてしまったら数十メートル下の地面でどうなってしまうか……。
と――その時。
「助けてくれぇぇぇぇ〜!」
前方から叫び声が聞こえてきた。
「え、何⁉︎」
エルメスが腰を浮かす。
その体は馬車の激しい揺れによってバランスを崩したものの、すかさずガウルが支えに入った。
道を進んで行くと、まもなくして叫び声の事態が分かるようになる。
「見ろ、事故ってる!」
二人の目に映ったのは崖から落ちそうになっている馬車だった。後ろの車輪が一つ脱輪しており、転落を馬が辛うじて支えている。
道は丁度曲がり角だ。道の広さを過信して起こった事態だろう。
御者台にいるおじさんが手を振って救いを求めていた。
「エルメス! 精霊術で助けられるか⁉︎」
「やってみる!」
馬車を止め、二人で事故現場まで走る。
そしてガウルが後ろで見守る中、エルメスは両手を前に突き出して意識を集中させた。
腰まである黒髪がなびき、彼女の周りに小さな光の粒子が舞う。
精霊術である。
「〈ウィンド〉!」
その文言を唱えると、彼女の手から風の流れが生まれた。風が音を立てて馬車へ伸びていき、崖からはみ出た荷車を浮かす。
ほぼ重さのなくなったであろう荷車を馬が道の真ん中へと運び、事態は解決した。
「た、助かったぁぁぁ〜! 君たちありがとう! ほんとうにありがとう!」
おじさんが駆け寄ってきて二人にへこへこ頭を下げる。
「怪我はありませんか?」
「ええ、おかげさまで何とも――へ? あっ、え、うぇ、えぇぇぃぃっと⁉︎」
顔を上げて、エルメスを目にしたおじさんが怖いくらい動揺した。
「ど、どうされましたか?」
「……こりゃあものすごいべっぴんさんだ」
「えっとぉ……。ど、どうもです……?」
突然褒められ反応に困るエルメス。確かに誰が見ても美しい。小顔で、雪のような肌をしており、スタイルも良い。胸の膨らみがほぼないけれど、それは好みによるゆえ女性として最高と言っていいだろう。
「おい。エルメスに色目向けてんじゃねえぞ。崖から落とされてえのか?」
「ひ、ひぃぃぃっ⁉︎ そ、そんな気は微塵もないでございますお許しくださいませぇぇ!」
「もぉガウルっ。怖がらせちゃダメでしょ」
ガウルに睨まれたおじさんが土下座する。それに対してエルメスが注意していると、ぶひぃぶひぃという鳴き声がどこからか届いた。
「なんか変な音聞こえない?」
「ああこれはオイラの馬車に積んでいる豚たちです。商売先の村まで向かう途中でして――」
直後だった。
すぐ側にある馬車の後ろ扉が内側からもの凄い勢いで開けられ、桃色の二足歩行動物が飛び出した。
「ひゃあ⁉︎」
被害を受けたのはエルメス。豚が彼女めがけて突進する。
逃げることもできず押し倒され、鼻やら分厚い舌やらを押し付けられた。
「ボクは美味しくないよ⁉︎ やっ、やめてっ、豚さんダメだってば! やだぁぁぁぁ……っ」
「す、すみませんうちの豚たちがご迷惑を! こいつら女がやたら好きでして……っ」
「謝ってねえで助けろよ!」
ガウルが豚たちをエルメスから引き剥がそうとするも、その前にエルメスが精霊術の風を使い、豚を馬車に吹き飛ばして扉を閉めた。
「はぁぁぁ……。なんか、すごいニオイ。全身ベトベトするし、うぅぅぅ」
涙目になるエルメス。
おじさんが申し訳なさそうに言った。
「この山を越えた先に綺麗な湖があるのですが、そこで水浴びされますか……?」
「……行く」
弱った顔付きでこくんと頷いた。