お化けじゃない彼女の正体
『あーあ、ずぶ濡れだね。でもよかったね、底無し沼から出てこられて! 聖霊さんたちがすっごく頑張ってくれたんだよ! ちゃんとお礼を言ってね!』
「……あ……あ、ありが……ゲホッ」
『大丈夫? 沼の水、ちょっと飲んじゃった? ここの水に毒とかはないみたいだから安心してね!』
「う、うん……」
『う~~~~~~~~~~~ん!! 一年ぶりの人との会話! 楽しい! 嬉しい! ついに私のことが見えて声が聞こえる人が来た! 嬉しいよ~!!』
ずぶ濡れのままぐったりと地面に倒れているミバルに対して、彼女の勢いはノンストップである。
体が透けている上に宙に浮いている彼女をモンスターと勘違いし、沼に落ちたミバル。そんな彼を沼から引き上げたのは、不思議な彼女ではない。
どこからか前触れもなく強風がやってきて、沼の水を引っかき回してミバルを掬い上げ、地面に叩きつけたのである。それが彼女が言う「聖霊さん」による救命活動だった。
だが、本当に命を助けるだけでミバルへの労りは皆無であった。全身が打ち身でとても痛い。元気よく喋りながら宙を縦横無尽に飛び回る彼女を、ミバルはぐったりと見ているしかできなかった。
『とにかく、私が見えて聞こえる君! これからよろしくね! 私は聖霊術士のキュウだよ! 君の名前は?』
「ミバル……木こりの家の、ミバルだ」
ミバルはなんとか地面に座った。まだ体は痛いが、少しよくなってきた。
『元々は木こりだったの? なんでモンスターハンターになったの?』
「魔王の封印がだんだんと解けてきているらしくて、最近はうちの山にもモンスターがいっぱい出てきて危なくなってきたんだ。親父はそれでも山に入るんだけど、俺は親父を守れるくらいには強くなろうと思って」
そこまで話したところで、ミバルはふと気が付いた。
「聖霊術士のキュウって……もしかして、魔王と一緒に封印されたっていう勇者パーティーのメンバーの一人じゃなかったか?」
『そう!! そうだよ!!』
言い当てられたことが嬉しかったらしく、少女は宙をくるくると回った。目は回らないのだろうかと不思議に思うミバルだった。
『他の仲間は丸ごと封印されちゃったけど、聖霊さんのおかげで私は魂だけ自由に動けるんだ! でも、魂だけだと全然気が付いてもらえなくて困っていたんだ……』
それまで笑顔だったキュウだが、表情を固くしながら言葉を切ると、ミバルの元へと降下してきた。
両手を握り、膝に置いて――ややあって、真っ直ぐにミバルを見つめて言った。
『私の声が聞こえて姿も見える人に会えたのは初めてだよ! こんな人材絶対逃がさない。私と一緒に世界を救って! とりあえず魔王と戦えるように世界一強くなるところからね!』
「無茶振りだ!」
弱すぎるとパーティーから追放されたミバルにとって、それは不可能以外の何物にも感じられない要請であった。