愛し子本人ではないので
聖女護衛シスターズと聖女ジューンがあれこれと、精霊の愛し子の尊厳をかけて言い合う中――末っ子のイチカは話に加わらずに上空を見ていた。
(あの四人、すごく楽しそう……本当に、悪い人じゃないのかも。でももし戦うことになったら、絶対に勝てない)
そんなことを思いつつ、強く、手の中の箒を握る。
「あの四人からは、確かに精霊さんの気配を感じます。悪しきモンスターであっても、精霊さんたちの力を真似して、私たち『精霊の愛し子』を騙すことはできないのよ」
聖女から七人への説得は続いている。イチカとしては、上空の四人がジューンに悪意を持たないのなら、戦いたくはない。
(キュウお姉ちゃんがいた頃は、お姉ちゃん一人だけで聖女の護衛も急病人の救出も騒動の沈静化も全部できてた。ケンカしてる人の服だけ燃やしてまるはだかにしちゃったり、ジューン姉さまに言い寄ろうとしてきた貴族を、強風で家の扉を開かなくして閉じ込めちゃったり、何でも涼しい顔でやってた。精霊に愛された人になんて、勝てるわけない!)
戦う必要はないと、尊敬するジューンが言うなら大丈夫なのだろう……と思いたいので、空を見上げ続けた。すると、四人のうちの一人が、宙に向かって何かを叫びだした。
(誰もいないところに話しかけている男の子が、愛し子なのかな? でも精霊とはおしゃべりできるほど言葉は交わせないって、キュウお姉ちゃんは言ってたけど……?)
「精霊さんって、キュウお姉ちゃんとどんなおしゃべりをするの?」
昔、イチカはキュウにそう聞いたことがあった。
「おしゃべりは、あんまりしないかな。精霊さんたちってね、喜んでいたり、楽しかったりっていう気持ちは、私やジューンお姉ちゃんみたいな愛し子とお互いにわかるんだ。おしゃべりじゃなくて『ここにいて』とか『危ない!』とか言いたいんだろうな、というのがなんとなーくわかるだけだよ」
「じゃあ、精霊さんってどんな顔をしているの?」
「顔……顔かあ〜。考えたこともなかったなぁ。なんとなく、精霊さんがいるところが温かく見えたりするくらいで、姿は見たことないよ」
「温かく見える?」
「気配を感じる、ってことだよ。後ろから誰かが近づいてきたり、人からじっと見られたりすると、なんとなく振り返ったりすることがあるでしょ?」
「そ、そんなのわかんない……」
「うーん、いい例え話じゃなかったか〜。姉さまと私は精霊の愛し子として、そういう経験が多いだけかなぁ」
――キュウは、イチカにそう言っていたのだが。
彼には精霊の姿が見えるのだろうかと不思議に思ったのは、ジューンが「あら?」と言いながら上空の四人を見上げたのと、同時だった。
「うわあああああああああああああー!!」
「きゃあああああああああああああー!!」
「うおおーなんだーこれ聞いてないぞミライー!」
「これはこれでなんかクセになりそうだなー!」
半分は本気の悲鳴をあげ、半分はのほほんとした言葉を発しながら、空から四人が降ってきた。
「きた!」
聖女への攻撃だと思ったらしい七人が構えた。
「キュウー!! このバカやろ〜!!」
よくはわからないが、イチカは悟った。これは精霊の力で攻撃を仕掛けてきているわけではない。
(落ちてる! 死んじゃう! どうしよう!)
精霊という存在は、イチカからすればよくわからない理由で、特別に贔屓する人間を選ぶ。
その中でも、二人の姉たちはかなり精霊からの寵愛を受けている方だろうと思う。この二人は外見も性格も、似ているところを探す方が困難なほどに違うのだが。
――こんな危険な場面で放り投げられてしまうなんて、イチカが知る身近な愛し子である、あの二人なら絶対にありえない。
彼はもしや、精霊にあまり愛されていないのでは? という疑念が湧いた。




