キュウお姉ちゃんは操縦不能
「…………………………」
「…………………………キュウ、ちょっと、ちょっと待て」
キュウの言葉が聞こえた者同士、ミバルとミライは顔を見合わせた。
『私が精霊さんの力をみんなに使わなくなったら、私と同じ「精霊の愛し子」の姉さまには、みんなが落ちてくることがわかるんだよ。だから姉さまが精霊さんの力を借りて、みんなをそのまま着陸させてくれるってわけ!」
あの子達を出し抜いて姉さまに声をかけるには、これくらい度肝を抜くことをやらなくちゃ☆
――などと言うキュウに、ミライは絶句している。
「ジューン姉さまが助けるなら、あの子達も姉さまに倣ってくれる。これが一番、あの過保護な子たちに邪魔されずに、姉さまにミバルが声をかけるチャンスになるしね! バッチリな作戦だよ!』
ケンとジャックはきょとんとしている。何も聞こえていないのだ。
(まずい! 俺しかキュウを止められない! 俺が言わないと! キュウに落とされる!)
「待て待て待て! お姉さんはキュウの作戦を知らないんだろ!? 驚いて助けが間に合わなかったら俺たちは――」
『姉さまだからね! 絶対に助けてくれるから大丈夫! ないとは思うけど、間に合わなかった時には私がちゃんと助けるから』
曇りなき、姉への信頼の眼差しがそこにあった。
さらに、「私の実力なら地面衝突のギリギリで助けられる!」という自信に溢れてもいる。
ミバルの恐怖は、キュウには伝わっていなかった。
精霊の愛し子と呼ばれるキュウは、精霊から優しく見守られる感覚とともに育ってきた。
精霊に守られ、共に戦い、愛されて、キュウは精霊へ絶大な信頼を寄せている。
つまり、「精霊さんたちが助けてくれる!」と疑いもせずに信じるキュウには、もしものことなんてありえない話なのだ!
「聞こえてないけど、キュウちゃんがいい顔してるから大丈夫そうだな」
「ならよかったよ〜」
知らぬが花な男二人の言葉だけが、空に響いた――
――空を飛んでどんどん長女へと向かってくる人影に、イチカは慌てて箒を持った。
今日の集まりも、イチカは七人の姉たちと大忙しだった。
長女へと無遠慮に近づこうとする者たちを制止するのは体力的に消耗するし、人混みで倒れる人々の救護は気を遣う。
ジューンが「みんなは悪気があるわけじゃないのよ」と言うので、騒動が起きかけても穏便に済ませるように努力してきた。
――正直なところ、最年長の二人の姉たちと違って平凡な自分には、かなりの無理難題をこなしている。
そう思ってため息をついたところで――飛行する集団である。
今度こそお手上げだと言いたいが、ジューンが危ない。姉妹で一番力のない末っ子とはいえ、逃げるわけにはいかない。
(こんなの、精霊の力としか思えない。あの四人の誰かが愛し子なんだろうけど、こんなにしっかりと力を貸してもらえるのはキュウお姉ちゃんくらいだと思っていたのに……)
身に付けている物から判断すると、モンスターハンターのパーティーらしい。
「精霊の力を借りてまで姉さまに近寄ろうなんて!」
「これじゃ姉さまを避難させても追ってくる、ここで止めなきゃ!」
隣でフタバとミツの二人が、イチカよりも大きな箒を構えている。
「相手は四人だけど、こっちは八人……」
「でも、モンスターハンターは普通の人とは全然違うはず。二人で一人を抑えられるかわからない。油断しないで!」
「集まっている人たちも避難させた方がいいのかな……どうしよう……」
遠くから駆けつけてきたヨシノとイツキ、ムツミが木刀を構えて空を睨む。
そして最後にやってきたナナとハチが勢い余って、上空へと魔法を放とうとする――のを、ジューンが制止した。
「みんな落ち着いて。彼らから敵意は感じないの。あなたたちだって、精霊さんが私を害そうという人たちに力を貸すわけがないことはよくわかっているでしょう」
「そうだけど、あんなに精霊から形になった手助けをしてもらえる人なんて、キュウお姉ちゃんくらい精霊に愛されている人しかいないんでしょ!?」
「精霊の力を使ってまで聖女に会おうなんて人、初めてだよ……」
「大丈夫。精霊さんが力を貸すくらいなのだから、きっといい人たちよ」
尊敬する姉の危機かもしれない、と動揺する妹たちを宥める長女の表情は、少し困ったようでいて、優しかった。
「でもこんな突拍子のないことを考えて実行するなんて! そんな愛し子なんてキュウお姉ちゃんくらいだと思ってたのに!」
「でもキュウお姉ちゃんならやるよね。勇者パーティーに入ったきっかけだって、魔王候補って言われてたすごく怖いモンスターを一人で倒して、王都まで空を飛ばしてきたからでしょ」
「キュウお姉ちゃんの起こした騒ぎでも一番の大騒動になったもんね」
「あんなに大きなモンスターが空を飛んでくるから、街中がパニックになった」
「……モンスターの死体が飛んでくるよりは、人が四人くらい飛んできても大したことない気がしてきた」
「キュウお姉ちゃんは阿鼻叫喚のすごい騒動を起こしたけど、精霊には愛されてるんだもんね。もしかしてそういう、普通の人がためらう手段に手を出す人が、精霊に好かれるってこと?」
「あ……あら? 私はただただ精霊さんたちにすごく守られているだけで、騒動なんて起こしたことはないわよ!?」
ミバルたちの生死が、まさにこのやりとりにかかっているなど誰も思ってもいない。




