囲まれる者と突き進む者
くっきりとした白い雲が見える。それらは空飛ぶミバルたちよりもまだまだ高い場所にあるらしい。
ミバルたちが聖女の元へと向かっても、その雲は全く姿を変えることなく佇んでいた。
――近づいたという感触のない雲と違い、聖女の元へはもう間もなく辿り着けそうだ。ミバルはようやく聖女の姿をはっきりと見ることができた。
ニオン国の人々のほとんどは明るい茶髪や金髪であるという。ほんのわずかではあるが、「最初の勇者様」の子孫と言われている王族や貴族には、黒髪の者もいるという。
しかし聖女の髪色は、ニオン国には珍しいものだった。銀色の輝きを放っており、それだけでも特別な存在であるように見えた。
頬や唇はほんのりと色付いており、可憐な印象を受ける。すらりとした体に小さな顔は、迂闊なことをすれば壊れてしまいそうな繊細さがあった。
なるほど確かに、キュウには全く似ていないなとミバルはこっそり納得した。
キュウは可憐さも繊細さも全くない性格だとミバルは思っているのだ。
(仲間に見捨てられたって言っても、慰めるよりも『森に捨てるなんてひどい!』って怒ってくれたり、あんなに怖いウサギにも『立ち向かえ!』って言ってくるし、なんだか勇ましいんだよなぁ。勇者パーティーの噂を聞いても、最初は落ち込んでいたけどすぐに元気になったし……)
山に無言で佇む木々の静けさや、木こり仲間の家族とは違う。キュウは真夏の太陽によく似た、生命力の塊のような存在だった。
飛んできたミバルたちを見て、上品に口元を手で覆って驚いているらしい聖女。彼女が纏う、不思議と心穏やかになるオーラは、キュウにはないものだ。
大勢に慕われ囲まれる聖女ジューン。勇者パーティーに選ばれるはずだったという彼女は、まさにスターだ。
一方、自力で勇者パーティーの一員の座をつかみ取り、一人になってもなお諦めずにミバルへ声をかけたキュウ。
(――そんなキュウだから、俺を一人ぼっちの森からここまで連れてこれたんだ!)
ここに集まる全ての人間たちの中でただ一人、ミバルだけがキュウのためにここまでやってきたのだ。
全く違って見える二人のうちの、一人ぼっちだったキュウのために。
だからミバルは、なんとしてでもやり遂げるつもりだった。
「キュウ、ちゃんとお姉さんにキュウのことを伝えてくるからな!」
『うん、よろしくね! ミバル!』
そう言ってにっこり笑うキュウのことを、ミバルはふと、かわいいと思った。
「じゃあ降ろしてくれるか? 飛んだままだと話せないだろ……って、あの子達はなんだ?」
ジャックがキュウに声をかけたその時、聖女の周囲では異変が起きていた。
聖女は周囲よりも高い場所におり、人々が押しかけている中心ではあるものの、ジューン一人のための空間が確保されていた。だがその聖女の立つ場所に、一斉に八人の少女が出現したのである。
「あれって、あの噂の姉妹たちか!?」
『私の妹たちだよ! 空を飛んで聖女の真上に人が、なんて、絶対に来ると思ったよ〜』
やや興奮気味のケンの言葉に、のほほんとキュウが続ける。……だが、真下の姉妹たちはキュウの様子とは真逆に、緊張した顔つきでミバルたちを見上げている。
……いや、どう好意的に見ようとしても、間違いなく――睨まれている。
「今にも攻撃されそうなんだけど、このまま私たちが地上に降りても大丈夫なの?」
姉妹たちの手に武器があるのがわかる。どこからどう見ても、空を飛ぶ不審者への対応にしか見えない。
『大丈夫だよ、精霊さんの力で飛んでいるのはみんなわかっているからね! 精霊さんたちは悪い奴のために力を貸したりはしないから、悪い人だとは思われていないよ!』
「そう……か……? キュウのお姉さんがあの女の子達を止めているけど、そうじゃなかったら攻撃されている気がするぞ……?」
――ミバルは、じわじわと嫌な予感がしてきていた。
まるで、うっかり愛用の斧の袋をすっかり忘れて家に帰ってしまったかのような、何かを思い出しそうな感覚だ――
「で、結局どうやって降りるんだ? キュウちゃんは落ち着いているみたいだから、別に想定外なことじゃないんだろ?」
「ふーん、キュウさんは焦ってないのか。俺は何もわからないから、ミライ、教えてくれ」
「えっと、キュウさん、ここからどうするの?」
――ミバルはついに思い出した。
ケンたち三人と行動するようになってから、すっかり忘れていたことを。
狂乱ウサギにミバルが追いかけ回されるばかりでも、「手助けなんてしなくてもミバルなら倒せるよ!」と言いながら、その主張を曲げなかったとき。
ミライの魔法でモンスターが巨大化することを予想していながら、ミバルには説明無しのぶっつけ本番で倒させたとき。
わかっていたはずだった。
キュウは、「うまくいく!」と確信したことに対してなら、ミバルが知ったら怖じ気付くだろうことを伏せてでも強行する強者なのだということを!!
『あのね、精霊さんの力を開放して、空を飛ぶのをやめて落下させるよ』
キュウの瞳は、「成功への確信」にすっかり眩んで、キラキラと輝いていた。
飛びたった時、四人の命運はキュウに握られたのだ――




