ライン型幾何学都市
そこからしばらくの間は流れ作業のようだった。
全身に付着しているヘドロのようなゼリー状の物質(後で聞いた説明によると、床ずれ防止のための薬品らしかった)を温かいシャワーで洗い流し、病衣を着せられ、車いすに乗せられて別室へ移動。
ナース服姿の女性に押されて入室したそこは一般的な病室だった。
大きな窓の外には森が広がっている。
車いすからベッドの上に座りなおさせられたところで、白衣の男性が私の目の前にしゃがみこんだ。
「こんにちは。小明さん。主治医の北山です。お加減どうですか?」
言葉が出てこなかった。
「あ……う」
自分の口から変な音が鳴るのが聞こえた。
「んーーと、時田さんは、あー、7年か。7年間昏睡していたようですから、うまく喋れないのは仕方がないことです。いま、あなたは22歳です。交通事故にあったこと、覚えていますか?」
初老の男性医師はゆっくりした口調でそう言って、優しそうな目で私の顔を見つめた。
どうやら安心しても良いらしかった。
「お、ぼえて……いません」
なんとか喋ることができた。
「言葉はわかるようですね。いきなり今ここで全部を説明するのはしんどそうですから、それはやめておくことにします。何か気になったことがあったらいつでも聞いてください。そのつど答えますからね」
北山医師はそう言ってゆっくりと立ち上がった。
「7年だと、こういう景色を見るのも初めてということになるんでしょうね」
手渡されたのは電子書籍端末のようなものだった。
これは後から聞いたことだが、この【都市】ではペーパーレスが徹底されているらしかった。
端末の画面にはある奇妙な都市の映像が映し出されていた。
「ライン型幾何学都市。この病院はこの都市の中にあります。
今から5年前に建てられた未来都市、とでも言いますか。
これからこの病院を含めた施設の案内に行こうと思うのですが、体調のほうはいかがですか?
大丈夫そうですか?
一応、ゼリーの中では電気刺激を定期的に施していたので、筋力や骨密度の低下などは見られておりませんが、バランス感覚などのほうは今しばらくリハビリが必要かもしれません。
難しそうなら、また明日からにしても構いませんが、どうしますか?」
私は手渡された電子端末の映像を食い入るように見つめながら、いくつもの質問が浮かんでくるのをぼんやりと頭の中で反芻していた。
「い……きます」
口を動かすのがこんなにも難しいことだったとは。
ろれつの回らない口を何とか動かして、私は施設とこの奇妙な都市の案内の継続を求めた。
「それでは行きましょうか。気になることがあれば、その都度質問してください。
7年前から昏睡ということは、15歳になるまで旧市街でしか生活してこなかったと言いうことになりますから、現在と過去の生活スタイルの違いに戸惑うことも多々出てくることかと思います。
遠慮なく聞いてくださいね」
北山先生はそう言って車いすを私のほうに向けた。
何とか自力で座席に移動した私は、そのまま背もたれに身を任せることにした。
等間隔に並べられたカーテン付きのベッドの間をすり抜けるように車いすは進んでいった。