スラム街
「既存の都市を全部まとめてライン都市にしようっていう勢力は、人口数的にはどれくらいいるの?
世界中に点在しているんでしょう?」
「現時点で最低でも1億人以上いると言われています」
「へえ~、そんなにいるの」
「はい、いますね」
「日本にもいるのかしら?」
「はい、います。ライン党という連中です」
「ライン党?」
「全世界のすべての都市をライン都市にしようと主張している過激派です。
別名、リセット党とも呼ばれています。
いったんリセットして、というのが彼らの口癖だからです」
「ふうん……」
「そこらじゅうで講演会をしています。このライン都市にもちょくちょく来ているそうなので、気が向いたら見にいけばいいですよ。
彼らの思想の偏り具合がよく分かると思います」
10月になった。
その日、私と亜香里はレンタルした電動自転車に乗って、ライン都市の下流方面に向かって走っていた。
目指すは海だった。
朝の9時から出発して、現在午前10時を回ったところだった。
予定では1時間半程度のサイクリングで到着するはずだった。
天気予報は快晴で、その予報はありがたいことに完璧に的中していた。
体に当たる風も心地よい温度だった。
とってもいい気分だった。
「でもたしかに、その気持ちは分からなくもない気がするわね。
スラム街で暮らす人の数が10億人くらいいるって、この前ネットニュースで見たもの」
「10億人? そんなにいるんですか!
それじゃあ、これからますますライン都市の希望者は増えそうですね」
「うん。増えると思う。確実に」
しばらくして海が見えてきた。
「海ね」
「海ですね」
海水浴場の無い、単なる漁港だったが。
海岸線近くの公園の中に入り、休憩することにした。
潮風が気持ちよかった。
現在時刻は10時43分。
お昼にはまだ少し早かった。
亜香里は自分の電子端末でスラム街の画像を検索し、見せてくれた。
「うわぁ……。酷いわね。日本に生まれてよかった」
「私も同感です。こんなところには死んでも住みたくないです。
なんでこうなるんでしょうか?
どういう神経しているんでしょうか?」
「何もかもがその場しのぎで、計画性が全くない人たちが集まると、世界のどこでもこんな風になるということね」
「大事なのは日頃の準備と計画性、ということですか……」
海沿いに面した道路にホットドックの屋台があったので、そこで昼食を買って、近くのベンチに座って食べることにした。
ホットドックとコーラのセットで500円。
高いと感じられた。
いや、普通の標準的な相場なのだが……むしろこの手のお店にしては安いほうだというのは理解しているのだが。
ライン都市内部の物価が安すぎるのが感覚を狂わせる原因だった。
「帰り道は上り坂だから、ちょっと時間がかかるかもしれないね」
私は広大な海と田んぼに挟まれた細長い港町を眺めながらそう言った。
「何か予定でも?」
「ううん。予定は何もないわ」
「じゃあ、途中で旧市街のほうも経由して帰りますか?」
「賛成」
結局、帰り道は3時間以上かかることになった。
091番塔の近くまで来たところで円輪施設の前に自転車を止め、中に入ってボーリングをすることにした。
4セットやって、アベレージは140ほどだった。
料金は一人につき計800円だった。
「何か思い出します? 昔のこと」
「いいえ、別に……。ボーリング初心者ではないことくらいかしら。分かったのは」
「たしかに、上手ですね」
「ありがとう」
「スラム街に住んでいると、ボーリングすらできないのよね?」
「それはそうでしょう」
「一体何を希望に生きるのかしら? もしも、スラムや難民キャンプで暮らすことになったとしたら」
「……う~ん、難しい質問ですね」




