スライド
滑り台を降りて建物の外に出た私たち二人は、話しながら散歩をすることにした。
今日はいつもより広場を行き来している人たちが多い気がした。
水色のおしぼりケースをたくさん積んだ荷台を引く電動自転車とすれ違った。
へえ、ああいう風にして運んでいるのか。
「グレートリセット経済って知っていますか?」
しばらく無言で歩いたのち、今度は私から話を振ってみることにした。
「はい。知っています。
グレートリセットを回避するのに役に立つ国家の財政は決して破綻することがないという理論ですね。
まあ一理あるかとは思いますが、少し乱暴すぎる理論のように感じます。
たとえば、レールと車輪はグレートリセットを回避する現場の末端で大いに役に立つと思いますけど、車輪を発明した人間が在籍していた国家はとっくの昔に滅んでいますからね」
たしかに、その通りだった。
「面白い考え方ですね」
「うちのリーダーがそう言っていたんです。
うちのリーダーは、ライン型幾何学都市の発案者の人とも知り合いらしくて」
「へえ、そうなんですね」
「でも、ライン型幾何学都市は、ある程度のグレートリセットにも対抗できると思うので、違う意味で経済的な繁栄が約束されているというのも事実だと思います」
「たしかにそうね。
いくら繁栄しても、耐久性が弱くて破壊されてしまったら、意味ないですものね」
「この未来都市の建物のすごいところは、上下水道ガス管を建物内から排除したことにあります。
これで建物が外圧によってスライドすることが可能になったため、かなりのダメージを暖簾のように受け流すことができるようになっているのです」
「……そこまで考えられているの」
「コンクリートの厚みも、底辺付近が最も分厚くて、上に行くほど徐々に薄くなるように設計されているみたいです。
これで重心が下に下がるので、地震の揺れなどにも対抗しやすいんだそうです」
「ふうん……」
手押し車式トイレを押しながら歩いている人が遠くのほうに見えた。
果たしてあれはどこまで運ばなければならないのだろうか?
「この街で暮らしてみて思ったことは、旧市街って、実はめちゃくちゃすごい都市だったてことですね。
蛇口をひねると水が出て、スイッチ一つでお湯が出る。
エアコン完備なうえに、ほとんどすべての家庭に光ファイバーが引かれていてネットがつながる。
網目状の電線しかり、本当に、よく造ったわねと感心しました。これまではそんなこと当たり前だったから、別に普通じゃないとか思っていましたけど」
「それは確かに言えてますね。
よく考えてみれば、あの都市の地下にはびっしりと上下水道管が埋め込まれているのですからね。
本当によく造ったなと感心しますね。
人間ってすごいです」
たった7年間でこれだけの未来都市を造れたその要因は、徹底的なインフラの削除を実現した点にある。
上下水道ガス管、電話線、光ファイバー、洗濯機、クーラー、冷蔵庫、テレビ、キッチン、トイレ、お風呂、洗面所、玄関、リビングルーム、ベランダ、窓ガラス、大規模なごみ処理場…………
これらは全て、ライン型幾何学都市の中にはほとんど存在していないのである。さらに電線はライン状に3本だけときている。
テレビだけは、高額な受診料を支払えば部屋の中に持ち込むことができるそうだったが、3割ほどの人たちしか使用していないとのことだった。
逆に言うと、上下水道ガス管、電話線、光ファイバー、洗濯機、クーラー、冷蔵庫、テレビ、キッチン、トイレ、お風呂、洗面所、玄関、リビングルーム、ベランダ、窓ガラス、大規模なごみ処理場、網目状に配置された電線と電柱……これら全てを未来永劫にわたって維持していかなければ文明的な生活ができない旧市街地は雇用と技術的躍進機会の宝庫であり、同時に無駄と徒労の宝庫でもあるのだった。
「放っておくと、いずれは半々くらいになるんじゃないかしら?
国家を運営する立場の人から見れば、最低限度の費用でそこそこ良い暮らしができるライン型幾何学都市は、『最後の切り札』という感じにもなるだろうし」
私は頭の後ろで手を組んで、空を見上げながらそう言った。
「そうなると良いんですけどね~」
亜香里も同じように空を見上げながら、少しのんびりしたような口調でそう言った。
「そもそも論として、大規模改修を何回か繰り返しているうちに、多くの国民がねを上げると思います。
もう無理って」
「そうかもしれませんね」
亜香里がそう言ってくすくす笑ったので、私もつられて少し笑ってしまった。




