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厚み

結局のところ、飲むしかなかった。

サラリーマンとしての生活は単純だ。





朝は密度の高い電車で会社に向かう。

昼は安いパンを頬張る。昼寝をする。

夜は逃げ切れない残業と立ち向かい、帰宅後はビールを浴びる。






自動車メーカーの開発部門で働く翼も、例外では無い。

猛暑日続く8月も残業が止まらない。


「いつまでに出来るの?」

 

挨拶と同じくらいに聞き飽きた台詞。誰と会ってもこの決め台詞ばかり浴びせられる。

早く帰ってビールとハイボールを浴びたいのに…





夏休みを前に開発は佳境を迎えていた。

明日から一週間の休み。翼はなんとか仕事を終わらせようと休憩も取らず奮闘していた。

そこに翼の所属する「エンジン開発部」の北野部長が通りかかった。





「休みはどこか遠くに行く予定あるの?」

少しびっくりしたが、即座に翼は反応した。

「いえ…特に。ゆっくりしようと思っています」

「そうなんだ。じゃあ、今日飲みにでも行く?」

「(断れず)はい。もう少しで報告書上がるので、それまでお待ちいただけますか?」





翼は仕事を終え、集合場所である駅の改札に向かった。

すると先に到着していた北野部長は携帯を見ながら待っていた。





「お疲れ様です、お待たせ致しました。」

「お!来たか。馬刺しが食いたいんだよなー。俺店知ってるから、そこに行こう。」

「部長、この辺のお店詳しいんですか?」

「妻に黙ってよく一人で飲むんだよ、だからそれなりには知ってるよ。」






5分ぐらい歩くとすぐ店についた。

元気な声に出迎えられ、すぐに席に着いた。






「とりあえず、生2つ。」

気を使って頼むと、部長はすかさず訂正した。

「あっ、1つレモンサワーにしてください。お願いしまーす。」





店員が去ったのを見て、聞いてみた。

「部長はビール飲まないんですか?余計なことしてすみません。」

「いや、最近レモンサワーにハマっててな。あのシュワシュワ感を最初に味わいたくなるのよ。」





どうでもいい…翼ははっきり言って興味がなかったが、言葉を続けた。

「そうなんですね。奥様とは飲みに行かないんですか?あんなにきれいな奥さんと歩いているだけで僕ならテンション上がっちゃうのに。」

「ん…、昔一緒に飲みに行ったときに俺がベロベロになってしまってな。その時からあまり行ってくれなくなって…」






どうでもいい…先輩の愚痴や悩み程サラリーマンにとって苦痛なことはない。

厚みのある言葉はこれ以上見つからなかった。

「でも行ってくれる人がいるだけでいいじゃないですか。僕はいつも一人で家で飲んでますよ。」

「ふーん、一人で居酒屋に行くといいよ。意外と快適で楽しい気分になれるし。」






どこにでもある世間話をする中、店内で大きな声が響き渡った。

「誰のせいなんだ!許せるわけがない!…あああああ!」


気持ちよく感じていたクーラーが一気に寒く感じた。

「これだから酔っぱらいは…」


部長は立ち上がり、なんと大声が聞こえる席に足早に近寄った。

「おい、またかよ佐々木さん。いい加減にしろ」





え…知り合いなのか?

正直パニックになっていた翼はその場から動けずにいた。



「うるせぇな!あっ…北野さん。またいるんですか?もうほっといてくださいよ」

「今になって騒いでもしょうがないでしょ。あとは会社に任せようよ」

「でも、社内に追い詰めた奴がいるのに。放っておけないよ」




なんの話をしているのだろうか。

冷静になるためにたばこに手を伸ばしたが、考えはすぐに結論に辿り着いた。

二週間前の、自殺のことか。






二週間前、突然後輩の達也が他界したと朝礼で知らされた。

その日の朝、同じフロアでは様々な感情を持った人間たちが歩き回っていて、

大人が大人で無くなっていた。





達也は同じ部署ではなかったが、真面目で有名な新人だった。

所属していたシステム開発部の上司からも好かれていて、よく飲みに誘われていた。

システム開発部は残業が多いことで有名な部署で、いつもフロアの鍵閉めはシステム開発部の誰かが行っていた。




達也のはっきりとした死因はもちろん伏せられていた。

噂では過労死ではないかとも言われていたが、自殺の可能性が高いと部長からこっそり聞いていた。

翼は、多分部長同士が話しているのは自殺の原因だと内心そわそわしていた。




「訳もなくあいつが自殺するわけがない。あいつは…そんな…」

「おい、居酒屋で泣くなよ。なにかあったら俺たちも手伝うからさ。」

「今回の件はこのままじゃダメなんだ…俺はあいつを追い込んだ犯人を捜す。」

「そんなことしたって達也は喜ばないよ。」

「一度でもあってはいけないことだぞ?だめなんだ…」





不謹慎だと頭で理解しながらも翼の中では好奇心が勝っていた。

気が付くと話している二人の背後まで歩いていて、口が勝手に細かく動いていた。






「捜しましょう、佐々木部長。」


びっくりして黙り込む北野部長と佐々木部長を横目に翼は続けた。


「確かに達也を精神的に追い詰めた犯人を捜して、問い詰めて、晒したとしても誰も得しません。そいつが謝っても絶対に許されることではない。でも人が死ぬってそういうことじゃないですよね?損得じゃない。」

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