番外編 部下は屋根裏に潜む
「王宮侍女アンナの日常」コミック2巻、記念SSです。
暗くて狭くて埃っぽい場所からこんにちは。
人っこひとりいない場所だけど、小さな齧歯類や足の多い虫たちがいるので寂しくはない。ちゃんと人間の知り合いもいるよ?ぼっちじゃないからね。
いまさ、狭い場所で這いつくばりながらお仕事中なんだよ。誰か褒めてくれ。
目の前にある小さな穴からは下の部屋の様子が垣間見える。小さな穴なので、見える範囲は限られているが位置的にはそんなに悪くない。すぐには分からないように天井の模様に合わせてくり抜いた穴で、これ開けるのにかなり苦労した。なんせ、ひと目を偲んで地道にコツコツとやらなきゃいけない。気づかれないよう屑を落とさないように、音がしないように慎重に慎重を重ねて掘った穴。
そんな穴を覗くこと五回目。
できるなら見たくはないが、これも仕事。
自分に喝を入れて隙間から覗いた先では、豪華な部屋の中でだらしない体型の国王がニヤけながらティータイムを楽しんでいる。
王様、また太ってね?ついでに頭頂部が薄くなってね?
見たくないものだらけの中で比較的まともな部分を見ようとしてしまう自分が恨めしい。
見なきゃいけないのは王様の周囲だ。
眉を顰めてしまうほどに薄い衣装を身につけたまだ幼い子供たちが、見えるだけでも五人。男の子が二人、女の子が三人。王様の膝の上に座っていたり、足元に侍っていたり、王様に果物を食べさせている子もいる。
どの子も微笑んでいるけど目が死んでいる。いや、そこまでちゃんとは見えてないんだけど、そんな気がする。
吐き気を覚えながらも、子供たちの特徴を頭に叩き込む。証拠固めと分かっていても、手出しできないのは辛い。今回は前回に比べればまだマシとはいえ、胸糞なことに変わりはない。
いっそここで殺しちゃダメかな。…………危ねぇ、殺気出そうになった。気をつけなきゃな。
今すぐに救ってあげられない後悔と共に穴を塞いで、静かに立ち去る。長居をして見つかっては意味がない。
王様って小心者なせいか、周囲の警戒が半端ないんだよな。部屋の外の警護だけじゃなくて、怪しげな私兵を雇っているみたいで、何度か出会しそうになったんだよ。俺、戦闘向きじゃないから危うきには近づかないようにしてんのに。情報をちゃんと持って帰るのが最優先のお仕事だからね。
ごめんな。と、心の中で謝って音を立てないように脱出した。
「って、わけで。これ報告書です」
王様の側にいた子どもたちの容姿や特徴に加えて、行方不明者の中から当てはまる該当者の名前を書き出している。それでも分からない子は、隊長に丸投げしてしまおう。あちこちの情報を繋ぎ合わせてどうにかしてくれるだろう。
外国から連れてこられてる可能性もあるんだよな。……これって仕事増えるフラグだったり?
差し出した三枚の紙にギッチリと書いた報告書に軽く目を通した隊長は、折りたたんで懐にいれた。
「ご苦労だったな」
「いや、本当にキツかったですよ。危うく殺気飛ばしそうになりました」
「飛ばすなよ。そういうの敏感な奴が近くに控えてるから」
「マジで面倒なのいるぅ」
「常識と人間性が歪んでることを除けば優秀な奴が少なくない数いるからな」
「マジで滅べよ」
変に頭の回る悪党とか、腕の立つ暗殺者とか、子どもに欲情する糞虫とか、マジで滅べ。天井裏で見かける黒い虫と一緒に滅んでくれたら、世界平和になること間違いなしだ。ちくしょうめ。
「小心者のくせに用心深いから、天井裏に潜むのも迂回しまくって大変なんですよ」
「小心者だから用心深いんだろ」
「もぉ、マジで、クソエロハゲデブは豚小屋で××ってろよ。……ダメだ、豚がかわいそう」
「お前、どんどん口が悪くなってないか?」
「市民街じゃ目立たないんで大丈夫ですって。隊長はそういうの気にしないじゃないですか」
俺の職場は各省の必要書類を保管する記録管理部という閑職だが、裏では情報操作や諜報なんてこともやっている。
俺みたいな貴族の庶子や訳ありの三男や四男とかそういう奴らが多くて、そんな癖のある奴等をまとめてるのが隊長、もとい、記録管理部長官ユリウス・ベネディクト子爵である。
侯爵家の坊ちゃんだという事実をたまに忘れてしまうぐらい気さくで付き合いやすい。下衆な会話にも下ネタにも乗ってくるし、街の酒場にもやってくる。
なんて付き合いやすい上司なんだ。
「あと、これロットマン男爵の件です」
「これだけか?」
折り畳んだ一枚の紙を渡すと、中身を確認した隊長が呆れたような目を向けてくる。
「男爵の領地ってすっごい田舎なんですよ。ああいう田舎だと余所者は目立つから長居はできないし、情報収集しづらいんっすよ。警戒が解けると色々話してくれるんで助かりますけどね」
ただ、その警戒を解くまで長いんだよな。
隊長から頼まれたのは、ロットマン男爵家の身辺調査。すぐに終わると思ったが、ロットマン男爵領が田舎すぎて思ったよりも時間がかかった。
王都からそんなに離れてないのに、あのど田舎ぶりには驚いた。到着までやたら時間かかるし、乗り合い馬車は揺れるし狭いし、「すぐそこ」って言うけどかなり距離あるし。それに、なに?あのみんな知り合いみたいな感じ。人付き合いの距離感おかしいって。
「ロットマン男爵だけじゃなくて、息子も嫁も悪い噂を聞かないんですよ。家族仲は良好だし、領民思いで、納税額も最低額に近いんですよ。貴族の鑑」
「逆に怪しくないか?」
「でしょ?そう思いますよね?俺もなーんかあるだろって探ってたんですけど、無いんですよねぇ。出てくるのは男爵のお人好し談ばっかり」
牛の出産を手伝ってもらったとか、羊の毛刈りの手伝いとか、家畜の病気も診てもらったとか。なんで男爵が獣医資格持ってんの。獣舎の修理とか柵の設置もするし、畑作業もするし、大工なの?農夫なの?俺の知る貴族と違い過ぎて驚きしかなかった。
「税収の履歴も確認しましたけど、怪しいところ無いですね。虚偽どころバカ丁寧に申告してますよ。十何年か前の街道封鎖で物流が止まった時なんて、領民から現物で受け取ってたんですよ」
「……現物って」
「野菜とか肉とか羊毛とかですね。国税は男爵が全部身銭切ってたんで、財政は火の車ですよ、たぶん」
あれでよくやっていけてると思う。娘が伯爵家に嫁いだから支援してもらってるのかもしれない。
「痩せてるのはそのせいか?……いや、そこそこ食ってるよな、あいつ」
「え?なんか言いました?」
「……なんでもない」
聞き返すとぷいっと横を向く。
え?なんですか、その反応は。なんか拗ねたような照れたような……耳赤い?もしや。
「いくら可愛いからって、俺に惚れちゃ、ダメですよ?」
赤く塗った唇に人差し指をあて、体を捻ってシナを作る。
今日の衣装はふわりとしたフリル多めのドレス。骨格も隠せるし、首元にある大きなリボンで喉仏も隠せる。少し暑いことと動きにくいことを除けば悪くない選択だ。
髪は鬘だが、女装のための化粧も脱毛も手は抜かない。見えない胸毛も処理済みだ。
「気色の悪いことを言うな。悪寒がするだろうが。俺はちゃんとした女性が好きなんだよ」
心底嫌そうな顔をされるとちょっと傷つきますよ。俺だって好きで女装してるわけじゃないんですからね。
男にしては小柄で声が高めっていうだけで、女装要員に指名されたんですから。髭はもちろん腕も足も毛を剃ってさ、仕草も研究してさ、日々努力してるんだよ。おかげで、日常でもうっかり女性っぼい仕草が出ちゃって気持ち悪がられる始末。
何が嫌って、女装が楽しくなってきている自分がいるんだよ。
ヤバいって。早く王太子に王位継承してもらわないと、どっぷりと沼に沈みそうだ。こえー。
「それにしても、最近、女装に磨きがかかってきてないか?」
隊長がまじまじと顔を見てくる。隊長、男前だから照れ…………ねーな。良かった。俺の嗜好相手も女性のままだ。
「分かります?化粧のやり方を変えただけなんですけど、全然違うんですよ」
最近教えてもらったメイク方法だと、時間と手間はかかるが仕上がりが段違いなんだよ。これまで、帽子やヴェールで顔を隠しがちだったけど、そういう小細工しなくて良くなったからありがたい。
やっぱり、秘密倶楽部に入って良かった。入るまですっごい大変だったけど、メイクだけじゃなくて仕草とか言葉遣いとか色々教えてもらえる。秘密厳守だから隊長にも言えないんだけどね。うっかり口を滑すようなら俺だけじゃなくて家族諸共抹殺されかねない。それぐらいヤバいメンバーが多いんだよな。
俺の正体なんてほぼ筒抜けなんだろうなぁ。しがない間諜だけど、ちゃんと公的組織だし。……ん?公的だよね。まぁ、いっか。隊長いるし、大丈夫だろ。
報告も終わったので、隊長を部屋に残して先に出る。少し急いでいるように停めていた馬車に乗り込んで出発させる。
本当はさ、調査報告とか記録管理室でやればいいと思ってたんだけど、閑職とはいえたまに人もやってくるし危ないんだよね。隊長もふらふら出かけるから、ほとんど仕事部屋にいないし。じゃあ女装して逢引みたいにして報告しちゃおうってことで、俺ともう一人が女装して接触してんの。女好きの隊長なら怪しまれないしね。
隊長の噂の恋人の半分は俺らじゃないかな。それでも二、三人と同時に付き合える隊長ってすごいとは思う。俺は一人で十分なのに、その一人さえいないってどういうことなんだろうな。……顔か?顔なのか?
そういえば、ロットマン男爵の娘って秘密倶楽部のメイク係なんだよな。さすがにその部分は報告書には書けないけど、問題ないよな。珍しく隊長が気にしてた風だけど……まさかね。隊長の好みから外れてるし……いや、でも、どうなんだろうなぁ。
個人的に探ってみようかなー。なんて軽く思っていたけど、その後仕事に忙殺されてそれどころではなくなるのだった。
ユリウス・ベネディクト子爵の部下視点で書いてみました。(どこ需要?)
アンナを引き入れるために身辺調査もちゃんとしてるよーって裏話です。
作中に名前が出てきませんが彼の名前はレオナールです。
ちなみに、コミック2巻の巻末SSに出てくる新人は彼のことです。このまま沼にハマっていくのでしょうね。




