77. 王宮侍女は今日も頑張る。(完)
「ちょっとそれ私のドレスよ」
「みてみて〜ネックレス新調しちゃった」
「やだぁ、朝剃ったのにもう伸びてる」
「私の手袋知らない?」
今夜も賑やかな支度部屋は大渋滞である。
会場の関係でドレスルームとメイクルームが一緒になっているから、さながら劇場の楽屋のようである。行ったことはないが。
「もぉ、こんな企画思いつくなんて、シャルロットってば、天才ね」
「まっ、褒めても何もでないわよ」
「口紅しますから、軽く開けてくださいね」
「はぁい」
並んできゃっきゃっとはしゃぐ二人に声をかけて、慎重に紅を乗せた筆を唇に当てる。
眉と口紅は未だに緊張する。流石に手は震えなくなったが、気合いの入り具合が違う。
先に出来上がったシャルロットちゃんが「お先に」と立ち上がるといそいそと会場へ向かって行った。
私は次の人の化粧に取り掛かりながら、待っている人数を確認すると気持ち急いだ。
結婚しても美魔女作成隊を続けているアンナ・ガルシアンです。そう、ガルシアンです。人妻です。照れちゃいますが新婚です。えへ。
新婚真っ只中の私は、今日はたくさんの男性に囲まれております。
いやん、モテる女はツラいね。
まぁ、女装してる男性ばっかりなんだけどね。
いいじゃん。大きなくくりだと男性だもん。
そう。例によって今夜は夜のお茶会です。
本当は社交シーズンも終わったからお茶会も終わってるはずだったんだけど、領地に帰る前に私とルカリオの結婚祝いパーティーをしてくれるというのだ。
聞いた時は驚いたし、その気持ちがすごく嬉しかった。
感動でちょっと泣いた。いや、泣くよね?
なのに、当日は当たり前のようにヘアメイクしている私です。
なぜだ。
私が主役の一人じゃないのか。
いや、分かるんだよ。メイク担当は私とミミィちゃんだし、ドレス担当はロッティちゃんとジュディちゃんだから人数的にもギリギリだし、仕方ないんだよ。
それに、本人たちに任せたら酷いメイクに仕上がりそうだし。仕方ないなー。私がやらねば。
「アンナ。顔崩れてるわよ。旦那見てにやけないの」
「にやけてないもん」
失礼な。ルカリオを見てたんじゃないもん。
ミミィちゃんの指摘に反論してメイクに集中する。視界の端ではドレスの着付けを手伝っているルカリオがいる。
こっちも主役のはずなのに、最初に支度を終えてからずっとお手伝いをしてくれている。
私の旦那様が有能。ふふふ。
「もぅ、幸せが溢れちゃってるわねぇ。新婚時代を思い出しちゃうわ」
メイク中のブリトニーちゃんが私を揶揄いながら奥さんとの惚気話を続ける。
聞き役に徹しながらメイクを終えると「後は任せて」とミミィちゃんが残りを請け負ってくれたので、自分のメイク直しをして、着替えるべく手招くロッティちゃんの元へ行った。
「来たわね。本番のときより綺麗に着せてあげる。って言いたいけど、弟子がやるって聞かないから任せるわ」
弟子?と、首を傾げるとにこやかに微笑むルカリオが前に出てきた。
いつのまに師弟関係になったの。
「大丈夫。ちゃんと補佐するから、身を任せてあげなさいよ」
「そうですよ。アンナ、おいで?」
腰が引けた私をロッティちゃんが背中を押してくる。ルカリオも「おいで?」じゃない。そんな声で言われると、なんか恥ずかしいじゃん。
「真っ赤になってかわいい」とジュディちゃんにまで揶揄われる始末。
「大丈夫。ちゃんと覚えましたから」
「いや、そういう心配じゃなくて…」
「これで、どこで脱ぎ着することがあっても大丈夫ですよ」
どこで脱ぎ着するというの!?てか、普段着は自分で着れますからっ。ちょっ、待て待て、まてぇーい!
散々揶揄ってきたロッティちゃんたちに見送られて、ご機嫌なルカリオと共に会場へ続く扉を開ける。
「来たわよ」
「来たわね」
「みんなー!主役の登場よおぉ!」
きゃっきゃっうふふと騒いでいたみんなの注目を浴びて、その圧にちょっと引いた。そっと腰を支えてくれたルカリオが優しげに目を細めてエスコートしてくれる。
真っ白な集団が両脇に集まり、会場の中央までの道を作ってくれる。みんな真っ白やオフホワイトのウエディングドレスである。
驚くよね?え?ってなるよね。
そう!今宵の夜のお茶会、テーマは「ウエディング」でドレスコードはウエディングドレスなのです。
つまり、私だけじゃなく、参加者全員ウエディングドレス。もちろん、横にいるルカリオも女装してウエディングドレス着用中。
カオス。
私とルカリオの婚約が決まった時、この倶楽部でもお祝いをしようという話にはなっていたらしい。みんなで話し合っている時に「ウエディングドレス……いいわねぇ」と誰かが呟き、賛同者が現れ、シャルロットちゃんが「みんなで着ちゃいましょうよ」と提案したんだとか。
もうみんな美魔女花嫁だから、私が霞んでしまう。いや、盛りメイクしてないから、逆に浮いてるかも?
まぁ、いいや。この企画のおかげで、準備段階からみんなの笑顔が絶えずに楽しそうだったし。趣味仲間ばかりなので、ここぞとばかりオフショルダーやデコルテが出たものを着ている人がほとんどだ。
体格の良い花嫁たちから「おめでとう」と祝福を受け、色鮮やかなフラワーシャワーが宙を舞う。
中央にはマリアンヌさんが待っていた。もちろんウエディングドレス着用。マーメイドラインを意識したセクシーなやつ。膝下にスリットがあり御御足が見え隠れしている。
流石でございます。
緊張しつつもたどり着いた私たちに花束のブーケが渡される。
「おめでとう。結婚後の活躍も期待している」
「ありがとうございます」と返したものの、お祝いの言葉より継続の願望のほうが強くない?いや、いいけど。
「それじゃあ、二人の門出をお祝いして、乾杯よぉ!!」
シャルロットちゃんの合図で、渡されたグラスを掲げると飲み干す。
あ、美味い。
辛口だけど、そんなに度数が高くないのかスッと入っていく。口当たりが良い。
お代わりある?やった。
「おめでとう」
「結婚しても続けなさいよ」
「そうよぉ。逃がさないわよぉぉぉ」
「貴女から教わってから肌の調子がいいのよ」
「来年もよろしくね」
次々にグラスを差し出してお祝いを述べてくれる度に、持っていたブーケから花を一本ずつ取り出して渡してくれるので、左手で持った花束がどんどん増えていく。
やだぁ、私ってモテモテ〜。
でも、人妻ですから。新婚ですから。
ごめんなさい。お気持ちだけ。……なんちゃって。
「アンナ。……何杯飲んだんですか?」
美人なルカリオが問いかけてきたので、とりあえず手にしていたグラスをグイッと飲み干してちょっと考える。
何杯だっけ。何杯だろ。
「うーん。いっぱい?」
あれ、これじゃ、一杯なのかいっぱいなのか分かんないね。
なんだか可笑しくて「くくく」と笑い出したら止まらなくなってきた。
「酔ってますね。帝国産は相性が悪いから飲ませないようにしていたのに……。誰ですか、いったい」
あれ。なんか怒ってる。
なんで。こっち見ないの。
どーして、怒ってるの。
人妻なのに、モテたから怒ってる?
「違うもん。浮気じゃないもん。人妻だもん」
「え?ア、アンナ?どうしたんですか?」
「人妻の新婚でも浮気じゃないんだからぁ」
「え?なんの話ですか。ほら、泣き止んで」
泣いてないもん。人妻ですから。
なのにルカリオは真っ白なハンカチで涙を拭こうとする。化粧が移ってしまい白いハンカチがどんどん汚れていく。
誰かが「もう帰れ」と言っていた。
終わり?帰るの?
ふわふわする頭でルカリオの袖をくいっと引っ張る。やっと視線があったルカリオに向かって両手を差し出した。
「だっこ」
「え?」
「だっこ」
ん。と差し出した両手を上下に揺らして早くとせがむ。躊躇うルカリオの腰に抱きついたらいい匂いがした。
「むふふ。ルカリオのにおいすきぃ」
「………あぁ、もぅ……」
ふわっと体が浮いたので落ちないように首に手を回す。ルカリオの肩に頰を預けるとゆらゆらと世界がゆっくり揺れて、やがて静かになった。
翌朝、揺り起こされて時間を聞いて飛び起きた。大慌てで身支度を整えて、ルカリオと一緒に王宮へと向かう。かろうじてルカリオが準備してくれたパンだけは食べた。
馬車の中で、懇々と火酒は飲んじゃいけませんとお説教をくらったのだが、身に覚えがない。
あれ火酒だったのか…。
やらかした前科があるので、ワインだけにすると宣言したらすっごい微妙な顔をされた。
ワインならそんなに酔わないんだよ。本当だよ?
王宮に着くまで、渋い顔のルカリオをなんとか説き伏せてワインだけは許してもらった。
涙目はかなり有効らしい。
この調子でいくとそのうち涙を操られるようになるんじゃないだろうか。
その頃には涙目に飽きられてたらどうしよう。
それまでに他の方法を探しておこうかな。
ガタンと軽く縦に揺れて馬車が王宮に到着した。自然と背筋が伸びる。
奇人変人で溢れる王宮で、今日も元気にお仕事がんばるぞ。
*完*
これで完結となります。
長い間、読んでいただきありがとうございました。




