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王宮侍女アンナの日常  作者: 腹黒兎


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76.王宮侍女は幸せを手に入れる


はぁ、はぁ、はぁ……

短く吐き出される湿った吐息には確かな喜びと興奮が混じっている。

舐め回すように全身を観察するさまは「視姦」という言葉がピッタリと当てはまるほどに欲情にまみれている。

グッとローガンの眉間の皺が一段と深まった。

「ふふふ」という笑い声も、もはや「ぐふゅふゅ」という奇妙で気色の悪い声になっている。


「ぐふゅっ。おっと、いかん」


口端から垂れたものを手の甲で拭うと、彼は目を血走らせながら素早く手を動かした。

ローガンの握り込んだ拳に血管が浮いたのを見て、これはマズイとその動きを止めるべく手を伸ばした。


「最早、我慢ならん!摘まみ出してくれるっ!」

「ダメですって!あと少しですからっ!」

「ええい、離せ!あのような視線にこれ以上晒しておけん」

「多少気持ち悪いけれど、見ているだけだから、ギリセーフですっ!」

「アウトに決まっておろうっ!!」


咄嗟に服の裾を掴んだけれど引っ張られそうになり、近くにいた他の侍従たちと共に突進しようとする筋肉バカを押し留めた。三人がかりようやく止まったが、じりじりと動いている。

このままではダメだ。

最終奥義、必殺の呪文を口にした。


「陛下ぁぁあ!」

「ローガン。止まれ」


こちらに視線を投げた国王陛下が呆れたようにため息を吐いて命令すれば、あっさりと動きを止めた。

もう少し早く必殺の呪文を使えばよかった。


「これ以上騒ぐなら退室を命じるぞ?」


呆れ混じりに釘を刺されたローガンの顔が面白いほど葛藤に歪んだ。デカい男が口を尖らしても可愛くないからやめて欲しい。


「ほぁぁあああ!!ワタクシ感動で全身の液体が溢れ出しそうです」


こっちの事など我関せずと、かなりヤバめな顔でスケッチしているのは、デュ・サンドラというデザイナーである。

先代国王の退位に伴い、王宮内が色々と一新された。デザイン画の選考で選ばれたデュ・サンドラの衣装は文句なく素敵で、戴冠式の衣装を担当できることになったのだが、かなり個性的な人物なのは誤算だったかもしれない。

危険人物じゃなければ良いというものではない。陛下と対面するなり黄色い悲鳴を上げる中年男性はアウトだと思う。


「きゅん♡だわ。きゅんですよ。絵姿以上に素敵ではありませんか。顔、骨格、バランス、全てエクセレント!ワタクシのインスピレーションがノンストップで爆走しちゃってるぅ」


そう叫んですぐさまスケッチを始めた。猛スピードで描かれていくのはなぜか陛下の顔と全身ばかりで、その時点でローガンがキレた。慣れている私たちでさえ引くほどの怒声だったが、相手は気にした風もなく「戻ってから参考にするんです」とぐひゅぐひゅと笑いながら答えるので、さらにドン引きした。

黙っていれば色気のある美中年だというのに、一度興奮状態になるとこうも崩れるものなのか。残念美中年と呼んでやろう。

危機感を覚えた護衛騎士は陛下とデュ・サンドラの間に邪魔にならないように立ちはだかったので、ローガンも渋々引き下がったのだが限界がきたらしい。

誰だ、コイツを推薦した奴は。

ちょっと調べてローガンにチクッておこうか。いや、でも、腕はいいのだ。今も猛スピードで描かれているスケッチには豪奢だが品のあるものばかりだ。彼が作る衣装を身に纏って戴冠式にのぞむ陛下が見てみたいと思わせるほどに。

………ローガンをどうにかする方が良い気がしてきた。後で対策を練ろう。ローガン抜きで。一緒に止めた侍従たちとアイコンタクトで頷きあう。

この半年で陛下の専属侍従たちとも馴染んできたのだが、一番大変な仕事がローガンを止めることってどうなんだろうなぁ。


なんというか、芸術方面に紙一重が多いのはなんでだろう。

今回のデザイナーもそうだが、肖像画を依頼した宮廷画家は無口すぎて弟子が代弁していたし、宮廷楽師の副長官は突然歌い出すし奏でだすし、この半年で表情筋に磨きがかかった気がする。

それにしても、忙しかった。

先王の退位騒動から人身売買組織の捕縛と関連した貴族や富裕層の処分のついでに王宮の汚職も洗い出されて、かなりの人数が処分を受けた。

少数精鋭が多いとはいえ空いた穴を埋めるために、各省が人材を募集しているらしい。

「使えぬ邪魔者など要らん」とクリフォード侯爵が一蹴したので外務省は新規雇用はないのだとルカリオが嘆いていた。処罰された人が圧倒的に少ないので問題はないのだろう。

そのせいかどうかは知らないが、王宮の至る所で愛を交わしていた人たちがほぼいなくなった。もうメイド仕事はしない私にはあまり関係ないが、遭遇するたびに不愉快な気分になっていたのでいないに越したことはない。


「よぉ。終わりそうか?」

「………」


ノックがあったので応対に出たらベネディクト子爵がいた。

爛れた貴族筆頭ともいえる子爵はなんの処分も受けずに、今でも飄々と王宮内を闊歩している。


「まだ作業中ですので、お帰りください」

「そういう事を言っていいのか?報告があるから来ているのに、追い返したら叱られるんじゃないのか?」

「……お静かにお願いします」


横にずれて道を開けると、軽やかな足取りで入ってきた。

扉を閉めると軽い調子で陛下に挨拶をする声が聞こえた。


「ユリウスか。早かったな」

「多方面から早くしろと催促がくるんですよ。陛下の権限で止めてもらえませんか」


ベネディクト子爵の軽口に陛下は軽快に笑って誤魔化した。

子爵は気にせず、奇妙な笑い方のデザイナーのスケッチを覗き込み「悪くないね」と師匠のようなことを言った。

シベルタ帝国の皇帝からお祝いに銀狐の毛皮を頂いたと報告すれば、デザイナーの目が爛々と輝いた。


「なんですって、銀狐ですか!?どれほどの量ですか?マントの縁取りに使えますか?せめてお顔周りだけにでも。それよりも、実物をお持ちではないのですか?ない?いつ見れますか?いつ?いつですかぁ!?」


押されている子爵とかレアで笑える。

ぎゃあぎゃあ騒ぐ様子から休憩に入ろうかと思い、近くにいた侍従に一言告げてから厨房へと向かった。



年が明けると同時に、先王と前王妃は王家の森に新しく建てた離宮に移送された。

人身売買に加担した犯罪組織や一部の貴族たちは重い罰が課せられた。組織と癒着していた王妃の実弟でもある伯爵は余罪も照らし合わせて爵位返上のうえ、処刑が決まった。家族については裁判待ちだが、あまり良い結果にはならないだろう。

近衛騎士団の腐敗具合も酷く、逮捕者も何人かでた。団長と副団長は管理不行き届きだと降格となり、団員の半数は騎士団預かりとなりここぞとばかりに扱かれているらしい。

ソーン騎士団はリリアンと数人の騎士が身分を剥奪された。ソーン騎士団長自身にはなんの処罰もなかったが、部下の不始末の責任を取って役職を降りた。一騎士として新王に忠誠を誓うそうだ。その潔さにファンを増やしている。

リリアンは本来なら極刑だったのだが、第三王女とソーン騎士団長の嘆願により命は救われた。だが、身分剥奪のうえ国外追放となった。

あの場にいた者には箝口令が敷かれ、陛下の暗殺未遂は隠蔽された。

彼女は、第三王女を愛しすぎたのだろう。

帝国の皇子と結婚が決まっている第三王女との未来はないも同然で、連れて逃げても苦労をさせるのは目に見えている。だからといって、他の誰かと幸せになる姿をみるのも辛い。

希望もないのなら生きていても仕方ない。

そう考えていた時に激昂する第三王女を見て、衝動的に剣を向けたらしい。

本当に陛下を傷つける気はなかったというが、本当だろう。じゃなければ私なんかが女性とはいえ騎士として鍛えているリリアンを取り押さえられるわけがない。

それにしたって、極端すぎる。

脳筋なの?脳筋だろ。

愛か死か、なんてどこの恋愛劇よ。

相談できる相手とかいなかったんだろうか。突っ走りすぎである。手を出す前にちょっと考えろ。

ともかく、第三王女の懇願と陛下の寛大な御心でリリアンは国外追放となった。海を渡ろうと山を越えようと、帝国に行こうとも彼女の自由である。

悲劇のヒロインみたいな立場になった第三王女は同情と好奇心の目に耐えかねたのか、早々に帝国へと旅立って行った。婚礼はまだ先だが、あちらで花嫁修行をするらしい。


お茶と軽食の用意をして戻ればデザイナーの姿は無く、代わりにベネディクト子爵と陛下がくつろいでいた。

どこ行った。

扉付近にいた侍従を見れば、困ったように肩をすくめた。……帰ったか、毛皮を見に行ったか、どっちかだろう。

まぁ、いい。減っても増えてもいいように余分に準備してきたし。

会話の邪魔にならないように配膳し、脇に控える。視線が合った子爵がパチンとウィンクしてきたので、一瞬だけ「うげ」って顔になってしまった。いかんいかん、無表情、無表情。

陛下、笑うのを我慢しているのか肩が震えてます。


「本当にお前ぐらいだぞ。俺にそういう態度を取る女性は」

「アンナにはベタ惚れの婚約者がいるからね」


苦笑する子爵に対して陛下が陽気に笑って答える。

ベタ惚れじゃありません。……違う、よね?いや、別に、ベタ惚れでもいいけど。……うん。スルーしとこう。

軽くいじられたあとは、子爵が帝国に行った報告が始まった。


年末の騒動の後、年が明けてから陛下の側近だと子爵を紹介された時の私の驚きといったらもう……。思わず「うそぉ」と声が出てしまい、マルグリッドさんからお叱りの視線を受けた。

子爵のお兄さんが側近なのは知っていたけれど、弟までそうだとは思わなかった。

主に諜報を担当していたので、公になっていなかったらしい。あの五股六股な爛れた生活がまさかの仕事!?

驚くって。え?マジで?って二度見するぐらい驚いた。

そっか、仕事だったのか。と、見直しかけていたら「少し大変だったけど、役得で楽しかったな」とにこやかに話すのを聞いて、スッと真顔になった。

やっぱり、子爵は子爵だったわ。

女好きは素かららしい。けっ。

そんな子爵が側近。ルカリオと同じ側近。それも、先に入っていたから先輩とか……ないわー。


「戴冠式も楽しみだけど、その後に結婚式があるんだろ?準備は順調か?」

「おかげさまで、つつがなく」

「もちろん、俺も招待してくれるんだろ?」

「まぁ。子爵様をお招きするような豪華な式ではございませんので」


言外に「来るな」と微笑めば、ニッと挑戦的な笑顔が返ってくる。


「そうつれないことを言うなよ。身分はただの子爵だ。気にするな。それに同じ陛下の側近として祝いたいんだよ」


最後は私の背後に話しかけていた。振り返るよりも先に両肩を掴まれ嗅ぎ慣れた香水が背後から香った。


「お申出はありがたく。ですが、身内だけの簡素な式ですので、汲み取って頂けると幸いです」

「そうだぞ。私とて我慢しているのに、ズルいではないか」

「いや、陛下が参加したらダメでしょう」


おお。珍しく子爵が正論を言っている。

陛下は、結婚式の話が出るたびにダメ元で聞いてくるので、地味にイラっとする。国王陛下が参列するような格式があるわけないじゃん。父が腰抜かすわ。

無理なものは無理だ。迎えるほうの身になれ。


「陛下。戴冠式の招待客一覧が出来ましたのでご一読ください」


ルカリオが書類を渡しながら話を振る。

流れるように戴冠式の話に移ったので、数歩下がって様子を見守った。

置物のようにひっそりと佇んでいるのに、たまに流し目を送ってくるルカリオのせいで奥歯に力を込めたり忙しかった。






陛下の戴冠式も無事に終わり、社交シーズンの終わりでもある秋の始まりに私たちは結婚した。

ガルシアン家が懇意にしている王都の教会は、ステンドグラスとアーチの美しい天井で有名な場所だった。

参加者は、ガルシアン伯爵夫妻と長男夫婦に次男夫婦。そして、わざわざ駆けつけてくれたお父さんと、長兄。お姉ちゃんと付属品(クロイツェル伯爵)

義姉渾身の刺繍が散りばめられたウエディングドレスは今まで見たどんなドレスよりも綺麗で素敵だった。

これなら、ガルシアン伯爵夫人も文句のつけようがないだろうと意気揚々としていたが、やはり夫人は夫人だった。

挙式前の挨拶に二人の兄嫁と共に来てくれたが、会うなり笑顔で開戦の火蓋を落としてくれた。


「まぁ、素敵ね。刺繍が素晴らしいわ。でも、ねぇ。少し肌を見せすぎじゃないかしら。私たちの時代だったらはしたないと言われていたわよ。時代かしらねぇ」

「まぁ。そうなのですか」


おほほほ。と引き攣りそうになりながらも笑顔で応対した私を褒めてくれ。

その後は「私の時はねぇ」と続きかけた夫人を言葉巧みにアナベルさんが連れ出してくれた。

マジでありがとうございます。


その後、お父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれた。もちろんクロイツェル伯爵は遠慮してもらっている。もうそこまでわだかまりはないけど、特に会いたいわけでもないので。

お姉ちゃんは涙ぐみながらも喜んでくれて、お兄ちゃんは終始嬉しそうで、お父さんは少しは涙目で「おめでとう」と声をかけてくれた。

みんなが泣きそうなので、私もかなりうるうるきてヤバかった。


「アンナ。こんな日に言うことではないのかもしれないが」


教会の扉の前で待っている時に話しかけられたので、見上げれば微苦笑した父が私を見ていた。


「母さんとはあんな形で終わってしまったが、君が生まれた時は泣いて喜んでいたんだよ」

「…‥別に、もう気にしてないよ」

「うん。それでも、伝えたかったんだ。君は愛されて、望まれて生まれてきたんだ。アンナ、君の幸せを祈っているよ」

「………うん」


ひどい。

なんで、そんな泣きそうなこと言うの。ヤバい、涙出そう。てか、出る。

慌ててハンカチで目元と鼻を押さえる。応急処置だけど、これ以上泣かないように顔を引き締めた。化粧が落ちたら酷いことになる。

教会の人が微笑ましげに頷いてくれて、扉に手をかけた。

みんなが見守る中、ゆっくりと進んでいく。

花婿姿のルカリオがカッコいい。私、隣に並んで大丈夫かと心配になる。そのためにメイク頑張ったじゃないか。

そう!今日の私は普段の倍可愛い!!

グッと頭を上げて気合を入れる。

ルカリオと交代する時に、一瞬だけ父の手に強く握られた。促されてルカリオの手を取れば、父はほんの少しだけ寂しそうに眉を下げて泣き笑いのように微笑んだ。

ルカリオの手を取り祭壇を上る。司祭様のありがたい御言葉を聞いて、聖書に手を当て宣誓をした。病める時も健やかなる時も…ってお決まりのアレだ。

「誓いのキスを」と言われ、顔を覆っていたヴェールを上げられた。

一瞬だけ目を見張ってから、ルカリオがとろりと微笑む。涙目とは関係ないと思いたいが、もうそれでもいいやと思う。

私の旦那様になる人はベタ惚れらしいので。


「綺麗ですよ、アンナ」

「ルカリオもカッコいいですよ」


囁くように褒め合い、そっと唇が重なる。

司祭様が婚姻の成立を宣言し、暖かな拍手に湧いた。隣を見上げれば、少し照れたように微笑むルカリオがいる。

ここにはいない人達からもたくさんの祝福をいただいた。

なんて、幸せなんだろう。


「幸せになりましょうね」


同じことを思ったのが嬉しくて笑顔で応える。

幸せに。ふたりで一緒に、幸せになろう。

私たちの前途を照らすように空は雲ひとつない快晴だった。


本日19時に最終話を投稿します。

どうぞよろしくお願いします。


⭐︎お知らせ⭐︎

「王宮侍女アンナの日常」2巻が6月5日に発売になります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大きめのよだれ掛けとおしゃぶりを見つけた時は時が止まった。 本当に何してたんだ。 犯人は?
[良い点] アンナさん、いろいろ良かったねぇ。°(°´ω`°)°。 ※気分は新婦側の親戚 ルカリオさんも良かった良かったヾ(*´∀`*)ノ そして…ここにきて更なる新たな濃ゆい変態の登場に乾杯”(…
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