73.王宮侍女は振り返る
賑やかな王宮内をホットワインを配りながら、すれ違う人の衣装やメイクを見るのはけっこう楽しい。
しかも、隣にはルカリオさん。楽しくないはずがない。自分でもちょっと浮かれてるなぁと思う。
いいじゃん。最近忙しくて会える日も少なかったんだもん。
全部配り終わったら今度は回収に向かう。
その時に、交代している近衛騎士が何人かいた。仮面をしているから確実じゃないけど、間違いないと思う。
気になったので「交代したのですか?」と聞けば、近衛騎士は苦笑しながら「ちょっと体調を崩したみたいでね」と答えてくれた。鍛え直しだなんだと笑っていたが、まぁ寒いし、そんな時もあるよね。ただ、ちょっと数が多いのは変だなぁとは思った。
なにか悪いものでも食べたのか、流行風邪とか?伝染病だったら怖いよね。
「風邪ならいいですけど、伝染病だったら大変ですよね。報告してきたほうがいいんじゃないでしょうか」
もし王宮で広まったら大変だ。
王太子には無理でも、ローガンとか侍従長とか侯爵とかに報告しようかと思ったが、ルカリオさんに止められた。
「大丈夫ですよ。医務官がちゃんと診てくれますから、その可能性があれば即座に対処してくれます」
「それも、そうですね」
そうだ。念の為に医務官が控えてくれているんだった。
専門家がいるなら安心かな。
「仮面をしているのに、人が替わっているなんてよく分かりましたね」
「完全に見分けているわけじゃないですけどね、なんとなく?」
髪型とか背格好とかに違和感があったんだよね。
お茶会メンバーならすぐに分かる自信があるんだけどね。さっきの大広間でもすぐに分かったし。
堂々と女装している人もいたが、ほとんどは無難な仮装をしていた。みんな楽しそうで良かった。
なぜかクリフォード侯爵を見かけなかったんだけど、まさか不参加?王都にいるから参加していると思ったんだけどな。どんな仮装をするのか楽しみだっただけに、残念。
そういえば、ベネディクト子爵も見かけていないけれど、絶対に彼女と一緒にいるはずなので見かけないほうがありがたい。
子爵で思い出したけど、今日はこんな騒がしいお祭りなのに物陰でヤッてる人達を見かけない。いつもなら、空き部屋や物陰でくっついている人影を見かけるのに。
人の行き交いが多いし、空き部屋がほぼ無いのも要因かな。開放されていない場所へ通じる箇所は近衛兵が立って封鎖しているもんね。中庭も灯りが置かれていて、隠れる場所が少ない。第一、寒い外でするような自殺志願者はいないだろう。
国王と王妃も人目が多いせいか大人しい。直接見てないが、仲良く演奏を聴いていたと噂されていた。中には、連れていた王妃専属の美形侍従と国王専属の愛らしい侍女の話もあって、ちょっと呆れた。
お気に入りをお連れですか。
第三王女はリリアン様を護衛と称して連れ回しているらしい。
最近、リリアン様は王妃よりも第三王女といることが多い。王妃の護衛はソーン騎士団がやっているが騎士団からも騎士が一人派遣されているらしい。異国風の濃いイケメンだとか。王妃の趣味は予想がつかない。
王妃の護衛から外れたリリアン様は、ほぼ第三王女の専属みたいな状態。おかげで、私の朝練における精神的圧迫が減っていて嬉しい限りである。
カップの回収を兼ねて、三周目の巡回を終えた頃、音楽が聞こえてきた。
楽器の演奏の部屋から聞こえてきた曲は楽器が増える毎に音が溢れだし、隣の部屋にいた歌手が呼応するように歌い始める。
示し合わせたかのように同じ曲があちらこちらから聞こえてくる。
「生命の歌ですね」
蘇った聖者を讃える曲が素で、生命の喜びや春の訪れを待ち望む曲としても有名である。
行き交う人達も思わず足を止めて聞き入っている。
「春はまだ先ですけど、新年を待ち望むに相応しい歌ですね」
ルカリオさんの言葉を聞いて、今年一年の出来事が頭をよぎる。
今年はなんだか、色んな事があった。あり過ぎた。怒涛の一年だった気がする。
まさか、婚約どころか結婚の話まで決まるとは思ってもみなかった。
てか、ルカリオさんと出会って一年経ってないという事実に驚く。女装倶楽部で出会って、友人になって、結婚を申し込まれて婚約者。
…改めて考えるとすごい一年だった。
しかも、来年には結婚だよ。マジか。マジだ。
「来年もこうして一緒に過ごしましょうね」
「そうですね。来年もよろしくお願いします」
繋いだ手を少し持ち上げて、絡んだ指をやわく握る。日頃よくやられるのでやり返してみたが、なんか違う。
ルカリオさんにされると、どうしてあんなにドキドキしちゃうんだろう。
なにが違うのかと繋いだ手を見ていたら、不意打ちのようにぎゅっと握り返された。
「誘ってるんですか?」
「ませんっ!」
なんてこと言うんだ。こんな場所で、そんなわけないから。
熱い顔を隠す仮面の位置を直す。こういう時、揶揄っているのか、本気なのか分からないから困る。
つい言い返しちゃったけど、敢えてノってみたらどうなるんだろう。
今度、やってみようかな。
来年の目標を決めた時、ドーンという音と共に窓の外が一際明るく輝いた。続いてまた音がなり、空に大きな花火が描かれる。
窓を見上げる人、バルコニーに出る人、たくさんの人がそれぞれの形で楽しんでいた。
私も窓を見上げて見惚れていたが、不意に手を引かれてルカリオさんを見上げる。思ったよりも至近距離にある目が愛おしげに私を見下ろしていた。
綺麗。
花火に照らされた唇がまるで口紅のように艶やかに見えて視線が外せない。
柔らかな唇が重なる。
直ぐに離れたそれを残念な気持ちで見送ると、見透かされたようにくすりと笑われた。
「 」
声を出さずに告げられた言葉に心臓を鷲掴みにされ、返事をしようと開いた口は言葉と共に塞がれた。
花火の音が遠くなった気がした。
【完】みたいですが、まだ終わりません。
もう少し続きますので、お付き合いください。




