72.王宮侍女は喜劇を観る
年越しパーティーは年の最後の二日間開催する。
今日はその初日。今日と明日の為に働きまくったと言っても過言ではない。
王太子が臨時ボーナスを出すぐらいには働いた。年明けはのんびりしたいが、なにせ専属侍女は私とマルグリッドさんだけなので、無理なんじゃないかと半分諦めている。
少しだけでもルカリオさんと過ごしたいなぁと夢見ているがどうだろう。どうだろう、王太子様?
いつもは王太子を送り出して部屋を整えてから王宮の執務室へと赴くのだが、今日は準備もあるので部屋のことは留守番をするマルグリッドさんにお任せする。
王太子を見送ってから急いで白猫の衣装に着替える。白のベルベット生地を基本とした上品だが可愛らしいドレス。後ろと首元を飾る所属の色のリボンがポイントになっている。白と銀で出来た猫の仮面は王太子の執務室で配られる予定だ。猫耳カチューシャも一緒に配られる。
猫耳……。あの猫耳を付けるのか。
最近ご無沙汰になっている店を懐かしみながらも、あの制服と似た格好をするのかと思うと複雑な気持ちになる。
猫耳姿でキティちゃんたちには会わないんだから別に構わないんだけど、気持ち的にね。
っていうか、私が猫耳…。仮面があって本当に良かった。
葛藤をしながらグロリナス宮殿から王宮へと向かうにつれて人が多くなってきた。まだ準備が終わらないのか使用人が急足で行き交っているし、寒い中早々にやって来た貴族の馬車がちらほらと見える。
下位貴族は先に到着しておかなきゃいけないので大変だ。うちは積雪のせいでこれるはずもないし、私がいるので欠席しても問題はない。
領地が近い貴族はこのためにわざわざ戻ってきているし、まるで社交シーズンみたいになっている。
文句は全て国王夫妻へお願いします。
王宮は普段から華やかだが、今日はそれにも増して冬を象徴する花とガラス細工の装飾があちらこちらに飾られ、いつにも増して煌びやかになっている。使用人の苦労が偲ばれる。臨時ボーナスで疲れを癒して欲しい。
そんな煌びやかな中を通って王太子の執務室を訪れると、そこには意外な人物がいた。
「おはようござぃみゅあ!」
殿下の執務机の前に立っていたのは、黒猫のルカリオさんだった。仮面はまだだったので、猫耳と衣装だけの姿。
はわわわ。黒猫の耳が可愛い。制服がかっこいい。総じてカッコかわいい。
「おはよう、アンナ」
「おは…え、かわ、いやいや、なんでここに?」
ヤバい。可愛いとか言いそうになった。
似合う。ローガンよりも遥かに似合う。ベストオブ黒猫。マストオブ黒猫。キングオブ黒猫。
にゃんにゃんに通うオヤジ共の気持ちが分かる日がこようとはっ!
くっ。茶色や白も着けさせたい。近衛の狼もすごく似合う気がするし、騎士団の犬も似合う気がする。いや、絶対に似合う。パーティーが終わったら、殿下に頼み込んで両方手に入れる。絶対に。
「可愛い白猫ですね。いますぐ連れて帰りたい」
近づいたルカリオさんが私の頬を撫で上げて耳を柔らかく揉んでくる。
触り方がエロいからやめれ。
「赤くなった。風邪かな?連れて帰ってずっと看病をしても?」
絶対にわざとやってるルカリオさんを睨むがどこ吹く風とにこやかに流された。
「いちゃついてないで、さっさと来ないか」
あ、王太子いたんだ。てか、他の侍従も側近たちも揃ってるじゃん。うぅ……恥ずかしい。
ルカリオさんは肩をすくませて、呆れ顔の王太子の横にしれっとした顔で立つ。
「来年から側近になるルカリオ・ガルシアンだ。少し早いが今日から入ってもらう」
は?聞いてないよ。
驚いてルカリオさんを見れば、悪戯が成功したとでも言いたげな満足そうな笑顔を返された。
これは、確信犯だ。驚かすために黙っていたんだ。くぅぅ、やられた。
「皆知っての通り、ガルシアン卿はアンナの婚約者でもある。結婚後もふたり揃って仕えてくれると期待している。ただ、イチャつくのは控えろよ」
余計な一言は無視をして、ふたりで「誠心誠意お仕え致します」と返事をしておいた。
王太子と王太子妃よりはイチャついてないと思うが、できる侍女な私はあえて沈黙を選ぶ。
簡単な挨拶とお辞儀をして、ルカリオさんが私の横に並ぶ。
「これからもよろしくお願いします」
「えっと、はい…こちらこそ?………いやいや、そもそも聞いてないんですけど?」
「アンナの驚く顔が見たくて。…サプライズです」
くっそ正直だな。
もうなんなんだろう。ルカリオさんは私の百面相が好きなんだろうか。本当に性癖が分からない。
だが、私はできる侍女。マルグリッドさんからの教えで更にパワーアップ中なのだ。
さっきは不意打ちで驚いたが、ルカリオさんが喜ぶ展開はそんなに起きないと宣言しよう。
みてろよ。肩透かし食らわせてやるんだからっ。
「だから、イチャつくのは後回しだと言っているだろう」
だから、イチャついてません。
不本意だと文句を言いたかったが、横に並んだルカリオさんが自然に指を絡めて握ってきたので奥歯を噛み締めて奇声は我慢した。
イチャついてない、ないったらないっ。
側近というのは王太子の仕事のサポートをする秘書のような仕事で、各省から選出されている。
仕事面で支えるのが側近で、生活面で支えるのが侍従と侍女という感じだ。
まぁ、今は仕事量が多いせいで、侍従たちも仕事の手伝いに駆り出されているわけなんだけどね。
国王は仕事しないし、国王の側近共は仕事が遅すぎて話にならない。と、ローガンを始めとする侍従たちが話していた。私も全面的に賛同する。
ちなみに王妃は仕事を増やすので話にならない。王太子妃が目を配り対処してくれるので、まだマシ程度に収まっている。
本当に、とっとっと退位してくれないものか。
最終準備を終え、開会宣言のために集まった大広間は社交シーズンにひけを取らないぐらいに人が集まっていた。
だが、領地から戻ってこられない貴族も多く、代理を立てている者も少なからずいるようだった。社交シーズンが終わっているんだから当たり前だよね。
王宮の使用人の衣装は統一されている反面、参加者は各々好きな仮装ができるので、大広間はいつもと違った意味で煌びやかだった。女装、男装、なんでも有りで見ていて面白い。
ほぼ仕事をしてないくせに、偉そうに開催宣言をしていた国王陛下は英雄王、王妃は英雄王の寵妃エルヴァニタの仮装をしている。寵妃エルヴァニタは星も恥じらって隠れるほどの美貌をもつ麗人なのだが、王妃は童顔の可愛い系なお顔立ちである。何が言いたいかはお分かりだろう。
如何に化粧といえど、限界はあるのだ。
しかも寵妃エルヴァニタは、正妃サメロンに首を斬られて食卓を飾る最期なんだが、王妃はそれで良いのだろうか。……まぁ、私には関係ないしな。うん。
王太子は月の神で、王太子妃は泉の女神の仮装である。
神話で、狩の名手でもある月の神が休憩した時に泉で出会って恋に落ちたというエピソードがある。だからか、王太子は小型の弓の飾りを、王太子妃は月の神に捧げた聖杯を飾りに使っている。
帝国の経験を活かして、王太子に化粧をさせてもらった。普段より凜々しさが増したと王太子妃にお褒め頂いた。
ふふふ。男装メイクも楽しい。明日はルカリオさんにもさせてもらおう。
挨拶が終われば、国王と王妃はふたりで微笑みを交わしながら退室し、続いて王太子夫妻が退室する。その後は、上位順に退室して各々が東棟で様々な催し物を楽しむことになっている。
外面の良い国王夫妻はひとつふたつ楽しんだら別れて、それぞれ楽しむんじゃないかと確信している。
代わりに総指揮する王太子夫妻は、同じように楽しみながらも応対に忙しくなるはずだ。
そんな中、私とルカリオさんのふたりは巡回しながら、警備の者への差し入れを配る。
ホットワイン配りが側近の仕事なのかと首を傾げるが、入りたての新人が変に加わると上手く動かないからと言われた。そういうものか。
警備の人たちはこの寒い中動くことも制限されるので、ホットワインで温まってもらおうという心遣いだ。ただのホットワインではなく、シナモンとオレンジが入っているので香りも良くて体も温まるようになっている。ちょっとだけ味見させてもらったけど、美味しかった。
拍手が巻き起こる奇術師の部屋の横を気にしながら通り過ぎ、階段前に立つ狼さんにホットワインを渡すと、とても感謝された。廊下は冷えるもんね。
後でカップを回収しに来ることを伝えて次へと向かう。
「重くないですか?」
ルカリオさんに持ってもらっている籠の中にはホットワインのカップがぎっしりと詰まっている。かなり重いのに片手で楽々と持っている。涼しい顔をして隠れマッチョなのだろうか。脱いだらムキムキ?それは、見たいような見たくないような……いや、見たえ。…いやいやいや、なに考えてんの。しごと、仕事中だからっ。
「このくらいなら平気ですよ」
「疲れたら代わりますからね」
「こんなことでも格好つけさせてください」
仮面の越しに甘く見つめられて心臓が跳ねた。
か弱い女性扱いされなれていないから、返答に困るんだってば。「格好いいですよ」なんて言えるか!
上手い返しが見つからないかわりに次の近衛狼さんを発見。
二人一組になっているので、ルカリオさんからカップふたつを受け取って差し出した。
「お疲れ様です。国王陛下より差し入れです」
「なんと、これはありがたい」
暖かなカップを渡すとキリっとした顔から一転して笑顔が溢れた。
警備だと動けないと寒いもんね。労いの言葉をかけて次へと急ぐ。
体が温まるホットワインは好評で、行く先々で感謝された。
手配も配布も王太子がやっているのに、国王からの差し入れになるのがもやっとするけど仕方ない。
表向き、国王を立てないといけないもんね。でも、もやっとするんだよ。だって、本当に仕事してないのに、良いところだけを奪っていってるんだもん。
途中、廊下に人が溢れている部屋があった。人が多すぎて何をしているのかさっぱり見えない。
「どうやら即興劇が行われているようですね」
ルカリオさんが背伸びして見てくれた。
人垣で見えないが、演者らしき声が聞こえてくる。
「長年婚約していた娘にかような仕打ち。そこになおれ!手打ちにしてくれるっ」
「お父様、おやめください。私は、大丈夫ですから」
「たわけがっ!では、今までのそなたとの関係はなんだったというのだ。婚約を申し込んできたのは奴のほうだぞ!?」
「すまない。私は『真実の愛』を見つけてしまったのだ。婚約を解消してくれ」
「イレーネ様、もうノルベルト王子を解放してください。彼は十分に悩み苦しみました。愛の無い結婚など虚しいだけではありませんかっ」
なんだ。「真実の愛」を題材にした劇なんて腐るほどやっているだろうに、まだあるのか。
途端に興味が失せたので通り過ぎようとしたが、王子を咎める声が聞こえたので足を止める。
「何と言うことだ、侯爵様の後ろ盾を無くしてはノルベルト様の立太子は叶いませんぞ」
「陛下が大層お怒りであらせられます。そんなにその娘が気に入ったのならば王族の地位も名誉も捨てよとの仰せでございます」
「父上が、そのようなことを……。いや、しかし、私は『真実の愛』の為にも彼女と……」
「立太子はおろか王族でもない貴方と結婚するなんて冗談じゃないわ。苦労なんてまっぴらごめんよっ」
「クリスティーネ!?そんな、クリスティーネェェェェっ!!」
悲壮感漂う悲鳴が漏れ聞こえる。
恋愛物かと思ったが喜劇らしい。
「イ、イレーネ。やはり、私には君だけのようだ。君との『愛』が『真実の愛』だったのだ」
「なんと都合のよいことを!耳が汚れるわ!それ以上、我が娘に近づくな」
「ひぃぃ」
「殿下。先ほど仰ったではありませんか。私を愛したことはないと。……私達の間に『愛』は無かったのですわ」
「イレーネ…そんなことは…」
「お別れです、殿下。お父様、私はお父様の後を継ぎ、女侯爵となります」
「よく言ったイレーネ!!」
カッコよく決意を告げる声に拍手が起きた。
人垣で中の様子は見えないが、イレーネが舞台中央でポーズを決めていることだろう。
打ちひしがれているであろう王子が見てみたい。
今までの『真実の愛』を題材にしたものとは違っていたせいか、喜劇だったせいか、聞いていてもおもしろかった。
拍手を聞くに、意外と好評で驚いた。
『真実の愛』という免罪符に疑問を持っていた人は意外と多いのかもしれない。
ホットワインが冷めないように、足早に移動しながらそんなことを考えた。