70.王宮侍女は連れ回される
はぁと吐き出した白い息が空気に溶け消える様を見ながら、今度はゆっくりと吐き出せばさっきよりも大きな霧になった。
灰白い空を見上げる。
これからこんな寒さが続くだろう。もう、いつ雪が降ってもおかしくない。
そろそろ毛糸の腹巻きを装着したほうがいいかもしれない。毛糸のパンツは………まだいいか。
急に気温が下がったせいで、慌てて冬支度を終わらせることになった。
さっきまで、マルグリッドさんの指導を受けながら、クローゼットの衣装を冬用に完全に交換し、部屋に不備がないか確認を終えたところだ。
そろそろお茶の時間だからと、王宮の執務室へ行くようにマルグリッドさんに言われて、王宮まで歩いている途中。
侍従がやってくれる時もあるが、今とても多忙でそんな暇がないらしい。
そんな訳で私が大活躍中。王宮とグロリナス宮を往復したり、お使いで王宮内を歩き回ってます。
ソーン騎士団の訓練が確実に実を結んでいる。
リリアン様がいなくても訓練内容にさほど影響はないが、精神的に楽なのが救いである。
突然、寒風が吹き抜け、寒さに体がぶるりと震えた。
やっぱり、毛糸のパンツも準備しておこう。
厨房でお茶とお菓子の準備をして、王太子殿下の執務室へ向かう。
殿下が口にする軽食は専属の侍女か侍従だけが用意する決まりになっている。独身時代に毒どころか媚薬まで盛られた事があるらしく、これだけは徹底されている。
関わる人数が少ないので、何かあれば専属か料理人のどちらかの仕業ってことだ。シンプルだと犯人がわかりやすいってことだね。
何かあれば物理的にも首が飛ぶんだろうなぁ。
私の首なんてあっさり飛ばされることだろう。
仮定だが無慈悲な現実を振り払い、ローガンに教えられたノックをすると、専属侍従の一人が扉を開けてくれた。
「お茶でございます」
「ああ、もうそんな時間か」
執務室に入ると、書類仕事をしていた王太子が疲れた目でこちらを見た。
書類から顔を上げるあたり、緊急性の案件は減ったのだろう。
「さぁ、休憩だ。休憩」
伸びをするとすかさずローガンが肩を揉み始める。
王太子の「ああ〜そこそこ」とどこぞの中年オヤジのような声を聞きながらお茶の支度をする。
分かる。思わず声が出るよね。
最近、書類仕事が多いせいか、王太子の肩も腰もガチガチにこっている。揉みほぐしても、すぐに無理をするのでまた悪くなるというイタチごっこ。
無限に続きそうな呻き声だったが、お茶の準備が終わると同時に終わったらしく幾分すっきりした顔に戻っていた。
「アンナ。今からローガンに付き合ってくれるか」
「畏まりました」
ローガンの仕事のお手伝いは何度かやっているが、どれも私いる?と首を傾げるほど特に何もしていない。大事な物はローガンが持っているし、手ぶらで行って手ぶらで帰っていることがほとんどだ。
断るほどでもないので、大人しく後ろをついてまわっていた。
合間に王太子讃辞を聞かされるのは辟易しているけれど。
「ああ、そうだ。帰ったらまた報告を聞かせてくれ」
ローガンに続いて退室する間際に言われたので「畏まりました」と返して部屋を出た。
宮内省は王族に関わる全般を司っている。役職的には長官の下に侍従長がいるのだが、実際には侍従長の発言の方が大きい。王族に接する機会も信用を得る機会も段違いだしね。
そんな訳で、長官と侍従長は犬猿ほどではないにしても仲良しとは程遠い仲なのは間違いがない。
まぁ、そんな事は私にはちっとも関係ないのだが。
「話は分かりました。両陛下にお伺いしてお返事させて頂きます」
「両陛下には侍従長から快諾のお返事を頂いておりますので…」
「なんですと?私よりも先に侍従長に話したのですか?宮内省長官の私よりも先に?しかも、両陛下にお返事まで頂くとは。彼は常々から役職というものが分かってないようですね。大人しく部下の管理だけしていればいいものの」
宮内省長官は「侍従長」という言葉に過剰に反応し、忌々しく顔を歪めながらローガンに食ってかかった。
そして、ローガンが火に油を注ぐ。
「侍従長は毎朝陛下とお会いになりますので、早急な回答を望んだ為に…」
「それでも筋は通すべきでしょう。殿下も殿下です。恒例行事ではないとしても王宮でするならば真っ先に私に話を持ってきて頂かなくては困ります」
「開催までの期日が差し迫っている中、寝る間も惜しんで働いておられる殿下に対しての発言でしょうか。お忙しい貴方の仕事を少しでも減らされた殿下に感謝するべきでは?」
ローガン、真面目な王太子馬鹿だから、殿下を少しでも貶されると頭に来るらしい。
でもその言い方じゃ相手は更に頭に来ると思うんだけど、ローガンは王太子以外に配慮はあまりしない。
殿下、人選ミスでは?
「大体、陛下がきちんと仕事をしてくだされば殿下がああも多忙になる事はないのです。長官ならば陛下に進言すべきではないのですか?」
「なっ、陛下には陛下のお考えがあってのこと。私如きが口にするものではありません」
「ただ座っているだけならば…」
「あの!」
咄嗟にふたりの会話に割り込んだ。
置物同然の侍女の発言にふたりの視線がこちらに向く。
ローガン落ち着け。侍従長と長官の話が殿下と陛下に変わってる。もうこうなると不毛の罵り合いになりそうだ。
「お話中申し訳ありません。長官様は激務でお疲れのご様子ですので、私達は後で出直した方がよろしいかと思います」
にっこりと微笑んで提案してみれば、互いに気まずかったのか「ああ…」と気の抜けた応えが返ってきた。
長官はともかくローガンはもう少し落ち着け。全くもう。
部屋を出るとローガンは素直に「すまん」と謝ってきた。
冷静を取り戻したその後はそつなく進み、最後に訪れたのは外務省だった。
一歩入った瞬間に生温かい目線が飛んできて、今度は私が気まずい。お茶会メンバーが多いせいか、ルカリオさんと婚約したのもすぐにバレた。
案内されるローガンの後ろをしおらしくついて行く。
生憎と大臣の侯爵様はいなかったが、副大臣が対応してくれた。
ここでの話もスムーズに進み、退室する前に副大臣から私に待ったがかかった。
「ガルシアンがもうすぐ戻る予定だ。久しぶりだろう?少し会って行くといい。そのくらいかまわないだろう?」
「殿下に伝えておきましょう。ゆっくりして構わないが、報告もあるので執務室には顔を出すように」
「畏まりました」
ローガンが応接室を出ると、副大臣は待ってましたとばかりに興奮した顔を私に向けた。鼻息が荒い。
ずんずんと近づき、私の手をガシッと握るとふんすと鼻を鳴らす。
「さあ!喋ってもらおうか。帝国で何があった?」
「今、仕事中ですので」
「構わん。朝から働き詰めだからな。休憩だ」
手を引かれてソファに座らされると、向かい側にどすんと座った。
外務省副大臣、女装名コルネットちゃん。毎回髭隠しで私の腕に挑戦してくる夜のお茶会メンバーである。
「ガルシアンが来るまで、帝国での報告を聞こうか?行く前に比べて随分と親密になったみたいじゃないか」
身を乗り出してにんまりと笑うコルネットちゃんの目が本気すぎて怖い。
報告って…私、外務省の人間じゃないんですが。そういうのはルカリオさんから………話されると妙な誤解を受けそうな気がする。こっちが恥ずかしくなる話を平気でしそう。
うん。自分から言った方がマシか。
逃げ出しても、外務省内には彼の協力者は多数。足に自信はあるけれど、逃げ切れるかは怪しい。
ルカリオさんが来るまで、強面のコルネットちゃんと恋バナである意味盛り上がった。
そこそこ満足したコルネットちゃんはホクホク顔で、げっそりとした私はルカリオさんに心配されて過剰な介抱を受ける羽目となった。
薄暗くなった部屋の中は明かりが灯っている。
殿下とローガンと私だけとなった執務室で、私は今日の報告をする。
「文部省次官と事務局長、大蔵省の執務官、司法省の長官です。後、会ってませんが内務省副大臣の政務次官は確定です」
「大漁だな。ローガン頼むぞ」
「お任せください」
ニヤリと笑う殿下の信頼を受けてローガンがいつもよりもキリリとした顔で受け応える。
殿下が絡まなきゃ優秀なんだよな。
王太子殿下が私をローガンにひっつけて頼んだ仕事が人の選別である。
王妃の弟のよくない噂を耳にしたらしく、その噂の出所のひとつが私だったらしい。たぶん、ルカリオさんからクリフォード侯爵に話がいって、王太子殿下まで伝わったんだろう。
どうやら、王妃の弟は人身売買の犯罪組織と繋がりがあるらしい。うすうす分かっていたことだけど、マジでクズだった。
捕縛の為の証拠集めのついでに協力者の洗い出しをするので、他にも怪しい人物がいるなら教えて欲しいとじんも……質問されたのだ。
とりあえずは私の判断でいいから悪質な噂を持つ者を教えろと言われたが、顔は知っていても名前や役職を知らない人もいる。その結果、ローガンについて回って人物確認ということになったのだ。
夜のお茶会は趣味の集まりで無害なので除外します。
たまにメイドに変装して噂集めしたりして集めた噂は、ローガンたちが裏取りをするらしい。
探偵小説みたいでちょっとだけわくわくしている。




