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67.王宮侍女はひた走る


空は高く青く澄み、白い雲は薄くたなびいている。

天気の良い日向は暖かいが、日陰は肌寒くなってきたこの頃。涼しい空気を吸い込みながら、私はなぜか必死に走っていた。


「遅いっ!残り三周っ!!」


女性にしては低い怒声を聞きながら気が遠くなる。

うそ、まだ三周もあるの。もうヤダ、苦しい。

無意識に足を動かして、辛うじて走っている状態なのだ。早足なら確実に抜かれている。なんなら歩いている人にも抜かれそうな気がする。


「気合いを入れろぉ!」


気合い。気合いなんかでどうにかなるのか。

無理だって。

はひゅはひゅと息を吸いながら、なんとか足を動かして歩く。気持ちは走ってる、気持ちは。

よろよろと走り終え、勢いのまま地面に転がる。

死ぬ。死んじゃう。

息をする喉も、肺も、酷使した足も腕も、全身が痛い。

見上げた空がムカつくぐらいに綺麗だった。

そこに影が現れた。


「休憩は終わりよ。立って」


情け容赦なく告げられた言葉に絶望する。

うそ。まだやるの。

ぜぇはぁと全身で呼吸をしながら、よろよろと起き上がる。満身創痍なのに、気を使って手を差し出す素振りさえない。悪魔だ。騎士道精神を学び直せ。


「他の隊員の練習量の半分もないのよ。楽でしょ」


騎士の訓練内容の半分も。と取るか、半分しかと取るかはそれぞれだろう。私はもちろん前者だ。

話せる状態ではないが、大声で物申したい。

私は侍女であって、騎士でも騎士見習いでもないんだよっ!!




私が騎士の訓練場に放り込まれた原因は、前日まで遡る。

帝国から帰国した翌日。侍女長に呼び出された私は、持ち主に似て重厚感たっぷりの部屋で転属を告げられた。


「喜びなさい、アンナ・ロットマン。本日付けで王太子付きです」


何か幻聴が聞こえたぞ。

厳格が服を着てるような侍女長が笑えない冗談を言った気がする。


「返事はどうしました」

「はいっ。申し訳ありません。あり得ない内容が聞こえた気がしまして…」

「驚くのも無理はありません。男爵令嬢が王族の専属侍女になるなど滅多にあることではありませんからね」


ですよね。聞いたこと無いから。

公の場に同行することもある専属侍女は、大抵が伯爵以上の令嬢や夫人がなるものだ。


「ですが、王太子殿下からのご指名です。先の帝国訪問の際に貴女の働きが認められたようです。誇りなさい」


なにやら良さげに言ってるけど、私がした事はマッサージぐらいしかない。

なぜだろう。専属となったら毎日やらされる気がしてならない。マジか。

だが、断ることができようか。

しがない貧乏男爵家の娘が王族の指名を断れるだろうか。下手をすれば実家もヤバい。


「ありがたく、拝命致します」


なんてこった。

まさか、私が王族に仕える羽目になろうとは。

あの仮面夫婦を間近にする日が来るのか。えぇ、マジか。笑ったり吹き出したり顔を顰めたりしちゃいそうだ。

かくなる上は、腹筋と表情筋を鍛えねばなるまい。


王太子の執務室で、王太子と王太子専属の侍従五人と侍女一人と対面した。

王太子の無駄にキラキラしい笑顔にムカついたのは今日が初めてではなかろうか。

貴賓室の仕事、気に入ってたのに。くそぅ。


「やぁ。今日から頼むよ」

「力不足ではありますが、務めさせていただきます」


「マッサージもね」という副音声は無視した。察しませんよ。

隣の部屋で仕事の説明をしてくれたのは、筆頭侍従のローガン・モリスさん。モリス侯爵の弟だと教えてもらった。

彼をひと目で侍従と分かる人はいないんじゃないだろうか。というぐらい筋肉マッチョなのである。

お仕着せの侍従服からでも分かる盛り上がった肩と腕、更に私よりもありそうな胸囲。

なんだそのムチムチボディは。


「よく来てくれた。歓迎するぞ。今後、我等一丸となって殿下をお助けし、お支えしていこう!」

「はい、よろしくお願い致します」


ノリが騎士団なんだけど、本当に侍従ですか?

握り拳を掲げるローガンさんに苦笑しながら、侍女のマルグリッドさんが一歩前に出る。


「私が王宮を去るまでに全て教え込むので安心してちょうだいね」

「だが、先ずは体力作りだなっ」

「では、午前中はソーン騎士団で、午後からは私ね」

「うむ。それで問題ないだろう。私も手が空いた時に仕事を教えよう」


ちょっと待て。なんかサクサク話が進んでいくが、ちょっと待って欲しい。


「あの、少しよろしいでしょうか」


片手を上げると、みんなの目が私に注がれる。


「あの、体力作りでなぜソーン騎士団の名前が上がるのでしょうか」


ソーン騎士団とは女性騎士のみで構成された騎士団で、女性王族の護衛や警護に付いている。

あの男装の麗人で、王妃と王女の愛人と噂高いあのリリアン様が所属する騎士団である。

正直、近寄りたくない。


「うむ。殿下にお仕えする者として、いついかなる窮地にも対応できるように、護身術を身につけねばならぬ。今回は急ぎの為、騎士団で体力増強と護身術を身につけてもらう予定だ。他については追々時間を見て追加していく事としよう」


ぶっとい腕を組んで、ひとりで納得しているが、聞き流せない発言ばかりである。


「殿下を守るために護衛騎士がいるのではないでしょうか」

「無論だ。護衛騎士共が両殿下の肉壁となるのは必然。だが、側でお支えし、お仕えするのは我等である。我等が最後の砦といっても過言ではない。もしもに備えて準備するのは当たり前であろう」

「はぁ……そう、ですね…?」

「そうだ!その時に役に立つのは己の体!そう、筋肉だっ!いいか、己で鍛え上げた筋肉は決して裏切らない。信じろっ、筋肉をっ!」


いちいちポーズとるの止めてほしい。

筋肉を盛り上げるからシャツのボタンが弾け飛んだじゃないか。


「二週間の短期間ですし、覚えて損はありませんからね。それに、私が引退したら殿下専属の侍女は貴女だけになりますから、体力は大事ですよ」

「はぁ………え?」

「あら?お返事がなってませんよ」

「申し訳ありません。あの、侍女が私一人、になる、の、ですか?」


侍従は五人もいるのに、侍女が私とマルグリッドさんだけ?そんなワケないでしょう。

いや、でも、目がマジだ。うそん。


「両陛下が結ばれたエピソードをご存知でしょう?殿下は早くに婚約者をお決めになってご成婚されたけれど、いまだに自分が「真実の愛」を教えて差し上げる「運命の相手」だと宣う愉快なお嬢さんがいらっしゃるのよ」


深々とため息を吐いたマルグリッドさんが言うには、王太子殿下を「婚約者に縛られたお可哀想な方」で「真実の愛」をお知りではないのだと妄想している残念なご令嬢が少なからずいたらしい。

近くに侍る侍女はその傾向が多く、迂闊に専属など決められないのだとか。しかも、過去には「真実の愛」だと言い出す侍従もいたらしい。流石に王太子に同情する。


「その点、貴女は婚約者がいらっしゃるし、侯爵さまの推薦ですし、殿下と妃殿下が大丈夫と判断されましたからね」


おほほほ。と軽やかに笑っているのが「遠慮しませんよ」と言っているようで背筋に冷や汗が流れた。

若干ひきつる顔をなんとか微笑ませたが、マルグリッドさんから穏やかに笑顔のダメ出しをくらった。あぅ…。


「明日から頑張りましょうね」


こうして逃げ場のない私の体力強化訓練が開始されることとなった。

後日、何度この時に戻れたらと思ったが、同時に戻ったところで未来は変わらないんじゃないかとも痛感した。


練兵場を十周、腕立て伏せを五十回、体を捻る腹筋を五十回、スクワット五十回。

恐ろしい準備運動でズタボロな私は室内運動場に連れて行かれ、護身術を教えてもらうことになっている。

いや、無理。

もう全身動かない。

座り込んで全身で息をして辛うじて生きてます。


「お久しぶりですね」


落ち着いた艶のある声が聞こえた瞬間、ぞわりと悪寒がした。

そろそろと見上げると、童話の王子様のようなリリアン様がにぃっと微笑んでいた。

でた。

来たくなかった元凶がここにいるよぉ。なんでここにいるんだ。王妃でも王女でも好きな方に付いとけよ。


「侍女にしては体力も根性もあると聞いてます。護身術は私が教えることになりました。頑張っていきましょうね」


イヤだ………嫌だぁぁああ!!

絶望で泣きそうになってる私の耳にリリアン様は顔を寄せた。


「君の口が固くて何よりです。おかげで訓練中に事故が起きなくて済みそうです」


うっすらと微笑む顔が恐ろしい。

誰かに話していたらどうなっていたのか考えたくもない。

あぁ、無事に二週間過ごせるだろうか。

腹筋を鍛えたいなんて思わなきゃ良かった。

誰にも聞いてもらえないが、大声で叫びたい。


私はただの侍女なんだよっ!!


お久しぶりです。更新遅くてすみません。

(詳細は活動報告で)

ゆっくりですが、次話はまた近いうちに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんというか、イロイロとヤバイ? (↑誉め言葉) アンナさん史上最大級の危機がダブルで到来しているようで、危険な胸騒ぎにドキドキワクワクが止まりません♪ [気になる点] 使える者はとこと…
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