63.王宮侍女は副業を考える
王太子妃とはお茶会で言葉を交わした程度で、王太子とちゃんと会うのは初めてである。前に会ったのは仕事の最中だったし、一介の侍女を覚えているわけないしね。
「お久しぶりね、アンナ。今日は雰囲気が違うのね」
「お会いできて光栄です、妃殿下」
雰囲気?違うとも。前回は侍女仕様で、今日は正装だ。ドレスに合わせて盛らずにどうする。
気になる胸部分はほんのちょっとだけ盛らせてもらった。誤差だ誤差。
いいよなー、出る人は出ててさ。オフショルダーのドレスも綺麗に着こなすんだから。
しかも、引っ込んでるところは引っ込んでるもんね。うらやまけしからん。
けっ。どうせ似合いませんよーだ。
「仲良くやっているようだな」
「ええ。両殿下にも負けないくらいに」
ルカリオさんの返しに王太子は笑って「重すぎて逃げられるなよ」と返していた。
そうですか。王太子の方がベタ惚れですか。
そりゃこんな美人な嫁がいれば愛でたくもなるわな。
隣国の王族がいるということで、待ち時間はそんなにかからずに謁見の順番がきた。
シルベルタ帝国の皇帝は体格の良い美丈夫で、うちの国王が勝てるのは厚みのある腹部ぐらいではないだろうか。
あと、なんというかキラキラしている。宝冠とか衣装じゃなくて、本人が。
直視するわけにはいかないので、ちらりと見ただけだが。………化粧してるよね。絶対に。
形よくキリリと整った眉の下、目元にはアイシャドウが入っているし、薄い唇は自然で血色の良い色が塗られている。
培った観察眼を舐めるなよ。
女装用の隠す化粧ではない。あくまで男性を意識した化粧だ。舞台俳優を薄くしたような、騎士団長を女装させる二、三歩手前というか。いや、騎士団長は女装しないか。
例えがむずかしい。
でっかい宝石が乗った指の先も綺麗に染まっているし、その指にも袖から覗く腕にも毛が見当たらない。もしかしてすね毛とか胸毛とか剃ってる?
確かめようはないんだけど、剃ってる気がする。もう剃ってることにしよう。
夫婦揃って泥パックやってるんだろうなぁ。
隣に座る皇后に負けない肌艶ってどんだけだ。
恐るべし、美容大国。
「あの小さな王子がかくも立派に成長したものだな」
「幼き時にお会いした時はその威厳に萎縮してしまいましたが、陛下はあの頃よりも貫禄が増しており驚いております」
「ははっ。世辞まで言えるようになったとは。余も年を取るはずよ」
「ええ。玉を手にできるぐらいには成長しました」
王太子が目配せするとビードル氏が持っていた小箱を侍従に渡し、その小箱は皇帝の前で恭しく開けられた。
中身を見た皇后の目の色が変わるのが分かった。
小箱の中身は、大粒の真珠を中心に小粒のエメラルドをあしらったブローチで、帝国の意匠にもある百合のデザインになっている。
何で知ってるかって?ルカリオさんに教えてもらった。ちなみに実物は見てない。残念。
「これは、見事だな」
「ええ、これ程の大きさは我が国でもそうありません。この先も続く陛下の御代をお祝いして贈らせて頂きます」
皇帝は皇后の満足そうな顔を見て、にやりと王太子に笑いかけた。人を食ったような表情似合うけど、どうしても形良く光る指先に目がいってしまう。
あのネイル、何を使っているんだろう。色もきれいだし。
後でビードル夫人に聞こうかな。
「そなたに吉報があれば、返礼せねばならぬな」
「近いうちにお聞かせできるように努めます」
「では急いで見繕わねば」
皇帝は手を叩いて笑い、終始和やかなムードで謁見は終了した。
その隙間で皇帝の指先や肌を盗み見ていたのがバレないのを祈るばかりだ。
謁見の後は舞踏会なので、時間まで一旦部屋に戻って休憩です。女性はその間にお着替えや化粧直しをする。
流石に王太子夫妻には部屋一つが与えられているんだけど、なぜかそこに呼ばれた私です。
マジか。
冷や汗と動悸が止まらない。
「エマリエ夫人に聞いたのだけれど、足の疲れを取れるのですって?」
侯爵夫人、何を話したのー!?
王太子妃にアレをしろと!?いやいやいや、無理じゃないかなー。
「それに顔もすっきりできるそうね?」
侯爵夫人ーーーー!!
叫びたい衝動をグッとこらえてなんとか笑顔を浮かべる。
培った侍女魂をみろ。
「皮膚を押すので、少しだけ痛みがございますが大丈夫でしょうか?」
断ってくれ。と暗に込めた願いも虚しく快諾された。しかも「優しくしてくださる?」と、大変愛らしい恥じらい顔で誤解を生みそうな返事を頂いた。
ごふっと体液を吐き出すかと思ったよ。
王太子妃の専属侍女に凝視されながら顔のマッサージをして、その効果に驚かれたまでは良かった。
足のマッサージは都合上、椅子に座ったまま私が跪いてドレスの中に手を突っ込んでやらせてもらった。
なんで王太子まで見学してるんですかね。見るな、緊張するわ。
初めての足マッサージに王太子妃がちょこちょこ「あっ、やっ」「んっ、んっ、あっ!」なんて色っぽい声を出すから、こっちの冷や汗が止まらない。やめて。ちょっと我慢して。
終わったのに、王太子まで体験してみたいとか言い出すが、時間がないので断ったら驚かれた。
え?だって私も準備あるし、無理じゃん。
こんな私も出席するんだから、ちょっと考慮して。
「では、今宵はこちらに泊まれば良い。部屋を準備させておこう」
………は?
え?はあぁ!!?
驚いてる間に皇宮にお泊まりが決定しました。
そして、明日の王太子夫妻へのマッサージまで決定してしまいました。
マジか。
私、本職じゃないんですよ。コツは習ったけど、素人なんだよ。侯爵夫人にあれこれやって王太子妃にやらないってわけにもいかないし。
って、聞け。二人の世界作ってイチャついてんな。
明日、ツボをゴリゴリ押しつぶすぞ。けっ。
侯爵夫妻とルカリオさんにことの成り行きを話すと、侯爵とルカリオさんに「あぁ」と悟ったような声を出された。なぜだ。
侯爵夫人は何も言わずに微笑んでいただけだった。それもどうだ。
まだ着替えも終わってないのにもう疲れたよ。
女性用にと用意された部屋で侯爵夫人から顔のマッサージだけ頼まれる。
ちょっとだけ面倒くさいと思ってしまったが、お世話になってる手前断る理由がない。
「ごめんなさいね。貴女の支度はうちの侍女たちにも手伝わせるわ」
「ありがとうございます。助かります」
手伝ってもらえるならお願いしたい。
一人で着るの大変だもんね。
「今日はね、私の親友に会えるの」
「それは楽しみですね。帝国の方なのですか?」
「えぇ。帝国の伯爵に嫁いでね。もう何年になるかしら……」
侯爵夫人は寂しそうに目を伏せた。
同じ国でも結婚後はそうそう気楽に会えなくなる事もあるのだから、国を跨げばその機会はさらに減るのだろう。
「では、今宵は楽しみですね」
「ええ、そうなのよ。少しでも綺麗になって彼女に会いたいのよ」
「まるで恋をしているようですね」
夢見るようにうっとりと語る侯爵夫人はまるで恋をする乙女のようだ。
「そうね。恋かもしれないわ。愛おしくて、同時にとても、憎らしいわ」
最後は独り言のように漏れ出た感じだったので、返事は返さず仕上げの化粧水をして後は夫人の侍女さんたちに任せた。
何かあったんだろうなぁ。とは思うけど、聞くことでもないしなぁ。
さて、私の準備を…と思ったらビードル夫人が興味津々といった目で私を見てくる。
知らないふりをするには、無視できないほどの圧に、少しだけマッサージをさせてもらった。
マジで副業にしちゃおうかな。




