7.王宮侍女は実家に帰る
今の職場では、週に1日の休みの他に年に3回、新年と社交シーズンの前後に1週間の休みがもらえる。
一斉には無理なので交代で休みを申請する事になっている。
アンナはこの休みの日の前半4日を実家に帰る事に充てている。
実家の領地は王都から半日以上馬車に揺られた先にある。移動にほぼ1日使うので、家にいるのは実質2日だ。
そこそこ王都に近いくせに特に特産もない小さな二つの田舎町がロットマン男爵の領地である。
途中で乗合い馬車を乗り換えて、ガタガタと道を揺られる。
道が悪いので、横に揺れるし、板張りに気休めの布張りをした椅子ではお尻が痛い。
それも見通しての自作クッションを持参しているので、そこそこ快適だ。
ついでに自作の首クッションも巻いて、膝掛けも取り出す。春先とはいえまだ肌寒いからね。
向かい側のおっちゃんから「姉ちゃん慣れてんなぁ」とお褒めいただいた。
いやあ、照れますな。
道が悪くなるにつれて実家に近づいてると感じる。
兄さん、もう少し街道整備やろうよ。これじゃ行き来だけで疲れるわ。
ダメ元で提案してみようか。多分、採用はされまい。
街道よりも農作物や町の補修の方が優先されるからね。
滅多に帰らない妹の我儘ぐらい聞いてくれる度量がもう少しあれば発展するんじゃないかなとは思う。まぁ、無理だろうな。
乗合い馬車を降りて、てくてくと歩く事しばし。陽が落ちる前にようやく見えてきたのは懐かしの我が家。
変わってないなぁ。
去年強風で割れた窓ガラス直してないじゃん。
強風で麦とか軒並み倒れたもんなぁ。どうせ私の仕送りもそっちに回したんだろうなぁ。
領民の生活も大事だけど、自分たちも大事にしてくんないかな。
「あれ、まぁ。お嬢様。お帰りなさいまし」
庭の菜園を手入れしていたマルムがふっくらとした体を起こして笑顔で迎えてくれた。
服も顔も土で汚れているが、変わらぬ温かい笑顔に頬が緩む。
「ただいま。父さんや兄さんたちは?」
「旦那様はカノーエの町に行っとります。坊ちゃんたちは見回りで、若奥様は婦人会ですよ」
「あら、誰もいないのね。まあ、いいわ。また2日よろしくね」
マルムはうちの家事を手伝ってくれるメイドさん。もう1人のヘレンと、執事のショーン、料理人のファーガンとレントがうちの使用人です。
後は町の庭師さんが週一で来てくれる。
執事と独身のレントがうちに住んでいて、他のみんなは町から通ってくれてます。
この少人数でも回せるんだから、家の規模は察して欲しい。
家に入ると自分の部屋に荷物を置いて、使用人のみんなにお土産を渡す。手荷物だから、本当に小さい物になっちゃうんだけど、結構喜んでくれる。
厨房に顔を出すと夕飯が近いせいか2人とも忙しそうに働いていた。
そこで思いついたのだ。
久々に父さんたちに手料理を振る舞ってみようと。
いい考えじゃない?
普段苦手とする料理をあえて頑張って振る舞ってみたら感激しない?
お土産に買ってきた珍しい岩塩もあるし、ちょっと使ってみよう!
意気込む私に料理人の2人はなんだか苦虫を噛んだ顔をしたけど、気のせい気のせい。
1品だけと言う約束で作らせてもらう。
そりゃね、今晩のメニューは決まってるんだし、そんな大した腕は無いので1品ぐらいしか作れないもんね。
よし!やるか!
気合を入れて材料をダン!っと真っ二つに切った。
帰ってきた父さんと義姉さんに「お帰り。ただいま」と妙な挨拶をしていたら兄さんたちも帰ってきたので、挨拶したら「帰るならちゃんと知らせろ」と怒られた。
「ちゃんと手紙を出したよ」
「届いたけど帰る日付けが書かれてなかったぞ」
え?ごめーん。
可愛い妹のうっかりじゃん。そんなに怒らなくてもいいじゃん。
お土産あげないぞ。
夕飯前に渡した土産は結構喜ばれた。
悩みに悩んだ義姉さんには香油を入れるガラス瓶にした。匂いがあるものって好き嫌いが分かれるから難しいもんね。容器なら匂いは関係ないし。
なかなかに好評でしたよ。
そして、夕飯の際に私の手料理をババーンと披露してみた。
んふふふ。凄いだろう?
「本日はお嬢様が皆様の為に一品作られました」
なぜか視線が斜め下になっているファーガンの説明にみんなの視線が目の前に並んだ皿の一つに注がれる。
その名もアンナちゃん特製オムレツ〜♪
まぁ、少し焦げたけど。ちょっとだけだし、大丈夫、大丈夫。
味見はしてないけど、たぶん大丈夫、大丈夫。
「アンナ。あれほど料理はするなと言っておいたのに…」
「なんでオムレツが茶色なんだよ、卵の黄色がカケラもないんだよっ」
「何入れた?なぁ、この中に入ってる茶色いどろっとした物はなんなんだ」
「あの、せっかく作ってくれたのだから頂きましょう?」
父、長兄、次兄、義姉の賑やかな反応が懐かしい。帰ってきたなーって感じになる。
しみじみと感慨にふけっている中、意を決した父さんが一口食べてくれた。
顔色が瞬時に悪くなる。
どうしたの?
「父さん!無理しないで吐いて!」
「しょっぱっ!お前味見してないだろっ!ニナ!食べちゃダメだ!危険すぎる」
「でも、一口ぐらいなら」
「ダメだ!アンナの料理に耐性がないんだから口にするなっ!」
「父さん、無理して飲み込まなくていいですからっ!ファーガン、これは下げて!」
長兄と次兄がうるさい。
なんだ、人の料理を危険物みたいに扱いやがって。ちょーっと失敗しただけじゃん。
ぶーぶーと文句を言えば3倍になって怒られた。
解せぬ。
「いいか、アンナ。お前は金輪際、料理をするな。お前の料理の腕は壊滅的すぎる。いいな?分かったな!?」
長兄の懇々と諭すような説教に一応了承したけど、納得いかぬ。
せっかく作ったのにさ。
膨れてると、父さんが「気持ちはとても嬉しかったよ、ありがとう」と頭を撫でてくれた。
貴族なのに農作業を手伝ったりするゴツゴツした父の手に、子どもに戻った様で少しだけ気恥ずかしかったけど、嬉しかった。
料理は諦めて、翌日は屋敷中を掃除して回った。
これは得意分野なので、マルムとヘレンにも感心された。
王宮で日夜腕を磨いてますからね。1日かけて窓も床もピカピカに仕上げましたよ。
高い所は無理だから、手の届く範囲内でね。
ヘレンはまだ若いけど、マルムは腰痛持ちだし、頑張るよ。
「本当に、掃除だけは完璧だよな」
「貴族令嬢には要らない特技だけどな。それよりニナに刺繍でも習え」
兄たちよ。褒めるならちゃんと褒めろ。
刺繍など遠慮したいところだが、やる気になった義姉さんの誘いを断れず2日目は刺繍三昧となった。
刺繍好きな義姉さんの指導は意外とスパルタで、私の刺繍の腕前が上がった気がする。
まぁ、一応合格は貰えたよ。
しかも、次の帰省までの宿題まで貰ったよ。
なんてこった。
そんなこんなであっという間に2日は過ぎて、帰る日になった。
なんで来た時よりも荷物が増えるんだろうね。
帰省の不思議。
じゃあ、また手紙書くね。とみんなに手を振って乗合い馬車に再び揺られる。
ガタンゴトンと揺られながら、外を見れば懐かしい景色。
あー、あの橋新しくしたんだ。とか、あの水車小屋まだある。とか、あそこの木に登って果物取ってたよなぁとか、ちょっとだけノスタルジーを感じてしまった。
だが、隣の親父のイビキがそれを台無しにするので、素早く耳栓を装着した。
オムレツの中身はキノコと玉ねぎを炒めまくった物です。たぶん苦くてしょっぱい。
アンナは隠し味に凝って失敗するタイプ。