62.王宮侍女は強がってみる
式典の初日は朝から花火が上がった。
朝ご飯を食べてる時間だったので普通にびっくりした。
外交官は式典に参加しなくても仕事があるらしく、ルカリオさんは朝食を食べたらビードル氏とお仕事に行ってしまった。私も朝から侯爵夫人の手伝いに駆り出されている。
昨日のマッサージが効いたのかむくみも疲労も見られない侯爵夫人の肌艶は良好。なので、今日は引き締めマッサージをしてからメイクをさせてもらう。侍女さんたちは補助に徹して見学するんだとか。プ、プレッシャーぁぁ。
昨夜の泥パックのおかげで、侯爵夫人もぷにぷにです。
んふふふ。昨日入手した化粧品のお披露目ですよ。ビードル夫人と相談して買ったんですよ。
んふふふ。帝国って基礎化粧品も種類が豊富なんですよ。マジですごいのよ。
あー、語りたい。昨日、ルカリオさん相手に喋ったけど語り足りない。でも、侯爵夫人相手に語るわけにもいかないからね。抑えました。
本日は、控えめながらも品の良い基本に忠実なメイクです。衣装も落ち着いたクリーム色に国旗にも使われている青が差し色になっている。
元が美人だから、ベーシックなメイクでも十分お綺麗なのよね。うらやま。
お迎えに来た侯爵もぷに肌だった。頼み込んで眉だけ整えさせてもらった。ちょっと満足。
侯爵夫妻を送り出したら、明日の準備ぐらいで特にやる事はない。
そんなワケで、今日もビードル夫人とお茶会をしている。夫人は後で用事があるそうなので、それまでの時間潰しである。
「貴女、侯爵夫人とお付き合いがおありになるのかしら?」
ビードル夫人の目がキラリと鋭くなった。
お付き合い……あるようなないような。どう言えばいいんだろうなぁ。
「幸運にもお目通りする機会がございまして。ですが、どちらかといえば専属の侍女の方々と親しくさせてもらってます」
「あら、まぁ。そうねぇ、貴女とならメイクの話で盛り上がりそうだわねぇ」
「はい。昨晩も夫人に教えて頂いた泥パックや化粧品の話でつい話し込んでしまいました」
牽制なのか、探りを入れるような会話を選んでくるので、無害ですよーと返しておく。
侯爵夫人に取り入ってるように見えるのかもなぁ。少しは気に入られてると思うけど、周りがどう見るかだもんね。
別の話題を振れば、承知の上でその話に乗ってくれるビードル夫人はいい人かもしれないし、油断ならない人かもしれない。
「それはそうと、ねぇ。私、気になっていたのよ」
お茶のお代わりを注いだタイミングで、ビードル夫人がずいっと身を乗り出してきた。
「どうして、別々の部屋を使うのかしら?」
「……え?」
「あら、まぁ。いやねぇ。貴女たちのことよ。婚約しているのに部屋が別々なんて、ねぇ。寂しいでしょう?」
「あ、えっと、その……」
「私たちの時代は結婚するまではしたないなんて言う人もいたけど、昨今はそんな事もないでしょう?それにね…」
ちょいちょいと手招きされたので体を寄せると、内緒話をするように私の耳に口を近づけ囁いた。
「意外と大事なのよ。体の相性って」
「あっにゃ、あいしょ…って…」
相性って、相性って、相性ってーーー!!
アレですか、アレですよね。
「あら、まぁ。まぁ、初心ねぇ。大丈夫よ。最初は殿方にお任せなさい。でも、ねぇ、無理な注文に応える必要はなくってよ。こちらが主導権を取るおつもりでおいきなさいな」
「主導権…」
「そう。今後の夫婦生活にも関わる大事な戦。そう、女の戦なのですわ」
その後、目の据わったビードル夫人に滔々と心構えを聞かされる羽目になった。
戦って。夫人はなにと戦ったの。そして、私はなにと戦うの。
お茶会を終えて、自分の部屋でベッドに仰向けに転がっている。
別に、ルカリオさんと一緒の部屋が嫌ってわけじゃなくて、なんか照れ臭くて部屋は別でって言っちゃったんだよね。
まさか、首都に着くまでずっと別だなんて思わなかったんだもん。最初に断ったせいか、こっちから言い出しにくいし、向こうは向こうで聞かないし。
……いや、残念とか思ってないから。もう一回ぐらい確認で聞いてくれてもいいじゃんとか思わなくもないけどさ。
それに、到着してから何も聞かれないまま別々の部屋になってるし。
いや、残念とか思ってないし。
そりゃあ、最初に言ったのは私だけど、ああもあっさりと承諾されるとなんか拍子抜けというか、残念というか。
……いやいや、何を言ってるんだ。残念じゃないし、
まぁ、でも、もうちょっと粘ってくれてもいいんじゃないかなぁとか、思わなくもなくもないというか…。
馬車の中であんなにベタベタしてきたくせに、あっさり引くなよ。
むぅ。なんかもやもやする。
抱きしめていた枕をぼすぼすっと殴ってみたが、あまり気持ちは晴れなかった。
別に、そういうのに興味がないわけじゃないよ。
だって、好きな人に触れたいって思うのは、普通でしょ。…普通よね。普通だよね。
人がヤってる場に散々遭遇してきたけど、見聞きするのと体験は違うんだよぉ。キスだけでいっぱいいっぱいなのに、その先?無理無理無理。
待てよ。そういう事するって事は、脱ぐの……?いや、着ても出来るけど、そうじゃない。初めてが着たままとか嫌すぎる。
遭遇したアレコレが頭の中をよぎる。
待て。待てまてまてまてぇぇぇ。
首から下に視線がいく。
「ぅぎっ」
無理だ。無理だって。むりだってぇぇぇ。
ダメだ。泣きたい。
それに脱ぐのは私だけじゃない。…………いや、無理。
絶対に無理じゃん。
見せる勇気も見る勇気もない。いや、見たい気持ちはちょっとある。ちょっと、かなり……たぶん。
違うちがう。これじゃ私痴女じゃん。ちがうからっ。
婚約者だからって、そう簡単に許しちゃダメじゃない?
そう、そうだよ。だって子どもができる可能性があるんだよ。迂闊な事をしちゃダメじゃん。
結婚してからでも遅くない………よね。うん、遅くない。
上半身を起こしてヘタれた枕を抱きしめれば、ふんわりとした感触がお腹に当たる。
もしも……もしも、私のここに赤ちゃんが来たら、ちゃんと愛せるのだろうか。
身勝手なあの人の血をひく私が、ちゃんと愛せるのだろうか。
父からも、兄たちからも、姉からも、ちゃんと愛されていたはず。だから、大丈夫。
でも、ふと不安になる。
–––––––本当に?と。
「アンナ?いますか?」
「うぎゃっ!」
深く暗い思考に落ちそうになった矢先に、ノックと同時に声をかけられて奇声が出た。
あー、びっくりした。
バクバクする胸を抑えながら扉を開ける。
そこには八つ当たり対象の婚約者がムカつくぐらい穏やかに微笑んでいた。
「お祭りデートしてくれますか?」
「っ!喜んで!」
さっきまでのもやもやとかムカムカを吹き飛ばしてその手を取った。
暗い考えはとりあえず置いておこう。
仕事を前倒しで頑張ってくれたルカリオさんと少しだけお祭りデートを満喫した。
パレード?
串焼きの列に並んでたら通り過ぎていった。遠目に騎士の豪華そうな兜飾りは見えたので、見たことにしようと思う。
侯爵夫妻は皇宮にお泊まりだそうで、その夜の晩餐でビードル夫人の会話の相手は主に私という事になった。
パレードの詳細を微に入り細に入り語ってくれたので、聞かれても困ることはないだろう。
困ったのは、夫人が昼間の話を蒸し返す事だった。
どうなの?どうなのよ?と聞かれ、部屋を変更する手間をかけるのも申し訳ないのでもうこのままでいいと答えた。
うん、嘘じゃない。これは逃げじゃない。
「あら。まぁ、まぁ。そぉお?でも、ねぇ、彼の事は好きなのでしょう」
「えっ、あ、それは、はい」
「あら、あら、まぁ。そうよね、そうよね」
おほほほ。とにんまりと笑うビードル夫人に不安を覚える。その後はビードル氏が会話を振ってきたので夫人とそれ以上話す事がなく晩餐は終了した。
そんな感じで初日を終え、今日はとうとう出番である。出番といっても、ルカリオさんの添え物と言ってもいい。国の使節団ひとまとめで謁見するので、正確には王太子夫妻の添え物である。料理でいえば肉の添え物になる葉物野菜ぐらいだろうか。もしくは、食べられる可能性が低いハーブか。
メイン料理の王太子夫妻とは、謁見の場所となる皇宮の控室でお会いした。
外見も内面も両親の良いところだけを取ったような王太子と、おっとり美人な王太子妃が並ぶと近づくのを躊躇ってしまう。
さすがメイン料理。極上霜降り肉。
王太子夫妻と会話している侯爵夫妻も麗しい。王太子夫妻がメインの肉料理ならば、侯爵夫妻は魚料理だろうか。
そこに口直しのシャーベットか前菜のビードル夫妻が加わる。派手さはないけれど、堅実で確実な感じだ。
私は食べられるか微妙なハーブだとしても、ルカリオさんはなんだろう。スープ?サラダ?食後にホッとするコーヒー?
うーん、全部似合いそう。
そんなくだらないことを考えていたら、私とルカリオさんも侯爵夫妻に呼ばれ、王太子夫妻とお話することになった。
私の繊細な神経がもつかな。
最近、恋愛ジャンルじゃないかというぐらい恋話になっている気がする。変態どこだ。