61.王宮侍女は揉みほぐしたい
いざ、ルカリオさんの部屋に突撃!とはいっても隣なんだけどね。
ノックするとさっきと変わらない服装のルカリオさんが現れた。
「え?お風呂まだなんですか?」
「なんだか、気持ちが落ち着かなくて。でも、入ってきた方がいいですよね」
「当たり前じゃないですか。綺麗にしてきてください」
「じゃあ、すぐに行ってくるから待っててくださいね」
両手で手を握られ食い気味に懇願された。
私から来るって言ったのに帰るわけないじゃん。
「準備して待ってますから、綺麗にしてきてくださいね」
照れ臭そうな顔をしてお風呂へと行くルカリオさんを見送って、部屋をざっと見回した。
部屋の構造は同じらしい。キャビネットの下の引き出しを開けると予想通り予備のリネンやタオルが入っている。
よし、準備をしようか。
思っていたよりも早く戻ってきたルカリオさんの髪はまだしっとりと濡れていた。
「まだ濡れてるじゃないですか。ほら、こっちに座ってください」
手を引いて鏡台の椅子に座らせる。
ルカリオさんの後ろに立って、水滴が滴る髪をタオルで包む。短いから早く乾きそう。あ、枝毛発見。でも鋏がないので見逃してやろう。
ふっ。命拾いしたな。
「さて。じゃあ、始めますね」
「え?」
新しいタオルをデコルテにかけると、ルカリオさんが驚いた声を出した。
え?なに?どした?
鏡台に置いていた容れ物を手に取り実物を見せる。
「乾くのに時間が少しかかるので、早めの方がいいですよ」
「えっと、それは?」
容れ物の中に指を突っ込んで持ち上げると、灰色の液体がとろりと糸を引く。
「さっきお話しした泥パックです」
変なものじゃないよと気持ちを込めて笑顔で答えたのに、ルカリオさんは両手で顔を覆ってぶつぶつと何かを呟いている。
「分かってた」とか「そんな上手い話が」とか漏れ聞こえる。
いや、そんな上手い話があったのよ。このパックだけでプル艶なお肌になれるんですよ。嘘じゃないよ。
「大丈夫ですよ。私がちゃんと体験してきましたから。顔に塗る時はちょっとだけ気持ち悪いかもしれませんけど、洗い流したら、ほら、分かります?ぷるぷるなんですよ、ほらほら」
分かりやすいように顔を近づけて頰を指差す。
一回で肌が吸い付くようにしっとりとして、ぷるんとするのだ。すごいでしょ?すごいよね。
ぷち興奮状態の私は気が付かなかった。
ルカリオさんの雰囲気が変わったことに。
伸ばされた手の平が頰を包み、長い指が耳の後ろをつぅと撫で下ろす。
くすぐったさに肩をすくめると、間近にある目が射抜くように私を見ていた。
「本当ですね。まるで吸い付いてくるみたいだ」
「……んっ」
ふっと笑ったルカリオさんの手が首筋を掠める。ぞわりとした感覚は悪寒とは違い、押し殺した吐息が漏れた。
なに、今の声。
恥ずかしすぎるっ。
このままじゃいかん。なんかダメな気がする。
「ぱ、ぱぱ、ぱっく!ぱっくしまひょう!」
噛んだが、構わん。
この空気が払拭されるなら問題ない。
ルカリオさんは目をも開いた後、小さく吹き出して笑った。
「そうですね、パックしましょうか」
一通り笑い終えると、椅子に座り直してくれた。
てか、思い出したように笑うのやめて。
もぉ、パックに皺が入るじゃん。
翌日は朝から騒がしかった。
習慣で早起きしてたおかげで、身支度は完璧。
ざわざわと騒がしい階下を見下ろすと、早朝にも関わらず多くの人が行き来している。
何事かと見ていると、その中に見知った人を発見。
「マ……んんっ」
「侯爵さま」
やべ。マリアンヌさんって言いかけた。
慌てて口を塞いだ私の頭上からルカリオさんの驚いた声が聞こえた。
いつのまに!?
背中を覆うように密着してるんですけど?朝から心臓に悪い登場しないでくれ。
振り向いたクリフォード侯爵の横に奥様も発見。
今日到着とは聞いていたけど、こんな早朝とは思わなかった。早すぎない?
二人で階下に降りると、少しだけ疲れを滲ませた侯爵様がふっと笑う。その疲れさえ色気に変わって見えるから不思議だ。
侯爵がそうなのだから、奥様は更にお疲れだろう。それでも毅然と立っている姿が眩しい。
「ああ、君たちか。おはよう」
「おはようございます。お早いお着きですね。驚きました」
ルカリオさんは侯爵様と何やら話し始めたので、私は奥様にご挨拶をして手伝いを申し出た。
顔見知りでもある奥様付きの侍女と相談して、お疲れの見える奥様のケアを任される。
だって荷解きを手伝うわけにはいかないからね。環境を整えるのは彼女たちの仕事だし、プライド持ってやってる場を荒らしちゃダメでしょ。
そんな訳で、必殺技のお披露目なんですよ。
ふふふ。んふふふ。
準備を整えた私の前には、楽な部屋着に着替えてベッドにうつ伏せになった奥様がいる。
イケナイ事をしている気分になるのはなんでだろう。
「では、参ります」
一言告げて、そっと裸足の足首に触れる。ほんの少し力を込めると足の指がピクリと動いた。
もう少しイケる。
確信を持った私はクリームまみれの両手で圧を加えながら、足首から膝裏まで手を滑らした。
「あっ、ぁあっ」
奥様の控えめな声にお付きの侍女さんたちが反応したが、奥様の表情を見て力を抜いた。
あれ、反応次第では、私取り押さえられてない?いや、でも大丈夫っぽい?
まぁ、いいや。再開。
再度足首から膝裏まで。今度は外側を親指で押すようにして、内側もやる。
反対の足も終えたら、次は足裏。指一本一本丁寧に揉んで、足裏を押していく。
「あっあ、やっ、そんなっあぁ」
誤解を受けそうな奥様の声だが、ほぐし屋にゃんにゃんでも同じような悲鳴が飛び交ってるので問題ない。まぁ、あっちは中年男性がほとんどだったけど。
このマッサージ、Sなキティちゃんから教えてもらったんだよね。
見惚れるほどのキラキラ笑顔で「こうすると、ちょっと痛いけど効くのよ」とツボらしき部分を遠慮なく揉まれた時は、涙と悲鳴が出た。そんな体験要らない。
もちろん、侯爵夫人にそんな事はできないので、ちゃんと加減してやっている。………あれ、私が痛い思いをする必要なくね?
いや、なんか意図があるんだろう。そう思わなきゃ当時の私が浮かばれぬ。
「失礼します」
足を終えて、ちょっと申し訳ないけれど奥様の体に跨って腰に手を添える。
うわ、細っ。じゃない、よいしょっと。
「んあっ」
腰を押しただけで、鼻に抜けた色っぽい声がでる。
構わずに、背骨に沿って揉みほぐし、肩甲骨に指をそわれば「んっ」と漏れた声にときめいてしまった。
やばい。ちょっとだけキティちゃんたちの気持ちが分かった気がする。あくまでもちょっとだけ。
これ、侯爵様に聞かれたらヤバいかなぁ。なんて呑気に考えながら全身を揉みほぐして、処置を終えた。
奥様には水分を取ってもらい、しばらく横になっててもらう。
その間に侍女さんたちに泥パックの話をしたら知ってはいるけど、まだ試した事はないらしい。最近の帝国事情を知ってるだけでも凄いよね。さすが侯爵家。侯爵様が外務大臣だからかも。
余分に買った泥パックを侍女さんに渡して、そのまま化粧談議で盛り上がったのは言うまでもない。
ちなみに、侯爵夫妻を交えた晩餐の後に侯爵様の足も揉んだ。流石に背中は無理だけど。
イケオジの漏らす声もなかなかでした。
側にいたルカリオさんが微妙な表情をしていたので「後でしましょうか?」と聞いてみたが、熟考の末に断られた。残念。
なにか葛藤があったらしいがそっとしておいて欲しいらしい。
うん、よく分からん。
イケオジの漏れ出る声、たまりません。
メイクにマッサージ。アンナはにゃんにゃんに就職するつもりなんだろうか。(させねぇよ? と“我が家”みたいなツッコミをしてみる)