60.王宮侍女はお揃いを手に入れる
王都を出発して五日目。
ようやくシベルタ帝国の首都ノヴァイスルクに到着した。
長かった。
本当に長かった。
旅程は順調で予定通りだったが、気持ち的にとても長かった。
「もう到着してしまうなんて、本当に残念です」
私の横にピッタリとくっついたルカリオさんが大げさにため息をつく。
私といえばぐったりとくっついたまま魂を飛ばしていた。
ノヴァイスルクにある大使館に到着するまでの間、婚約者の距離感を実地で教え込まれた。もう、赤面する気力もないほど教え込まれた。
呼び捨て?敬称抜き?どんときやがれだ。今なら連呼だってできる気がする。
呼び捨てされるのも、慣れた。慣れたはず。たまに挙動不審になりそうになるけど、大丈夫。うん、たぶん。
恋人繋ぎも、あーんで食べさせ合うのも、頬や額にキスするのも簡単にできるぜ、ちくしょう。ついでに、今みたいにぴったりくっついて座るなんて朝飯前だ。どんときやがれ。
馬車で膝の上に座らされた時は、早々に下ろしてもらった。絶対に重いから負担がすごいはず。てか、普通に座った方が精神的にも肉体的にも楽だと思うのよ。思うよね。
婚約者ってこんなことを普通にやってるのかと聞いたら「恋人同士だからですよ」と返された。違いが分からん。
まぁ、いい。これで、あの恥ずかしい特訓は終わった。勝ち抜いた私は勝者だ。
今日は大使館の宿舎でゆっくり寝るんだ。ふはははははは。
「ほら、掴まって」
先に降りたルカリオさんの手を取ったはずなのに、なぜか腰を掴まれて子供みたいに縦抱きされていた。
早業すぎて、意味がわからん。
「歩けるから下ろしてください」
「私が抱いていたいので、我慢してください」
「そうやって私の意見を無視するのはどうかと思います」
「あぁ。すみません。横抱きの方が良かったですよね」
手の位置が変わったと思ったら横抱きになっていた。
なにが起きた。
「手品師……」
「外交官ですよ」
外交官兼手品師だ。
いや、そうじゃない。職業の話じゃなくて……サラッとこめかみにキスするな。
ここで暴れるのも危ないし、なにを言おうが止める気なさそうな彼との問答もちょっとめんどくさい。
まぁ、いいか。
諦めて首に手を回して落ちないようにする。それと、周りの視線を見たくなくて肩口に顔を伏せてやり過ごすことにした。
そうして、記念の一歩を踏む事なく羞恥に耐えながら首都入りしたのである。
今年は、シベルタ帝国のヨーゼフ皇帝が在位二十年ということで、記念式典が開かれる。
帝国内の貴族や属国を始め、友好国が式典に参列する為に続々と首都へ集まっているのだ。
うちの国は国王の名代に王太子と王太子妃が出席し、外交関係で、外務大臣のクリフォード侯爵夫妻とルカリオさんと私、そして駐在大使のビードル夫妻が出席する。他にも学者とか有名人が招かれているそうだが、私に関係ないので割愛する。
ちなみに王太子夫妻は三日前に到着し皇宮に滞在している。侯爵夫妻は明日到着の予定だ。ギリギリまで仕事をするから前日到着という強行軍で来るらしい。夫人も一緒なのにそれでいいのか。
二日後に行われる式典初日は、皇帝が大聖堂で法皇から祝福をもらうそうだ。自宅でパパッとやっちゃダメなんだろうか。ダメなんだろうな。
式典には王太子夫妻と侯爵が出席するので、私たちはフリータイムとなる。こういう、宗教絡みの式典では聖職者による有難くも長い説教タイムが付き物なので、出なくていいならそれに越したことはない。
式典が終われば、皇居までパレードして夜は祝賀の晩餐会がある。これは全員出席らしい。会場が三箇所に分かれるというだけでも、規模の大きさが分かる。
晩餐会で密かに期待しているのが、帝国流のチーズ料理だ。もしかしてうちのチーズが?なんて。ちょっとだけ思ったが、いくら高品質でもそれは無いだろう。うちのチーズが使われていたところで食べただけで分かる気もしないが。
二日目は祝辞を述べる謁見があり、夜は舞踏会だ。三日目は大規模な夜会でやっと終わりである。
大忙しだ。
皇帝も招待客も忙しいが、裏方はさらに大忙しなことだろう。
頑張れ。
最終日は夜に花火が上がるらしい。これはすっごい楽しみ。
頑張れ、職人。
ルカリオさんと私は、二日目と三日目に出席するので、舞踏会用と夜会用のドレスを用意している。もちろん、装飾品一式に靴までルカリオさんからの贈り物だ。
婚約者からの贈り物なんだから遠慮なく受け取ればいいのに、思わず総額を予想して戸惑ってしまった。まだ慣れないんだよね。
「お揃いなんですよ」と笑顔で披露してくれた夜会用のドレスは、同じデザインのサイズ違いの二着。
お揃い……。
思わず、どんなお化粧にするか考え込んでしまった。せっかくのお揃いなら化粧も似た感じにしたい。私は一体どれだけ盛ればいいのだろう…。
いや、それは帰ってから悩もう。そうしよう。
貴族は大忙しだが、市民は一週間もお祭りをやるらしい。やだ、楽しそう。
異国のどんちゃん騒ぎを見てみたい。ついでにお土産も買いたい。
首都ノヴァイスルクは五つの街の中央に皇居がある造りになっている。それぞれ特色が違うそうなので、祭りの様子も違うのだとか。
なにそれ、見たい。制覇したい。
無理だけど。時間的にも距離的にも無理だけど。
涙を飲んで我慢するしかないのか。
仕方ない。ルカリオさんが仕事をしているのに、一人で出かけるのは気が引ける。
仕方ない。うん、仕方ない。
「いいですよ。帰る前なら時間が取れますから一緒に出かけましょう」
ダメ元で聞いてみたらオッケーいただきましたあぁ!
大使館がある街だけだが、そんなことは問題ではない。見に行けるということが嬉しいのだ。
駆け出さない、手を離さないとなどと条件を出されたが、それは子どもにする注意事項では?
まぁ、いい。知らない異国で迷子になりたくないので、ルカリオさんに任せよう。
その手をしっかり握って離さないので、覚悟してもらおう。
到着した日からルカリオさんはお仕事である。大使のビードルさんと打ち合わせだの挨拶だのと忙しいらしい。
そして、私は暇である。ついでにビードルさんの奥さんも暇である。
「泥なんですか?」
「そうなの。驚くでしょ。でもね、もう全然違うのよ。それもお風呂上がりが一番効果的なのよ」
「それでビードル夫人のお肌はお綺麗なんですね」
「あら、やだ。そんなことないわよ」
「そんなことありますよ。お会いした時から肌が綺麗だと思ってました。どんな化粧水をお使いなのかぜひともお聞きしたいです」
「あら、やだ。そんなことないわよぉ。まぁ、でも、お聞きになる?」
「ぜひっ!」
暇を持て余した私たちは大使館の一階でお茶会中である。
この機会に聞きくてうずうずしていたことを聞いてみることにした。挨拶をした時から気になっていたのだ。ビードル夫人の肌が。
三十代前半だと聞いていたのだが、肌がきめ細やかで艶々していて絶対に実年齢よりも若く見える。顔は化粧で誤魔化せるが、年齢が出やすい首や手は誤魔化せない。その首と手が若々しく綺麗なのだ。
化粧水のせいかと思ったが、最近帝国で流行っている泥パックも一役買っているらしい。
東部にある温泉地の泥を使ったもので、数日で固まってしまうので国外はおろか首都近辺までしか流通できないらしい。
「はわわわ。見たことない化粧品ばかり。このパレットの色すごい素敵〜」
「綺麗でしょ。今年の新色なのよ」
「化粧品も素敵ですけど、お道具も素敵ですね。このブラシはどう使うんですか?」
「あら、やだ。基本的な物しか揃えてないのよ。でも、まぁ、大使の妻ですもの、それなりには、ねぇ」
知らなかったけど、シベルタ帝国は美容に関してかなり力を入れているらしい。
ビードル夫人が教えてくれる化粧品や化粧道具に私の目は釘付けである。なんなら今から買い付けに行きたい。泥パック買いたい。
お世辞抜きで褒め称えたおかげか、ビードル夫人と買い物に行き無事に泥パックをゲット。化粧道具も色々買いました。至福すぎる。
その晩のディナーも美味しくて、上機嫌だった私にルカリオさんがにこやかに話しかけてきた。
「何か良いことがありましたか?」
「そうなんです。ビードル夫人に良い品をたくさん教えて頂いて、その上買い物にも付き合ってもらったんですよ」
「そうですか。夫人、私の婚約者がお世話になりました」
「あら、やだ。可愛いお嬢さんとお買い物ができて、私も楽しかったですわ」
おほほほ。と笑うビードル夫人とまた化粧談義で盛り上がる。
ルカリオさんも混じりたいと思うが、この場は仕方ないのでお仕事話で盛り上がってもらおう。
楽しいディナーを終えて、食後の紅茶を待っている間にルカリオさんに話しかける。
「あ、そうだ。ルカリオさん、後でお部屋に行ってもいいですか?」
「え?あ、ええ、はい」
「良かった。では、お風呂の後に伺いますね」
「え…あ、その、お待ちしてますね」
ビードル夫人は「あら、やだ。若い方は積極的ね」と頬を染めて笑っていた。こっそりと「頑張ってね」と応援してくれたので、笑顔で「はい」と告げる。
なにやらルカリオさんはビードルさんに肘鉄を食らっていたけど、どうしたんだろう。
その後、早めにお風呂に入り、準備は万端。
さあ行くぞ!ルカリオさんの部屋に突撃だ。
「さん」付けがなかなか抜けないアンナです。
脳内で「さん」付けしてても気づかれないからオッケーとか思ってるけど、ポロリと出るよねー。
*ここも首都名の変更し忘れていました。
誤字報告ありがとうございます。




