書籍発売記念SS ★ 王宮侍女と心霊ツアー
昨日発売日でした。
皆さま、ありがとう!の第二弾SS。
それは、王宮侍女となって一年目の春の終わりだった。
ちょうどかち合ったダリアと晩ご飯を食べてるとルネとエレンもやってきて一気に賑やかになった。
誰それがカッコいいだの、侍女頭がサボっていただの、わりかしどうでもいい会話をしていると、不意に一瞬だけ食堂の喧騒が途切れた。
それはほんの一瞬の、けれども違和感を感じるには十分な瞬間。
「通ったわね」
ぼそりと聞こえた左側を向けば、いつ座ったのか見たことはあるが話した事はない同僚が座っていた。
真っ黒な髪を後ろで三つ編みしてスッキリさせているのに、前髪だけが目を隠すほど長い。
見づらくないの?
「何が?」と聞けば、薄い唇を横に伸ばしたどこか歪な笑みを浮かべる。
「幽霊よ。力の強い幽霊が人の間を通り抜けると音が途切れるのよ」
「ええ!!そうなの!?」
「そうよ。どんな霊が通ったのか教えてあげましょうか?」
「えぇ、それは怖いかなぁ」
「見えない方が幸せかもね」
見えている口元が皮肉るように歪んだ笑みを刻む。
いやぁ、怖いぃと楽しそうな悲鳴をあげるエレンたちを見る前髪さんはどことなく嬉しそうだ。
「だれ?」
反対隣にいるルネに尋ねると、彼女は肩をすくめて教えてくれた。
「ガブリエラよ。幽霊が見えるらしいわ。あんまり見えるから前髪を伸ばして視界を暗くしてるんだって」
「ふぅん」
見えないように隠しても見えてるんだよね。隠す意味とは?
見たいの?見たくないの?
私は今まで見たことないからなんとも言えないけどさ。
「えぇ〜、怖くない?」
「でも興味あるでしょ。ガブリエラも一緒なんだし、大丈夫じゃない?」
「タチの悪い霊がいたら教えてあげるわ」
盛り上がってんなーって他人事のようにご飯の続きを食べていたら、食べ終わったタイミングでエレンに「ね!アンナちゃん」と強めに言われ「あ、うん」と頷いてしまった。
「えへへ。楽しみねだね!」
「あぁ、うん。……で、なに?」
エレンじゃなくてルネに尋ねると「心霊ツアーだって」と苦笑気味に言われた。
王宮にある有名な心霊スポットを回るツアーを思いついたらしい。雰囲気を出す為にも、仕事が終わった夜に決行なんだとか。
え?寝たいんだけど。
安易に頷いてしまったので、付き合うことは確定だ。
なんてこった。
美味しい晩ごはんを食べ終わった夜半。
昼間よりもぐんと人の数が減った王宮は、夜勤組が眠気との静かな闘いを繰り広げているはず。
そんな一角に集合した侍女六人。昨日より一人増えているのは、自分も霊が見えるから手伝ってあげると半ば強引に参加したシャロンである。
先頭にガブリエラとダリア、真ん中にシャロンとエレン、そして私とルネが最後尾になって出発である。
最初に訪れましたのは貴賓室のある棟の一階。
待合室になっている部屋の壁には有名絵画がずらりと並んでいる。その中の一枚、昔の戦争好きな王様の陰気な肖像画が夜中に呻くらしい。迷惑な。
明かりひとつを頼りに身を寄せ合ってるので歩きにくい。
明かりを持っているダリアがそぅっと室内を照らす。暗闇の中で明かりが届く範囲がぼんやりと浮かび上がった。
「見える?」
「うわぁ、暗すぎる。こわっ」
「もうちょっと右だって」
入口から覗き込むだけで誰も中に入らない。最後尾の私は後ろからその様子を見るだけだ。
小さな灯りでは照らしきれない暗闇から何か出てきそうなんだとか。
幽霊より虫の方が怖くない?あれ、急に飛ぶし。
「大丈夫。悪いものは感じないわ」
そう話すガブリエラの声は少し震えている。
みんながぐっと身を乗り出した時、ぐぅぅぅと低い音が聞こえた。
「きゃーーー!!」
「殺戮王の呻き声よぉ!」
「逃げるわよっ!」
瞬時に駆け出したみんなの後ろから、扉を閉めて追いかける。
ごめん。
腹の音だと知られたら怒られそうなので、幽霊のせいにしようと思う。
…ごめんって。
「びっくりしたぁ」
「あの怪談、本当だったんだ。怖い、怖い」
「大丈夫。悪い霊じゃなかったわ」
興奮しながらもどこか楽しそうなみんなに、お腹の音だったなんて言えるはずもなく、私は一人で沈黙を貫く。
世の中には知らないほうが良いこともあるってマチルダおばちゃんも言っていたもん。
庭に面した回廊まで来ちゃってたので、ガブリエラの提案で、この近くにある古井戸に行ってみることになった。
もう使用してない井戸なんだけど、夜中に「足りない。足りない」という声が聞こえるらしい。
「私が前に見た時は、髪の長い女の人が千切れた腕を抱えて泣いていたのよ。あれは昔、浮気相手と共に無惨に殺された愛妾の霊よ。間違いないわ」
なんで一目で分かるんだ。親戚か。
得意げに語るガブリエラの横に並んだシャロンが、自分は声を聞いたと話しだした。
「怨みのこもった声で『足りない。返せ、返せ』って聞こえてくるの。井戸を覗き込んでみたら、女の幽霊が『お前の体を寄越せっ!』と叫んで井戸に引きずりこもうとしたの。私、怖くって叫びながら逃げたのよ」
そんな怪しい井戸をよく覗き込もうとしたもんだ。私なら最初から近づかない。
ルネやエレンたちはきゃあきゃあ言いながらも歩くのを止めない。なんだかんだと興味津々である。
それよりも、またお腹がならないように持っていた飴を口に放り込む。
無いよりましだね。
常緑樹の陰にある井戸はいい感じに古びていて、暗闇効果もあって本当に何かが出てきそう。
雰囲気に飲まれたのか、一定距離から近づこうとしない。それは霊感があると豪語するガブリエラもシャロンも同じだった。
「ねぇ、大丈夫かな?」
「大丈夫よ。悪いものはまだ感じないわ」
大丈夫という割にシャロンは逃げ腰である。
幽霊さんは常駐しているわけではないらしい。
どこに行ってるんだろうな。
水脈を辿って海や川でバカンス?いやいや、幽霊だし。しないとも断言できないけど。
馬鹿馬鹿しい事を考えていたら、お腹がくぅと鳴り慌ててお腹を抑える。
聞こえてない?聞こえてないね。セーフ。
最後の飴を口に放り込む。甘い飴は美味しいけど…
「足りない…」
ぽつりと溢れた声は少し掠れていた。飴舐めてんのに。
口の中で飴を転がした時、みんながギクシャクとした動きで互いの顔を見る。
「いまの、聞こえた?」
「聞こえた…」
「え、やだやだ。ガブリエラ、見てきてよ」
「いやよっ!シャロンが行きなさいよっ」
「なんでよ。むりよむりっ!!」
『たりないぃぃ…』
ひゅうと生暖かい風が吹いた。そして悲鳴と共にまたも手を引かれて走る羽目になる。
風の音しかしてないのに、なんで悲鳴をあげるんだろう。
みんな、そんなに動くとお腹空くよ?
その後、半泣きのエレンを引きずりながらもツアーは再開した。ガブリエラとシャロンがなんだかんだとみんなを説得していたので、よっぽど幽霊が好きなんだろう。
大広間の鏡に、血塗れの貴婦人が写るというが、夜は施錠されていたので断念。
血塗れの貴婦人もひとりで寂しいことだろう。いや、悠々と過ごしているかもしれない。
次は、王宮の中央にある螺旋階段に現れる首無しの騎士。
ここは内務省と外務省が入っているせいか、夜なのに意外と人が行き来している。
幽霊ツアーとか、バレたら怒られそうなのでこそこそと闇に紛れて行動中なのですよ。
まるでスパイみたい。
「ねぇ、何か感じる?」
ダリアが霊感があるという二人に小声で話しかける。
ガブリエラは螺旋階段に手をかざして目を閉じた。
「……悪霊では、ないわ。でも、小さな霊がたくさんいて上手く拾えないわ」
「あら。私は感じるわ。上の階から強い霊気を感じるわ」
シャロンがガブリエラの言葉に被せて断言する。
上の階って、まだ働いてる人もいるはず。え?一緒に仕事してんの?首無しの騎士って仕事中毒なの?
ふと、謁見室前にある甲冑の銅像を思い出した。
あれだと首があってもなくても分からないよね。常駐しているのに気が付いてもらえない幽霊。想像すると笑える。
「ぐふっ」
漏れでた笑いは思いの外、暗闇によく響いた。
階段を見上げていたみんなが一斉に悲鳴を上げて走り去る。
どしたの?と問いかける間もなく手を引かれ連れ去られる。
ちょっ、またかっ!
半泣きどころかがっつり泣き出したエレンと半泣きのルネ、他の面々も顔色が悪い。
霊感があるという幽霊大好きっ子な二人まで青ざめてるのはなんでだろう。
「もうむりっもう帰る〜」
「そ、そうね。今日は調子が良くないみたいだし」
「悪霊がいたわ。首無しの騎士が階段から下りてこようとしてたのよ」
「もうもうやめてよぉ」
「夜も遅いし、誰かに見つかる前に帰りましょう」
ダリアの提案に幽霊フェチの二人も賛成する。
そして帰り道。
静かな夜に何かが聞こえた。
しゃべりながら歩く前のみんなは気が付いてないみたいで、誰も立ち止まらない。
音がした方向に顔を向けると、数メートル先に壁に背中を預けて立っている人がいた。
遠目でわかりづらかったけど、たぶん男性。夜空を見ながら歌っていた。
空にある半月には薄く伸びた雲がかかっている。
少しだけ哀しげなメロディが気になったが、みんなに置いていかれそうだったので視線を外して小走りで追いついた。
こんな夜に外で歌うとか、なんだかナルシストっぽい人だなぁ。と思っただけで、そのことはすぐに忘れてしまった。
月に焦がれて追い求める恋の歌を、哀しげに、愛おしげに歌う男は、雲に隠れた月に涙し、闇に溶けるように消えていなくなる。
哀歌を惜しむように梟が小さく鳴いた。
夏!ということで、心霊ツアーです。
でも怖くない…はず。アンナですし。
細かい事は活動報告で。




