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王宮侍女アンナの日常  作者: 腹黒兎


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書籍発売記念SS ★ いかつい淑女と夜のお茶会

8月5日。本日「王宮侍女アンナの日常」の発売日です。

やったー!嬉しい!ありがとうございます!の感謝を込めて、発売記念SSです。



貴族街でも大通りから外れた閑静な建物の中にある、会員制の紳士倶楽部。いつもは落ち着いた雰囲気の室内は、鮮やかな花とリボンで華やかに彩られていた。

その中を優雅に………若干ぎこちなく動き回る鮮やかなドレスの淑女たち。その顔はまるで油絵か漆喰のように白く塗られており、目や唇は原色に近い色で主張されている。

席についてシャンパングラスを一息に飲み切ったその唇はべったりとピンクの口紅が塗られていた。少しはみ出したせいか口が大きく見える。


「やだぁ、今日は一段とお化粧が濃くない?」

「言わないでよ、ローズ」

「ジェシーったら訓練中にヘマしてここ打ったのよ」

「もうっ!言わないでってば」


白塗り眉の上に描いた黒い眉のせいで、妙に太い眉になっているリズベリーがくすくすと笑いながらバラせば、ジェシーが拗ねたように頬を膨らます。頬が赤らんでいるはずだが、厚い白粉のせいで変化は表に出てこなかった。


「ここ?あら、やだ。青タンになってるわよ。痛そう」

「ちょっと、触らないでよ。ちょっ、もう……やめんかっ!もぐぞ、ごらぁ」

「うおっ!もぅ、ジェシーったらコ・ト・バ!」

「んんっ。あらやだ、ごめんなさい」


派手な彼女たちから漏れ出る声は太く低い。中には裏声を駆使している者もいるが、ふとした拍子に素が出る。

よく見れば、彼女たちの口周りは青白くなっている。さらに近づいて見れば、それは伸びてきた髭だと分かる。

白粉混じりの青髭と優美な首飾りの間にあるのは、立派な喉仏。広い肩幅に、筋張った腕には濃い体毛が見え隠れしている。

秘密倶楽部『夜のお茶会』。

昼は紳士然とした男達が、夜は淑女と化す秘密の集まりである。




日々蓄積されるストレスのはけ口を求める者、自身の性別に違和感を覚えている者、女装する事に興奮を覚える者、様々な理由で化粧をし、ドレスを身に纏い、女性になりきってお茶会を楽しむ。

今日は、会員制秘密女装倶楽部『夜のお茶会』の開催日だ。


会員の詮索は御法度とはいえ、みな大概の予測はついているものだ。あえて言及しないのがマナーであり、秘密倶楽部の不文律でもあった。

なので、話す内容は天気などの当たり障りの無い話から始まり、ドレスやお菓子などの嗜好品、もしくは評判のオペラや本の話が多くなる。実に平和だ。


「やっぱり、夜になると伸びちゃうのよね」

「分かる、分かる」

「本当に嫌よねぇ」

「貴方たちは良いわよ、そんなに目立たないじゃないの。私なんて夜でも分かるぐらい伸びるのよ。もう、じょりじょりよ、じょりじょり」


手で自分の顎を撫でれば、伸びた髭が掌にチクチクと当たる。男の(さが)と言えばそれまでだが、女装を楽しむ身としては悩ましい問題である。

髭を隠そうとすればするほど白粉は濃くなり、その白さをカバーしようと口紅やアイシャドウが色濃くなっていくという悪循環に落ち入る。

特にアイメイクは大変で、塗り慣れないアイシャドウがはみ出したり、眉の左右が合ってなかったりとなかなか酷い仕上がりになっている人が多い。


「自分たちでやるのも限界よね」


くるくるした巻き髪を人差し指で弄りながら、クラリッサは口を尖らせる。比較的可愛らしく仕上がっているが、厚化粧なのは変わらない。

秘密倶楽部の会員は身分がある為、容易に使用人に支度を任せられないのが共通の悩みであった。


「女はだめよぉ。口が軽いもの」


向かいに座っていたブリトニーがクッキーを摘まんで、べったりと口紅を塗った口に放り込む。塗り過ぎて歯に口紅が付着している。


「あら、男でも口が軽い人はいるわよ。この前入った新人ったら口しか動いて無いのよ。思わずどなっちゃったわ」

「もぉ。どっちでも良いから口が堅くてヘアメイクの上手い子、いないかしら」


ブリトニーが二枚目のクッキーを口に入れた時、ベアトリスが二人の間に椅子を割り込ませてきた。

そして、秘密を明かすように小声で話しかけてきた。


「知ってる?今度、ダラパールが弟子を貸してくれるそうよ」

「ああ、あの若くて可愛い子たちでしょ」


特ダネだと思っていたのに、あっさりとした反応が不満で頬を膨らませる。


「そんな顔しても可愛くないわよ。年を考えなさいよ、年を」

「年齢のことは言わないでってば」

「まぁまぁ。みぃんな、心は十代の乙女よ。気にしない、気にしない」


きゃっきゃっとはしゃぐ様は少女のようだが、厚塗りお化けしかいない。

視覚と聴覚の暴力が凄い。


そんな異様な空間にどよめきが走った。

クラリッサが入口を見れば、そこには背の高い美女がいた。

綺麗にメイクされているが、あの顔はマリアンヌだ。

だがいつもとは決定的に違う風貌に驚き、地声で叫んでしまった。


「ゔおぉぉぉ!!」

「うそぉマリアンヌじゃないの。なによ、どうしたのよ、あの顔」


ブリトニーも驚きに目を見張り、持っていたクッキーを落としてしまった。

もともと顔立ちの整ったマリアンヌの女装は見られる方だった。だが、今日はひと味もふた味も違う。完全に女性に見える。高すぎる身長さえ除けば。


その変貌に、マリアンヌの側に人が集まってくる。

クラリッサたちも席を立って近づいた。


「ちょっと、どうしたのよ。どういうことよ。

説明なさいよ」


詰め寄るクラリッサに周囲も「そうよ、そうよ」と同調し始める。

マリアンヌはくすりと笑うと、落ち着くように片手を上げて移動すると、中央の椅子に腰掛ける。洗練されながらも尊大な雰囲気から、まるで女王の風格である。

その周囲に集まった面々を見て、彼女は経緯を話し始めた。


そもそも、王宮から女装して参加する羽目になったのは、奥方との些細な夫婦喧嘩が発端だった。一種の罰ゲームだ。

夫の趣味をばらしたい訳では無い奥方は、ちゃんと自分の侍女を派遣していた。だが、何の手違いか侍女は現れず、困った末に、自ら準備を始めたのだった。


そこで偶然出会った侍女がヘアメイクと着付けまでしてくれたのだと、マリアンヌは得意げに話した。

白粉を厚く塗っている様には見えないのに髭剃りの痕が見えない。薔薇色の頬も、パチリと見開かれた目にも不自然さは感じられない。艶のある唇の横に存在する黒子が妖しげな色気を醸し出していた。

近くで見ても貴婦人に見える容貌に周囲が色めき立つ。


「その子、引き込みましょうよ」

「いいわね。私も綺麗になりたいわ」

「マリアンヌ。独り占めはダメよん」


有無を言わせない迫力で肯かせようと、詰め寄ってくる。

マリアンヌがフッと笑った口元の黒子がやけにセクシーに見え、詰め寄った彼女たちは嫉妬してしまいそうだった。


「とりあえずは身元調査をしてからだな」


簡単に引き込むことはできない。

会員の身分や経歴を考えれば、慎重にならざるを得ない。

手際だけならば、捜せばいくらでもいるだろう。

だが、女装姿を見ても嫌悪感を出さず、丁寧に接することができる者となると限られてくる。


「アンナ・ロットマンか…」


活き活きと楽しげに化粧を施してくれた若い侍女を思い出す。

マリアンヌの勘が、あれは拾い物だと告げている。

さぁ、どうやって絡め取ろうか。

引き入れるなら確実に。

逃さないためにも、彼女自身と周辺の調査は徹底的にしなければ。

マリアンヌは人の悪い笑みを浮かべて、思案に耽った。


アンナが参加する前の「夜のお茶会」風景でした。


本当は特典として書いてたんですが、特典なのに主人公がいないのはダメだろ…ということで止めました。

せっかく書いたのにもったいないので、SSとして投稿させてもらいます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そこが誰の視覚にも聴覚にも優しくないカオスな空間であっても馳せ参ぜずにはいられない夜の乙女たちの業の深さと渇望が、もたらされた福音の尊さと歓喜が、深く心に染み入ります。 [気になる点] そ…
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