6. 王宮侍女は春の名物に出遭う
買い物籠を片手に門番さんに愛想良く挨拶をして通用門を潜ります。
本日はお使いです。
大抵の物は決まった日にご用聞きの業者さんにお願いするんだけど、ちょっと足りない物って必ずあるんだよね。大物だったら注文するんだけど、小物ならうちらが買いに行く方が早いからね。
ついでに、自分の買い物もできたり、息抜きな感じなんでお使いはけっこう人気なんです。
目的地は貴族街にあるソレイユ商会。
4階建ての人気店で、貴族の流行はここから!とも言われてるお店。
1階は最新のドレスや靴や帽子が並んでいる。飾ってあるドレスはどれも見本なので、注文するには3階の貴金属を扱っている階へ行って個室になっている応接室で採寸だの試着などをする。ドレスに合わせる宝石も選ぶから同じ階でやるらしい。
私には今のところ縁のない場所です。
2階は紙やインクなどの消耗品からペンなどの文具やちょっとした雑貨を扱っている。どれも洒落て品があるんだけど高いんだよね。
でも、見るだけでも楽しいのよ。
雑貨も楽しいけど、1階に飾られた流行のドレスとか帽子とかトキメクよね。
着る予定も贈られる予定もないし、買う事なんて更にないけどね。眺めるのはタダですもん。
今季は花の帽子かぁ。いいなぁ、春らしくて可愛いよね。ドレスも花のコサージュが散らされていて素敵。
ドレスは無理だけど、小物は花柄にしてみようかな。
ハンカチとか私服とか髪飾りとか。
んふふふ。自分用に買っちゃおうかな。
隣の建物もソレイユ商会で、こちらは女性用というか、化粧品や香水などを主に取り扱ってるお店。
もちろんハンドクリームもある。
容器もお洒落で可愛いんだよね。量が少ないのが難点。ザ高級品って感じ。
こういうのプレゼントして欲しいよなぁ。
してくれる人なんていないけどさ。
買い物を終えて、たっぷり目の保養をして、軽い足取りで次のお店へ。
次の長期休みに実家に帰るから、お土産の調達をしようかと思ってね。
嫁に行った姉さんには要らないけど、兄と結婚した義理の姉がいるからな〜。気を使うわ。
いい人なんだけど、まだよく分からない。
お互いに遠慮があるんだろうなぁ。だって、年に2回しか帰らないからね。向こうも接しづらいオーラが出てんだよな。
年上なんだから、もうちょっとさぁってグチっても仕方ないな。なるように成れってね。
土産、悩むなぁ。
やっぱソレイユ商会の香油とかハンドクリームがいいかな。
考え事をしながら、大きな通りを結ぶ細い横道を歩いてると、急に目の前に人が出てきた。
危ないなぁ。ぶつかったらどうすんのよ。
文句でも言ってやろうかとしたら、そいつは着ていた外套の前をがばりと開け広げた。
その中身は肌色だった。
え?なんなの。
なんで裸なのコイツ。
まっ裸に外套着て、素足に靴履いてんの?
え?何?どう言うこと?
コレってアレか!露出狂ってやつか。
ああ、春だもんね。暖かくなってきたけど、まだ日陰は寒いから外套を着ててもおかしくないもんね。
え?コイツ自宅からこの格好なの?馬鹿なの?いや、変態か。そっか変態なら大丈夫か。
そこまで脳みそフル回転で混乱していた自分に気がついた。
ヤバイ。うら若き乙女として悲鳴を上げたり、顔を赤くしたり可愛らしい反応をすべきだったと思うのに、何やってんだ私ってば。
「……ふっ」
思わず鼻で笑っちゃったよ。
そしたら変態男はショックを受けた様によろめきながら背中を丸めて去って行った。
何がしたかったんだろう?
ショックを受けるのは私の方じゃないのか?
まともに見た男の裸が露出狂のものとか笑えない。うら若き乙女になんつー物見せてんだ。踏み潰すぞ。
なんて、ね。えへ。
とりあえず、警ら中の警備兵に訴えておいた。
捕まえてくれる事を祈っておこう。
「〜てな事があったんですよ」
買ってきた物を納品して、自分の分を自室にしまってからいつもの休憩室へ行くと、何人かいたので今日の顛末を話した。
「あらあら。それは災難だったね。春になって暖かくなってきたから出始めたのかしら」
まるで虫のような扱いだが、女性にとっては繁殖能力の高い黒光りするあの虫と同じぐらい嫌なものだから間違いでもないか。
少し年上の同僚は「私も去年遭ったことあるわ」と言うのでどう対処したのか聞いてみた。
「え〜。『ちっさ!』って言ったら泣きながら去って行ったわよ」
「あははは。それはひどいっ」
「でも本当に小さかったのよ。松茸ならまだしも、しめじ?それも赤ちゃんしめじよ。カサもないし短いし、目を細めてあるか確認しちゃうぐらいよ」
「それを見せようとするんだから、勇者よねソイツ」
お姉さま方は容赦がない。
見比べるほど見たことないから、どの程度なら大きいとか小さいとか、いつか分かるようになるんだろうか。
笑いながら聞いていたおばちゃんも参戦してきた。
「私もあるわよ。それもつい最近」
「え?アンタが?」
露出狂は若い子がよく遭遇するらしいので、おばちゃんの友達がすかさず茶々を入れてくる。
「何よ、その反応は。私だってまだまだ若いんだよ」
「アンタが若けりゃ、私なんてまだ生娘さ」
「よく言うよ。それより、さっきの続きだけどさ。私の前を若い子が歩いてたんだけど通りの直前で曲がったんだよ」
「露出狂も狙ってた若い子じゃなくて、飛び出したら年食ったアンタだったなら驚いただろう」
「喧嘩なら後で買うよ?でね、向こうも私を見て『あっ』って驚いてさぁ、もぉ気まずいったら」
変態相手に気まずくなる必要はないのでは?
「でもねぇ、せっかく出したんだから何か反応しないといけないと思ってね。感想を言ってみたのよ」
「何て言ったのさ?」
「全体的に細くて頼りないわね。色も薄いし、使ってないの?それに剥けてないんじゃないの、それ?大丈夫?娼館でやってもらったら?恥ずかしがってちゃダメよ。路上で他人様に見せるほど立派じゃないんだから。恥ずかしい思いをするのはアンタよ?ってな事を話したら興奮してハァハァ息を荒げてしかも反応してるんだよ」
「あっはははは。災難だったね。その後どうしたのさ?」
「気味が悪くなって、持っていたリンゴを投げたらそいつの股間に当たっちゃってさ、前屈みになっている間に逃げたよ」
「あっはははは。変態の方が災難だったね。折れたんじゃないのかい」
「折れたとこで使い道なんてないだろう?」
「違いない」
変態相手に感想を言うおばちゃんもおばちゃんだが、それに反応する変態にはドン引きだ。さすが変態。理解の範疇を超えている。
リンゴで折れるかどうかは知らないけど、私には関係ないからいっか。
「あんたたちも覚えときな。ああいう変態は無視が1番だよ。反応すると喜ぶのが変態だからね」
おばちゃんの忠告に重みを感じる。
さすが年の功って言ったら怒られるかな。
成り行きとはいえ鼻で笑っちゃった自分が恥ずかしいよ。次に遭ったら無視して通り過ぎようと心に誓う。
ふと考えてしまった。
あの変態。貴族街に出たって事は貴族かもしくは貴族街に出入りできる富裕層の市民で間違いない。
……………うん。考えるのはやめよう。
変態を捕まえるのは治安を守る警備兵さんたちの仕事だもんね。ちゃんと捕まるといいな。
窓の外を見ると木の枝にぽつぽつと花が咲いていた。
あー、春だなぁ。
露出狂は反応すると喜ぶそうなので、罵ったり侮蔑しても嬉しいそうです。さすが変態。
無視、無反応が堪えるらしいですが、突然出たら驚くよね。
春が近くなり虫も変態もうるさいバイクもそろそろ顔を出しそうです。皆様もお気をつけて。