53.王宮侍女は令嬢を尾行する
晩秋の青空の下、赤く染まった紅葉樹と、紅と黄色を基調に植えられた花々を愛ながら少人数のお茶会が開かれていた。
きゃっきゃっうふふと賑やかなお茶会は、王太子妃のお友達や派閥繋がりのご令嬢が招かれた小規模なもの。
なぜかこの場にいる私です。
令嬢側ではなくて、侍女としてだけどね。
おっかしいな。私の職場は貴賓室のはずなのに。
なんで呼ばれたのかさっぱり分からん。
少人数のお茶会とはいえ、王太子妃主催なので応援がいるのは分かる。だからと言って私に声が掛かる理由が分からん。
ミレーヌさんとかリンデルさんでもなく、なぜに私。令嬢達を緊張させないように年若い子を。と、侍女頭は言っていたが、エレンはもちろんダリアもルネもいない。なんでだ。
首を捻っていたが、参加しているクリフォード侯爵家のオリビア様がにこやかに手を振ってきたのでなんとなく彼女の仕業じゃないかと思っている。確証はないけど。
新しい玩具を目の前にした子供のような笑顔を見て直感した。
とにかく仕事しよう。
応援要員の私はお手伝いが主な仕事なので気が楽だ。気は楽なんだが、さっきから忙しい。
紅茶がぬるいと言われて交換し、ケーキが好みじゃないと言われたから換えたのに、やっぱり前のがいいわと言われる。この茶葉はどんな品種かと問われ、答えてやったのに無視された挙句、睨まれた。理不尽。
なんだろう。この姑の嫁いびりのようなネチネチ感。
その上こそこそと悪口が投げられる。
皆さまお口が悪うございましてよ。誰への悪口か知らないけどさ。けっ。
しかも、一部の侍女からも敵視されてる気がする。いや、確実に敵意だな。
訳もなくぶつかられ、無視され、「こんなの子供みたいな女のどこがいいのかしら」という嫌味まで言われた。身長じゃなく胸を見て言ってきたので、お礼代わりに毛虫を指で飛ばしたら綺麗な放物線を描いて肩に着地した。ナイスコントロール。
あれだな。
確実に、ルカリオさんと婚約した私へ嫌がらせなんだろうな。
そんな事するより仕事しろよ。暇か、暇なのか。
王太子妃の茶会なのに、いいのかそれで。
「アンナ」
横から繰り出された肘鉄を持っていたトレイでガードした時、楽しそうな笑顔のオリビア様に呼ばれた。
オリビア様がいるテーブルには王太子妃もいる。さすが、高位貴族令嬢。メンバーがすごい。
行きたくねぇ。
だが、呼ばれたからには行かねばならぬ。
「お呼びでしょうか」
「ええ。ふふふ。なかなか楽しそうにしてるわね」
どこから見ていたのだろう。毛虫は見てないといいが。
品良く笑う姿だけは上品だが、良くも悪くもいい性格をしている。確実に楽しんでるのはオリビア様だろう。
「お祝いを言いたくて。ガルシアン卿と婚約したのですって?おめでとう」
「ありがとう存じます。侯爵様には大変お世話になりました」
用意周到な婚約証明書とか、緊急の早馬とか。
なんで私とルカリオさんの後押しをするのか分からないけどね。上司だからでも、女装の為でもなさそうな気がする。
まさか、仲人が趣味ってわけでもなさそうだし。……分からん。
「父はガルシアン卿も貴女も気に入っているのよ。気にしないでちょうだい。ああ、もちろん私も母もアンナを気に入っていてよ」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
ああ。なるほど。この為に呼ばれたのか。
ルカリオさんは私が思っているよりも人気だったらしい。
私たちの婚約に侯爵家が関わっている上に好意的だとなれば文句を言う人も減ってくる。
自分達が後見してる婚約にケチつける恐れ知らずは名乗りでろ。ってとこか。
有難いけど、この代償が怖いな。
タダより怖いものは無いし、無償の施しなんてある訳がない。女装の為なんてバカみたいな理由のはずもない。
聞いたところで教えてくれないだろうなぁ。何をさせられるか分からないが、足掻きようもないので大人しくしとこう。
ま、なんとかなるだろう。
そう腹を括った私に、あろう事か王太子妃までもが声をかけてきた。
「まぁ。貴女がガルシアン卿の婚約者なのね。殿下からお話は伺っているわ」
おっとりと告げられた内容が恐ろしい。
王太子殿下から何を聞いたのだろう。何も話すような事はないと思うんだが。
「光栄でございます」
ああ、この場から逃げたい。
私は話題提供する側じゃないんだよ。それを端っこで聞き拾う側なんだよ。
「オリビアから聞いたのだけれど、メイクが得意なのですって?私も今度頼んでみようかしら」
やーめーてー。
なんて言えるわけない。ぐっと腹に力を入れて「機会がありましたら」みたいな事でぼやかしてみた。
専属の侍女たちから恨まれそう。いや、侯爵家みたいに興味津々の可能性もある。
どちらにせよ、繊細な私の心が悲鳴をあげそうだからやめて欲しい。
オリビア様、楽しそうに笑わないで。援護して。助けて。
うふふふ。じゃねーよ。
なんとか王太子妃のテーブルから離脱できた私はお手伝いに戻ることができた。
オリビア様の牽制が効いたのか、打って変わって穏やかで気味が悪い。
権力ってすごい。いや、すごいのはオリビア様か、クリフォード侯爵家か。
とは言え、やる事と言えばやはり手伝いの雑用なのだ。
その中で奇妙な動きをする令嬢が目についた。
談笑をしながらも、どこかそわそわと落ち着きがない。周囲を見回しては、膝に置いた小さなバッグを何度も触っている。
何か変だ。
気になって注視していたら、その令嬢が不意に席を立った。
バッグを手にそそくさと席を離れる。
彼女は庭園を散策するようなふりをしながら人気のない方へと歩いていく。
あやしい。
どう見ても怪しい行動だったので、気がつかれないように尾行してみる。
庭園の木に隠れるとバッグから何かを取り出した。それは両手に収まるほどの小ささなのだが、今の位置だとよく見えない。周囲に誰もいない事を確認して屈んで移動する。物語に出てくるスパイや探偵みたいでちょっと楽しい。
植え込みから覗き見ると、木に寄りかかった彼女は丸くした両手を顔に近づけて深呼吸をしている様だった。
深く吸った後、恍惚とした表情で天を仰ぐ。
危ない薬か何かだろうか。
うっとりと両手の中を見つめる目は優しく慈愛に溢れている。吸っては感嘆の吐息を漏らすを数度繰り返している。
見かけは普通だ。大人しそうな見た目をしている。
木陰や自室で読書を楽しみ、人の悪口や反対意見を言わずに、喧嘩があればおろおろして失神してしまいそうな雰囲気である。
そんな彼女が手の中の怪しい物を吸ってはうっとりと目を細める。
めちゃくちゃ怪しい。
裏で出回っている怪しい薬か何かだろうか。
そうなったら、誰かに報告しなきゃいけない。
この場合は、王太子妃の筆頭侍女だろうか。でも、いきなりはマズイか。オリビア様に相談して…………いや、嬉々として探偵ごっこを始めそうな気がするのでやめておこう。
どうしようかと迷っているうちに、気が済んだのかバッグに何かをしまい込んだ。
お茶会へ戻るつもりなのか、木の影から出てきた途端、転けた。
見事にすっ転んだ。
手にしていたバッグが落ち、中から毛玉のようなものがころころと転がってきた。私の方に。
仕方なくそれを拾い上げて、彼女の方へ近づくと立ち上がる為に手を差し伸べた。
「どうぞお掴まりください」
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに手を取った彼女の手助けをして、ドレスに付いた汚れを払い除ける。怪我はなさそうなので、落ちていたバッグと転がってきた毛玉を差し出した。
「ミニマールちゃんっ」
差し出された毛玉を両手で大事そうに受け取ると、キョロキョロと全体を見回してそれに頬擦りをした。
もしかして何か生き物なんだろうか。
「良かった。大事な宝物なの」
「いえ、お役に立てて何よりです。……あの、それは?」
聞くか聞くまいか迷ったが好奇心に負けた。
だって気になるじゃん。
ピンクのリボンが付いたただの毛玉にしか見えないんだけど、なにこれ?
「あ、これは、ミニマールちゃんです」
恥じらいながら答えてくれたが、そうじゃない。そうじゃないんだ。
名前じゃなくて正体が知りたいんだが。
「可愛らしいお名前ですね」
とりあえず褒めると、控えめに微笑んで小さな声でお礼を言われた。
照れたその姿が可憐というか、かわいらしくて、妙な物に手を出してるようにはとても見えない。
大丈夫だと思うけど、確証はないんだよな。
うーん、どうしたもんか。
「毛玉のように見えますが、ペットの動物ですか?」
いい切り口が見えず、直球で聞いてみたら、ひどくショックを受けた顔をした。
驚きすぎて口が開いたままなのをこっそり教えるべきか。
開いた口に気を取られていたら、ほろりと涙が一筋流れた。
え?ええ!?なんで泣くの!?
「どうかされましたか?あの、大丈夫ですか?」
「ひ、ひどい。ペットだなんて、ペットなんかじゃありません〜〜」
「え?え、あの、申し訳ありません」
「ペットじゃなくて、マールちゃんは、マールちゃんは家族なんです〜。大切な、大事な家族なんです〜」
「そうですか。それは申し訳ございません。私の配慮が足りませんでした」
速攻謝る。
何が悪かったのかいまいち分からないが、ペットは禁句だったらしい。
その後もめそめそじめじめと泣く令嬢を宥めるのに苦心した。
彼女曰く、マールちゃんと言う獣な家族を溺愛する余り、離れていると禁断症状が出るそうだ。なので、マールちゃんの抜け毛を集めた毛玉を持ち歩いているらしい。
抜け毛の匂いを吸ってたのか……。
理解できん。理解はできんが、マールちゃんが大好きな事は分かった。というか、それしか分からなかった。
戻ってからも、お茶会が苦手だという彼女のサポートに徹したせいかそれなりに楽しんで頂けたらしい。
こそっと「良かったら嗅いでみますか?」と言われたので、丁寧に丁寧に細心の注意を図ってお断りした。
次話は来月予定です。つまり未定。すみません。