52.王宮侍女は全力で否定したい
目を覚ましたら朝ではなく日が落ちかけていてかなり驚いた。夕方近くまで爆睡したらしい。寝すぎにもほどがある。
寝過ぎたのか寝足りないのか、夕食を一緒に取ったエレンとルネとの会話もぼうっとしすぎていてあまり覚えていない。
二人がきゃあきゃあと騒いでて頭に響いた事だけは覚えている。
翌日、一日休んでも残った筋肉痛を我慢しつつ出勤すると、心配したミレーヌさんとリンデルさんから早々に戦力外通知を受けてしまった。
「体は大丈夫?無理しなくていいのよ?」
「そうよ。嫌な事はちゃんと断らなきゃダメよ?」
「いいえ。私の事ですし、むしろルカリオさんには無理をさせてしまって…」
ルカリオさんの擁護をすれば、二人して口元に手を当てて目をキラキラと輝かせた。
なんだか、つい最近似たような表情を見た覚えがある。
「まあ!まあ、まぁ、そうなの。女性からのおねだりなら励まないといけませんものね」
「あら!あら、そう。そうね、それは仕方ないわね。恋人のお願いですものね」
「積極的だわ」
「情熱的だわ」
うふふ。おほほ。と二人はとても楽しそうに会話しているが、聞いてるこっちは意味が分からない。
積極的?情熱的?
…まぁ、半ば強引に決まった事だから積極的と言えば積極的に違いはない。
「エレンちゃんから聞いたのだけど、長時間大変だったんですって?アンナちゃんったら見かけによらず体力があるのね」
「田舎育ちなんで体力はある方だと思ってたんですが、まだまだですね。長時間はけっこうきつかったです。内腿も腕もまだ違和感があって」
「まぁ、そんなに?まぁ。まぁ。どのくらい長かったの?」
「えっと、休憩しながら大体6時間くらいでしょうか。最初飛ばして行ったんで、最後の方はのんびりゆっくりできました。でも、疲れちゃって途中寝ちゃったんですよ」
ただ乗ってるだけなのに、途中眠気がきてうとうとしてたら「寝ていいですよ」って言われて本当に寝ちゃったんだよね。あ、でもちょっとだけだよ。さすがにガッツリ寝ないし寝れないよ。
「まあぁぁ!すごいわ。6時間も!?あの噂は本当だったのね」
「そんなに長い時間も動いていたら眠くなっても仕方ないわね」
ですよね。休みを最小にしたとはいえ、あの距離を6時間で行くとかすごいわ。
しかも、私は乗ってるだけですむけど、ルカリオさんはきつかったと思う。
乗馬技術まで噂になるのか。すごいなイケメンって。
「じゃあ、アンナちゃんもガルシアン卿も今日はお疲れね」
「いえ、私なんて全然です。ルカリオさんに引っ付いていただけなんで」
「「きゃああぁぁああ」」
なぜか興奮状態の二人。
あれ?帰省と乗馬の話よね?え?どこに興奮材料が?
首を捻る私を置いて、お二人ははしゃぎながら仕事に行ってしまった。
体調を気遣われた私は、備品の確認と書類書きを任された。
ちょっと筋肉痛があるだけで、そんな気遣われるほどでは無いんだけどなぁ。まぁ、有り難くのんびりさせてもらう。
書類書くのは嫌いではないけれど、侍女長と共に新しく就任した侍女頭は若干厳しい。字が汚いと容赦なくやり直せと返される。
やってみろっていう宣戦布告みたいな感じがするから、こっちもやってやるぜ!って気持ちになるんだよね。
差し戻しなんてされてやるもんか。
お陰で、最近字が綺麗になりました。
「よし出来た」
備品の受注書をもう一度確認する。
内容に問題無し、誤字脱字無し、文字の乱れ無し。
「完璧」
にんまりと笑って他の提出書類を一緒に持つ。
さぁ、いざ出陣。って大袈裟か。
侍女頭の部屋に行くだけなのに、なぜか途中で「これも持って行って」と先輩侍女に書類を渡された。渡された書類を見て、さっさっと行ってしまった背中を見つめる。
休暇申請って…自分で行けよ。ついでに渡すのはいいけど、脱字があるこれは差し戻される可能性が高いがいいのか。知らんぞ?私のせいじゃないからな?
案の定、ついでの書類を見た瞬間に眉間に皺を寄せた侍女頭に挨拶だけ済ませて退散する。
後はしーらない。渡したもーん。
戻ろうとした途中で、大蔵省の文官に別の書類を手渡された。
だーかーらー「お願い♪」じゃねぇよ。女装してない時にシナを作るな。
この場でシュガーちゃんって呼んでやりたいが、その目の隈に免じて我慢する。
保湿と睡眠を忘れないように釘を刺して別れたが、ちゃんと守れるかは半々かも。忙しいのは分かるけど、日々のケアって大事なんだからね。全くもう。
今日はお使いデーなんだろうか。
届けるたびに何かを頼まれる。おかげで内務省のあちこちを駆け回り、筋肉痛と忙しさで妙にハイテンションになってきた頃に内務大臣への書類を預かった。
これ、重要なやつ?いや、一介の侍女にそんな物は持たせないだろう。中身は見ない、聞かない、考えない。
大臣の部屋をノックすれば秘書官らしき人が出てきたので頼まれていた書類を渡す。
長かったお使いもようやく終わりかと安心していたら待ったがかかった。
なんだよ、もう。疲れたんだよー、お腹すいたんだよー。お昼ご飯まだなんだから。
「テーブルの片付けをお願いします」
「畏まりました」
にこりともせずに言われた言葉に笑顔で返事をする。
内務省の秘書官が愛想が無いって本当だった。仮面かと思うぐらい眉ひとつ動かない。
表情を和らげるだけで相手への好感度も変わるってのに、笑顔を作ると何か損でもすんのか。それともギャップ萌えでも目指してんのか。需要無いからやめとけ。
静々と室内に入りざっと人と物の位置を確認する。
室内のお高そうなソファには、内務大臣と宮内長官、おまけに王太子までいた。なんて豪華な面子だ。及び腰になるのは仕方がない。
更に、王太子の隣にベネディクト子爵までいた。
なぜ、いる。
女性もいないのに、なんでいるんだ。いるのは狸な内務大臣と蛇な宮内長官とイケメンな王太子だけだぞ?
改めて見てもなんの集まりか謎だが、面子が面子なので奥向きの話だろう。うん。さくっと退室しよう。
そう思ったのに、律儀に声をかけてきたのは顔と家柄だけは良い子爵だった。
「久しぶり。元気そうだな」
筋肉痛だらけだけどな。
内心で呟いて「お陰様で」と当たり障りのない返事をしておく。
こんな場で私的な挨拶しないでくれ。私の繊細な心が悲鳴をあげるから。
「ユリウス殿の交友関係の広さは流石ですな」
何が面白いのか、内務大臣がほっほっほっと息切れするように笑う度に腹が揺れる。
王太子殿下。「またか」みたいな顔をするのやめて。本気で止めて。コレの彼女とか元彼女じゃないから。全然違うからっ。
全力否定したいが、否定するほど信憑性が増しそうなので全部飲み込んで片付けを全うする。
ただいま仕事中。ただいま仕事中。
「彼女はルカリオ・ガルシアン卿の婚約者ですよ」
「…ほぅ。彼の…」
なんで知ってんの!?
え?どこまで広まってんの。すっげぇ怖いんですけど。
王太子が興味をもった視線を寄越してきたので、居住まいを正して頭を下げる。
え?どゆこと?ルカリオさんって私が思ってるより有名なのかもしれない。
「私はてっきり、君の特別な友人の一人かと思ったよ」
「特別もなにも、ただの友人ですよ」
いや、ただの知り合いですよ。
友達になった覚えはない。……いや、肉を奢ってもらったし、今後の為にも友達で良いのでは?
打算だらけの私に王太子が話しかけてきたので慌てて気を引き締める。
「名前は?」
「アンナ・ロットマンと申します」
「ルカリオ・ガルシアンは中々有能だと評判だ。彼の良きパートナーになってくれることを願うよ」
「勿体ないお言葉です。恥じぬように精進致します」
王太子は満足そうに微笑むと「下がっていい」と許可を出し、私は一礼してテーブルから離れた。
その際に子爵から「またな」とウインクを飛ばされた。どこにいようとも子爵は子爵らしい。
少々呆れた視線を返せば隣の王太子が失笑していた。
無愛想な秘書官に見送られて部屋を出て大きく息を吐きだす。
なんだかんだと王族と接するのは緊張する。
いや、王太子だからかな。
悪い噂って聞かないし、偉そうに踏ん反り返ってるわけでもないので、王太子夫妻の評判はかなり良い。
何より夫婦仲がすっごい良いんだよね。婚約時代から、あの穏やかで優しそうな王太子妃と仲睦まじいんだよ。
悪意ある噂もたまにあるけど、根も葉もないものなので消えるのも早い。
あの両親から生まれたとは思えないぐらい倫理的にまともなんだよね。あの両親だからかな。
反面教師ってやつか。
なるほど。
久々の子爵。不本意にも男に囲まれお仕事中。
変態が思ったより出なかったのは私も不本意。




