51.王宮侍女は動けない
ぶすっとソーセージにフォークを刺して一口で食べる。
ソーセージとじゃがいもって最強コンビだと思う。
「アンナ、後で父さんとお話しをしないか?」
煮ても焼いても美味しいとか、じゃがいもって万能すぎじゃない?
これにチーズをとろとろとかけても美味しいよね。
「マルムが作ってくれた焼き菓子があってね。好きだったろう?」
なんだっけ。そうそうラクレット。あれ美味いよね。フォンデュより手間が少ないし。
土産に持って帰って、こっそり作ってもらおうか。
「ほら、あの、あれが好きだったじゃないか。なんと言ったかな。ええっと…」
「カヌレですよ、父さん」
「ああそうだ、そのカヌレだ。好きだったろう?」
「父さん、放っておけばいいんですよ。遅れてやってきた反抗期なんだから」
次兄が呆れたように話すのを聞いて新たなソーセージをぶっ刺した。
反抗期?そんなんじゃ無いやい。
長年悩んだ問題を『そんな事』で一蹴したんだよ?
そ・ん・な・こ・と、じゃないもん。
父の能天気さと無神経さに呆れてるだけだもん。
私の悩みは、そんなに、軽く、無い、もん!
「アンナちゃん、ソーセージが穴だらけになっちゃうわよ?」
義姉の声にはっと見れば、皿の中でソーセージが見るも無惨な形になっていた。
ソーセージ惨殺事件。犯人は……私だ。
いかんいかん。食べ物に罪はない。
うん。外見悪くてもソーセージはソーセージだ、美味い。
「アンナ。悪かった。そんな事を気にしているなんて、全然思いもしなかったんだ」
ぶすっとじゃがいもを刺したら、力が強すぎたのかぼろっと崩れてしまった。
「父さん。俺が話すからちょっと黙ってて」
食べ終えた長兄が父にそう言うと、私の名前を呼んだ。
ぼろぼろになったじゃがいもをスプーンで口に入れてから長兄を見る。恨みがましい目つきになったのはもう仕方ないと思う。
「お前もいい加減にしろ。話題にし難い話だったが、今まで聞かなかったお前にも非はあるだろう」
「だって、聞ける雰囲気じゃなかったじゃん」
あの人が浮気相手と出て行ってから、父はもちろん兄たちも姉も話題にしなかった。噂話に花を咲かせていた使用人たちも次第にいなくなり、部屋も片付けられた。
まるで存在しないかのように消えていく。
そんな中で誰に聞けば良かったと言うのか。
「そりゃな。みんなが父さんに遠慮したのもあったんだろうが、カレンがものすごく怒っていたからな。俺たちがうっかり口を滑らそうもんなら、そりゃあすごい剣幕で怒っていたからな」
長兄が何か思い出したのか、遠い目で語る内容に次兄がうんうんと頷いている。
姉がものすごく怒っている姿が想像できない。笑顔で怒る事はあったけど、どう違うんだろうか。
「風邪をひいて熱もあるお前を放って出て行ったんだ。あの後高熱で寝込んでいたお前は知らないだろうが、カレンの怒りがすごくてな。残っていた私物を売れる物は売り払い、後はまとめて捨てていたな」
「あまりの剣幕に父さんも口を挟めなかったからね」
「あの状態のカレンに物を言えるのはマルムぐらいだろ」
「そのマルムも一緒になって怒ってたもんね。止める人なんていないよ」
当時を思い出しながらしみじみと語る兄たちの話は知らない事ばかりだ。
高熱でうなされてたし、何より当時3歳だよ?あの人の浮気現場とかの方が強烈で、その他はあまり覚えてないよ。
「だから、お前の体調が良くなった頃には誰も話題にしなくなったんだよ。まぁ、だから、そんなに父さんを責めてやるな」
「別に、そこまで怒ってるワケじゃないけど、さ…」
なんだか私が駄々こねてるみたいになってるし。なんか、納得いかない。
不貞腐れてじゃがいもを潰していたら隣から遠慮がちな声が上がった。
「あの、部外者が口を出して申し訳ないのですが、アンナさんのお母様は生きてらっしゃるんですか?」
ルカリオさんの問いはもっともだ。あの会話だけならそう思うよね。
兄達の視線を受けて父が力無く笑った。
「いや。出て行った先で事故に遭ってね。醜聞だからと、内々に処理をする事になったんだよ。妻の実家も浮気で出奔した娘が事故死したと知られるより、病死の方が都合が良かったからね」
「それでも貴族院に連絡をするべきだったのでは?」
「お恥ずかしい話だが、当時から貴族だという認識が薄くてね。こんな僻地の田舎領主の事など気にもとめないだろうと、なんというかやさぐれていたんだね」
父とやさぐれという単語のミスマッチ。
やさぐれた父を見た覚えがないので、父と私では言葉の意味が違うのかと勘繰ってしまう。
「貴族院に報告するかい?」
父の問いにルカリオさんはゆるく首を振った。
「いえ。昔のことですし、掘り返しても誰の得にもなりませんから」
「ありがとう」
父がお礼を言うと、ルカリオさんは私を見てにっこりとそれは綺麗に微笑んだ。
「それに、愛しい婚約者の家族の事が知れて良かったです」
手が滑って刺し損ねたソーセージが皿から飛び出して、テーブルの上を転がった。
なんだか聞き馴染みのない形容詞が付いていた気がする。
そろっとルカリオさんを見ればにこにこと、いつもよりも上機嫌だ。
「えっと…」
「アンナさん、男爵様にお許しももらったので正式に婚約が成立しましたよ。これからもよろしくお願いします」
「へ?」
懐からひらりと出したのは婚約証明書で、互いの家長のサインと貴族院の証明印もある。ついでに保証人にクリフォード侯爵のサインまであった。
いつの間に!?
ばっと父を見れば寂しそうに微笑み、兄達を見れば「良かったじゃないか」と歓迎ムード満載。義姉は嬉しそうに拍手までしている。
え?ちょっと待って。
早くないか?
「嫌、でしたか?」
予想外の事に驚いているとルカリオさんが、悲しそうに眉根を下げる。
「え、いえ、嫌なんてそんな。ちょっと驚いて」
「そうですか。良かった」
瞬時に笑顔になった彼に、さっきのしゅんとした表情は演技だったんじゃないだろうかと疑いたくなった。
いや、嫌じゃない。嫌じゃないんだよ。
ただ、お昼まで庶子だと思ってて、婚約に踏み切れない気持ちだったし、仮に婚約者になるとしても王都に戻って手続きとか色々してからだと思ってたから。
なんというか、感情が追いつかないのである。
「だから、覚悟してくださいねって言ったじゃないですか」
呆気に取られる私を見て、ルカリオさんは爽やかに笑った。見惚れるような笑顔だったが、なぜか子供が悪戯を成功させた時の笑顔と似てると思ってしまった。
翌日は、服を直すからと義姉とマルムにあちこち採寸された。随分細かく測るなと思っていたら「花嫁衣装を作るから当然よ」と言われ、危うく変な悲鳴が飛び出た。
花嫁。って、誰が?私が?ぅえ!?ええ!?
「へ?いや、ちょっと待って。気が早いっ」
「あら。花嫁衣装が1〜2ヶ月で仕上がると思っているの?豪華な宝石は付けられなくても、豪華な刺繍はしてあげられるわ」
花嫁衣装を作ってみたかったの。と熱心に頼まれると断れず、結局、体に障らない範囲でお願いすることになった。
というか、まだ何も決まってないのだが。
婚約(仮)の(仮)が取れたばっかりなんだが。
なんて言える雰囲気では無かった。
言ったとしても聞いてもらえる雰囲気でもなかった。
本人を置き去りにして、義姉とマルムの二人で縁起の良い意匠やドレスの形の話で盛り上がっている。
相変わらず、私一人だけ置いてけぼり状態。
だから、まだ何も決まってないんだってば。
早めのお昼ご飯を食べたら、父たちに挨拶をして出発である。
馬上の人再び。
家族に見守られながら相乗りするとか、なんの罰ゲームだ。恥ずかしすぎる。
気にしてるのは私だけなんだろうけどさ。
いつも実家を離れる時はほんの少し寂しい気持になるんだが、今はそれどころではない。
「落ちますよ」
落ちないように抱きついているのに、更に引き寄せられる。
もう上半身で浮いてるところはないんじゃないかと思うぐらい引っ付いてる。
体温とか匂いとか近すぎる声とか、もういっぱいいっぱいです。
そこでよせばいいのに要らない事に気がついた。
私がそう感じるって事はルカリオさんも感じ取れる位置にいるのだ。
‥‥私臭くないよね。昨夜はちゃんとお風呂に入ったし、今もそんなに汗かいてないし。大丈夫よね?
休憩の時に香水をちょっとつけておこうかな。ああ、でも、香水臭いのもちょっと嫌だよね。
迷う。
訳のわからん悩みでぐるぐるしながら、強行軍で帰ったおかげで日が暮れる前に王宮に到着した。
それは良かったんだけど、二日に渡って酷使した体では歩く事もままならず、ルカリオさんに横抱きされて自室に戻る羽目になった。
なにこの羞恥プレイ。
顔を覆った両手の隙間から見たルカリオさんがものすごく嬉しそうな顔で何も言えなかった。
「無理をさせてすみません。話を通しておきますので、明日は休んでください」
ベッドに優しく下ろされて、去り際におでこにチューまでされた。
甘い。去り際もスマートで甘いとか、なんなの。
もう、なんなの。
体が動けば部屋中を転げ回っていたと思う。実際はベッドの中で羞恥に震えていただけだが。
「アンナちゃん。大丈夫?」
扉が少し開いて、エレンが心配そうに顔を覗かせた。
手招きをすると、扉を閉めてベッドの近くまで
来てくれた。
「大丈夫。ちょっと下半身の感覚がなくってさ」
「下半身…」
「そう。揺れがすごくてさ、こう踏ん張る為に太ももに力を入れてたせいなんだけど」
「揺れ……、太もも…」
「腰も痛いし、全身筋肉痛だよ」
「腰……」
「ルカリオさんが話してくれるらしいけど、貴賓室のミレーヌさんとリンデルさんにも明日休むって伝えてもらっていい?」
侍女頭か侍女長に話はいくだろうけど、2人にも伝えてもらわないとね。
頼んだエレンは、なぜか頬を染めて目をキラキラさせていた。
どした?
「アンナちゃん」
「な、なに?」
「アンナちゃんが動けない原因ってガルシアン卿なの?」
「原因?いや、どちらかと言えば私が原因?ん?でも、乗せてもらったのは私だし…、どうだろう?」
答えた途端、エレンが両頬を押さえてきゃーーと悲鳴をあげた。
本当にどうしたの?
「そう。そうなんだっ!アンナちゃん乗っちゃたんだ。やだ、もう。やだぁ、もう、すごいぃ」
「エレン?」
「うん。分かってる。分かってるから、大丈夫。任せて!」
「あ、うん。よろしく…?」
なんだろう。選択を間違えた気がする。
満面の笑顔のエレンに不安しか感じない。
「ガルシアン卿が、ねぇ。見た目じゃ分からないのね。うふふふ。アンナちゃん、ゆっくり休んでね」
「エレン、やっぱ、ちょっと待って」
止める言葉は耳に届かなかったのか、エレンが扉の向こうに消える。
言いようのない不安だけが残ったが、ベッドから動けない私にできる事はない。
仕方ないので、寝よう。他にできる事などないし。
とにかく疲れていたのだ。
諦めて目を閉じて、次に目を開けたのは翌日の昼過ぎだった。
爆睡した。
ルカリオさんが絶倫だという噂が水面下で囁かれ、私の耳に入るのはこれから随分と後のことになる。
ルカリオ、ここぞとばかりに手腕を発揮してます。
エレンはアンナがどこに行ってたのか知らないので、普通にお泊まりデートだと思ってます。
次話はまたお時間頂きます。