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50.王宮侍女は反抗する


なぜかマルムと義姉に出産の心得を教えられながら着替えを済ませる。

だから、出産する予定はまだないって言ってるのに。

まさか出産の手伝いをしろとかそういうやつ?

いやいや、産婆のおばちゃんいるし。素人が手を出したらダメじゃない?流石に赤ちゃんを取り上げる勇気はない。

でも、サポートぐらいならできるはず。そう、私はやれば出来る子だ。


「お嬢様にそんな事を期待しちゃいませんよ。こういう知識はあって困るもんじゃありませんからね」

「そうそう。アンナちゃんだって他人事じゃなくなるかもしれないでしょう?」


せっかく決心したのに、マルムも義姉も来なくていいと笑う。

そりゃそうか。当然だけど、間に合わないもんね。駆け付けてる間に生まれる可能性の方が高いわ。

ほっとしたような残念なような複雑な気分。


みんなは昼食は終えていたが、ファーガンが私たちの為に簡単な食事を作ってくれた。

パンとスープだけだが、温かい具沢山スープが体に沁み渡る。

温かい食事って本当に幸せな気持ちになるよね。お腹がぽかぽかする。

食堂でルカリオさんと向かい合わせで食事する間、横で長兄が書類を読んでいる。別にここで仕事しなくても良くない?

次兄は隣町に行っていて、父はもうすぐ帰ってくるらしい。

緊張して、食事が喉を通らない。それでも必死にもそもそ食べる私を見て「具合が悪いのか?」と長兄が心配してくれる。


「お前が食べ物を前にそんな顔をするなんて、一体何をやらかしたんだ」


そんな顔ってどんなだ!?

長兄の中の私が食いしん坊すぎる。

私だって緊張で食事が喉を通らないような繊細さはあるんだよ。あ、ファーガン、パンおかわりで。


「何の相談か知らんが、今日は泊まっていくんだろ?」


聞かれたのでルカリオさんを見る。

今回は全てお任せなので、どうなっているのか全く知らない。


「突然訪れた上で申し訳ないですが、一泊お願いできますか?明日は昼前に出発したいと考えてます」


ほうほう。なるほど。

流石に日帰りは難しいよね。やったとしても帰り着くのは真夜中だから、通用門は閉まってるだろうし。


「分かりました。前回と同じ部屋をご用意しておきますので、そちらに。アンナは自分の部屋だからな、いいな?」

「自室以外のどこで寝ろと…」


なに?可愛い妹を追い出したいの?

牛舎とか嫌だからね。

長兄は呆れたような何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わずに額に手を当てて嘆息した。

言いたい事があれば言おうよ。分かんないってば。


昼食を食べ終わった頃に父が帰ってきたと連絡をもらい、ルカリオさんと二人で父の待つ応接室に向かった。

あぁ、緊張する。

どう聞けばいいんだろう。

来る途中に散々迷っても、まだ結論は出てない。多分出ない。……怖いな。

ゆっくりだった歩みが止まる。

はあぁぁぁとため息を吐き出せば、頭を優しく撫でられた。見上げれば、ルカリオさんが微笑んでる。


「大丈夫ですよ」


聞きようによっては無責任な言葉なのに、素直に心の中に入ってくる。胸の奥がぽかぽかしてくすぐったい。

うん。大丈夫。


「行きましょう」


そう言って指を絡めて手を繋ぐ。

温かい手に引かれて再び歩き始める。今度は止まらなかった。



応接室の扉をノックすれば、父の声で返事があった。

中では、一人掛けのソファに座った父がいる。その父へルカリオさんが一礼した。


「男爵。この度は不躾な訪問をお許しください」

「……どうぞ、おかけください」


いつもより硬い表情で向かいの席をすすめる。

微笑が固定されているような父の珍しい表情に目を丸めていると、ルカリオさんの手がそっと背中を押した。


「部外者がいると話し辛いでしょうから私は席を外しますね」


驚いて見上げると「大丈夫」と小さな声で念を押してくれた。

一緒にいてくれると思っていたから、不安が湧き上がる。

無意識にルカリオさんの袖を掴んでいた指が彼の掌に包まれる。暖かい体温は優しく撫でると手を掬い上げて、指を絡ませるように握られた。


「大丈夫です。お父上は全部受け止めてくれますよ。私もずっと味方です。だから、安心して」


言葉一つ一つが耳に残る。

小さく頷けば、お守りだと握られた掌にキスをされた。

まるで恋人のような態度にうひゃあと驚いてるうちにルカリオさんは父に挨拶をして部屋の外へと出てしまった。

いや、恋人であってるのか。あってる、よね?

危うくルカリオさん遊び人説が浮上しかけたが、それはないと首を振る。

天然でアレか…。恐ろしい。

父に名前を呼ばれて、ここに来た目的を思い出す。

ルカリオさんのせいで良い意味で緊張は減っていた。


「あ、えっと、急にごめんね」

「いや、いいんだよ。ちょっと驚いたが。その、アンナは、ガルシアン卿と……お、お付き合いをだな…、その、しているのかい?」

「ぅえ!えぇ……っと、その、うん。はい…」


してる…はず。してる、よね?

そもそも恋人ってどうやったらなるの。お互いに好きだと分かって、付き合おうでなるもん?

告白は、した。……よね。したし、された。うん。

婚約(仮)なワケだから、付き合ってるで間違いないはず。

つい最近の怒涛な過去を思い出しながら答えると、なぜか父はひどく落ち込んでいた。


「そうか。やはり、そうなんだね」


ぶつぶつと呟く父は疲れているのかもしれない。兄達に言って、少し休むように伝えてもらおう。

さて。どう切り出そうか。

そう考えているが、どう話せばいいのか分からなくなってきた。

妻の不貞とか今更話したくないよね。

別に知らなくても不都合なんてないはず。私がルカリオさんと付き合うのを止めれば……止めたら……。

右の掌に視線がおちる。


ダメだ。聞く為に、ルカリオさんまで巻き込んで来たんじゃないか。

掌をギュッと握りしめて顔を上げた。


「お父さん。私、聞きたいことがあるの」


結果がどうだろうと、私はみんなを家族だと思っているんだから大丈夫。

嫌われても、一人じゃないから、たぶん大丈夫。


「私……私、お父さんと血が繋がってないよね」


決死の覚悟で問いかければ、父の目が大きく見開かれた。

驚きに満ちた顔で父は一言呟いた。


「え?」


え?聞こえなかった?

幾分か緊張が抜けた声で、私は同じ問いを投げかけたが、拍子抜けするほどあっさりと否定される。


「まさか、そんなワケないだろう」

「でも、昔、使用人が話してたよ。あの人が浮気して私が生まれたって」

「それは、ただの噂だよ。口さがない人たちが娯楽として面白おかしく話していたんだ」

「でも!本当に浮気してたじゃない。私、知ってるんだよ。あの人、お父さんじゃない人とキスしてた」

「アンナ…」

「知ってるよ。見たもの。私が熱出した時、その人と抱き合ってた…。見たもの……」


熱を出した私の看病であの人だけが屋敷に残っていたあの日。

目が覚めると誰も居なくて、母親恋しさにうろついていたら話し声らしきものが聞こえてきた。導かれるように向かった先では半裸の母親が知らない男の人と抱き合っていた。

荒い息遣いの合間に見つめ合う横顔が知らない人のようで怖かったのを覚えている。


「見たもの……」


『愛してるわ。本当よ。あんなつまらない男なんてうんざり』

『子ども?置いてくわよ。だって邪魔じゃないの』

『この愛こそ真実の愛なのよ。だから、仕方ないんだわ。私は運命を選んだのよ』

知らない顔で、知らない人に愛を囁く人。

仕方ない、要らない、と私達を切り捨てた人。

真実の愛だと自分の言動を正当化しようとした人。

それが、私の母親だった。


鞄一つを手にした母親に駆け寄り『行かないで』と伸ばした手は呆気なく振り払われた。あの時は痛みよりも驚きの方が優っていたと思う。

『連れて行けるわけないでしょ。お願いだから邪魔しないで』

忌々しそうに睨む母親に『まって』『置いていかないで』と泣きながら追いかけたが、一度も振り返る事なく母親は家を出て行った。


『末のお嬢さんが生まれる前から関係があったらしいよ』


『見てごらん、男爵様にも奥様にもご兄弟にも似てない』


『男爵様もお可哀想に。自分の種でも無い子どもを育てなきゃならないなんて』


浮気相手に金を貢いだ挙句、金目の物を持ち出した母親のせいで貧乏に拍車がかかった。

そして、父も兄たちも姉も出かけていない屋敷の中のあちこちで囁かれる噂話。

あれが全部でまかせ?嘘?

火のないところに煙は立たないんだよ?


「みんな言ってたよ。私だけ違うって。お父さんの子どもじゃないって」


牛を飼っているおじさんが、チーズを作るおばさんが、私を見て『かわいそうに』と呟く。『男爵様も人がいい』と私を見て困った顔をする。


「そんなワケがあるかっ!アンナ、お前は本当に私の子どもだ。この命を賭けたっていい」


大声で叫ばれて目を見張った。

いつも穏やかな父がこんな大声を出すなんて滅多にない事だった。

とても真剣な目で言われて、言葉に詰まって泣きそうになる。

父の言葉が本当でも嘘でも、父が私を自分の子だと思っていてくれる事が嬉しい。


下手くそな笑顔で笑うと、父も笑顔を返してくれた。

そして、私が父の母似だと教えてくれた。父方の祖父母は私が生まれる前に亡くなっているので知らなかった。

肖像画もあるそうなのだが、何かの時に倉庫に仕舞い込んだままになっているらしい。今度帰ってくるまでに見つけだしておくと、当てにならない約束をしてくれた。


「そんな事で悩んでいるなんて思わなかったよ。早く聞いてくれればよかったのに」


緊張が抜けてソファの背もたれに寄りかかった私の耳に父ののんびりした声が届いた。


「話があると言うからてっきり…。早とちりはダメだねぇ。なんだ、そんな事か。なんだ、なんだ」


あははは。と陽気に笑う父の声に、腹が立った私は悪くないと思う。


「そんな、こと?」

「?アンナ?」

「そんな事って言った?」


十数年悩んできた事を「そんな事」で終わらせたの?

え?ちょっと待て。聞き間違い?


「いや、だって、そんな事だろう?アンナは私の子なんだから」


不思議そうに首を傾げる姿にこれほどムカついた事があっただろうか。

いや、無い。

人が悩んで悩んできた事を「そんな事」?

は?そんなあっさり言う?

ちょっと無神経じゃない?

いや、昔からそんなところはあった。その度にお姉ちゃんが怒って、私が「まぁまぁ」とか宥めてたんだよ。

お姉ちゃん、今なら気持ちがよくわかる。


「そんな事じゃないもん。ずっと、ずっと悩んでたのに、お父さんの無神経っ!楽天家!能天気!」

「え?ええ!?」

「もう、ばかぁ!嫌いっ!!」

「ア、アンナっ!!」


言うだけ言って、部屋を飛び出した。無我夢中で走って、自室のベッドにダイブした。

途中でルカリオさんにぶつかったけど、説明している余裕なんて無くてそのままにしてきた。

だって、腹立つんだもん!

お父さんのばかぁ!!!!


力任せに八つ当たりした枕のせいで、翌日マルムに説教を食らった。

それも父のせいにしておこうと思う。


一ヶ月ぶりの更新です。お待たせしました。

次話は明日か明後日です。修正中なので、はっきり言えなくてすみません。


自分の悩みって他の人にとっては些事だったりすることってあるよねー。

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― 新着の感想 ―
[一言] アンナちゃん……お父さんはてっきり……だと思っていたんだよ……しかし、アンナちゃんはずっと悩んでいたけど、アンナちゃんが娘である事はお父さんにとっては、そんな事で済ませられるくらいに当たり前…
[気になる点] 一見些細なことでも本人にとっては自身の根幹に関わる大問題、というのは稀にありますね。 そしてその後のフォローをしくじると後々まで悔やむことになりがちです>< [一言] こんばんは&更新…
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