46.王宮侍女は蚊帳の外
なんだかんだと日は過ぎて、お茶会当日。
社交シーズンは終わっているので、王都に残っている親しい者達だけの少人数での開催となる。小規模だから、貴族街にある社交倶楽部で出来るんだけどね。
私は準備する側だから、開催時間よりも先に着いて準備をしなければならないのに、なぜかお客様側のルカリオさんと一緒に向かっている。
断ったんだよ?でもこうなった。なぜだ。
男は女の口に勝てない。なんて言ったやつは誰だ。男の方が口が上手いんですが?次兄みたいに、理論整然と諭してくるんですが?
時間節約だとか、馬車代が浮くとか、お得感をこれでもかと並べ立てられた。極め付けに「私がアンナさんと一緒にいたいんです。ご迷惑ですか?」と跪かれて上目遣いで懇願された。
その結果がご覧の通りだ。
あぁ、落ち着かない。この人、本当に心臓に悪い。
秋らしく茶色を含んだ赤い口紅を塗り余分を拭き取る。顔の輪郭に沿って流れる亜麻色の髪を整えて声をかければ、満足そうに微笑んだ“彼女”は月光のようなドレスを翻して会場へと向かった。それを礼で見送った私たちは、目を合わせてニッと笑うとハイタッチをした。
「「「お疲れぇ!いぇいっ!」」」
客は少人数とは言え、失敗など許されない緊張感はいつもと同じなのだ。
お互いに今日も頑張った!後はお茶会が終わって男装に戻すお手伝いだけだ。
簡単に片付けをしてるとロッティちゃんがにやにやと近づいてきた。
「アンナちゃーん?ねぇえ、何か、あったでしょ?」
「ガルシアン卿と確実に何かはあったわよねぇ」
ジュディちゃんが確信めいた顔でうんうんと頷いている。
鋭い…。
何かはあった。あったが、プロポーズされたとか言えるかー!婚約(仮)中ですが、なにか?
根掘り葉掘り聞かれても困る。私も困惑した上での棚上げ状態なのだから説明できる自信がない。
「黙秘です。私は貝になる」
両手で口を押さえる。
何かあったと言うようなものなんだが、この二人にいつまでも内緒にできるとも思えない。悪あがきとわかっているけど、抵抗させてもらう。
「いいわよ。いいわよ。勝手に推理するから。ね?」
「ね!」
「んで、どう思う?あれは付き合い始めとみたわ」
「アンナの狼狽えっぷりと余裕のガルシアン卿から、ようやくアンナが意識し始めたんじゃないかしら?」
「この鈍感娘がようやくかぁ。ガルシアン卿ってばいったい、何を、し・た・の・かなぁ?」
「何もないに、ルセ・マルゴーのフルーツタルト」
「キス止まりにリド・ティカールのパウンドケーキ」
黙って聞いてりゃ、言いたい放題だな。
私がルカリオさんのメイクしてる時、こっち見てたの?そりゃ、待ってる人いなくて暇だったんだろうけど、見てたの!?
自分でも挙動不審だと思ったけど、2人して見てたのね!?
今回、ミミィちゃんは本業のお仕事でお休み。メイク担当は私だけ。ってことは?
そう!ルカリオさんの変身メイクを私がやるしかないのだ。
仕事だし、やったよ。きっちりと美人に仕上げましたよ。
私と一緒に来たから時間は有り余ってるし、顔剃りしてからマッサージやって、下地もアイメイクも念入りにやったのよ。そしたら透明感のある艶肌が出来あがりましたともさ。
お礼を述べる笑顔が眩しくて直視出来なかった。
あれだな。性別変わっても美男美女の笑顔は輝くもんなんだね。すごいな。
いつもより時間がかかったから、出来栄えは置いても手際の悪さは課題だなぁ。あぁ、鋼の心臓が欲しい。
だって、だってさぁ!今更だけど、顔が近いんだよ。
メイクするんだから仕方ないんだけど、仕方ないんだーけーどーさぁ!!近づけなきゃ出来ないんだーけーどー、さあ!!
緊張するでしょ。するよね。するじゃろがい。
もう、変に手が震えるし、うぎ!ってなって、ぐぅ!ってなるじゃん。挙動不審もいいとこだよ。
負けるもんか。と両頬をぶっ叩いて気合いを入れた。
頑張れ、私。気を抜いたら死ぬと思え!てね。
そんな感じで乗り切ったけど、その奇行は二人に目撃してされていたらしい。
「「で?真相はどうなのよ?」」
綺麗にハモった。双子か。
こっちを向くタイミングまで一緒かよ。
「黙秘します。乙女の秘密」
「なぁにが乙女よ。ほら、吐け。とっとっと吐いて楽になれ」
「そうよ。ゲロっちゃえば楽よ?1人で悶々と悩んでるより私たちに相談した方がいいわよ〜。楽になろう?ね?」
「やーだ。黙秘。黙秘します」
「体に聞く前に素直に吐いた方が楽だぞ?」
ロッティちゃん、口調が男に戻ってる。わきわきさせた手で何をするつもりなの。
ギャアギャアと騒いでたら、控え室の扉がバタンと勢いよく開いた。そこから現れたのは、柔らかなシフォンのドレスをふわりと風に揺らしたシフォンちゃん。
メイクで変身したぱっちりお目々を更にぐわっと見開いて、団子状態の私たちを見た。正確には、真ん中で押しつぶされている私を、だ。
「アンナっ!結婚するって本当なの!?」
シフォンちゃんの爆弾発言に驚いたのは、私も同じで。
「へ?」
「「え!?」」
驚愕に見開かれた二対の目が「どういうこと!?」と圧をかけてくる。
知らんがな。
「もぅ!もぅ!どうして教えてくれなかったのよぉ」
シフォンちゃんが両手を脇で振りながら上下にぴょんぴょんと跳ねる。ドレスの裾がふわふわと揺れて、もう40歳に近いのになんだか可愛い。
「ちょっと!どういう事!?結婚って何?聞いてねぇぞ!」
「きゃあぁぁ。本当?やだやだ、どうして言ってくれないのよぉ」
ロッティちゃんが正面から肩をガンガンと揺すり、ジュディちゃんが背中をバチバチと叩く。
カオスだ。つーか、痛い。やめれ。
普段はシックな室内は、お茶会に相応しくピンクのリボンと花で飾り付けた。壁紙がシックなので、可愛いよりはクールな可愛さになっている。グッジョブ私ら。
そんな室内で談笑するお姉様方は、会を重ねる毎に変身能力が上がっているように見える。美魔女作成隊の技術力は確実に上がっていると思う。うむ、すばらしい。
そんなお姉さま方にキラキラした目で見られて、身の置き場がない私です。
準備室に突撃してきたシフォンちゃんに拉致られて、会場の真ん中にあるテーブルに座らされてます。ちなみに、隣にはもう一人の主役のルカリオさん(女装中)が座っている。
見た目だけは華やかな一団の真ん中にいるのに、気分は尋問される被疑者だ。好奇心という圧が半端ねぇ。
「どういう事ですか?」
こそっと隣に問いかけると、困り顔で「すみません」と謝られてしまった。
「実は、私がプロポーズした事を侯……マリアンヌさんが喋ってしまって、そこから大騒ぎになってしまいました」
バッと左斜め前に優雅に立つマリアンヌさんを見上げれば、艶やかな笑みを浮かべてひらひらと手を振っている。
いや、美人だけども。くそぅいい仕事したぜ私!って思うけども。
何してくれてんの!?
なんで部下のプライベート喋ってんの!?
「ご迷惑でしたよね…」
しゅんとしたルカリオさんのせいじゃないから。全部そこの美魔女侯爵が悪いからっ。
この状況を作り出したくせに、輪の外側から楽しそうに見ているそこの美魔女オヤジのせいだからっ。
興奮したお姉様方に囲まれて逃げ場などない。しかもその後ろでロッティちゃんとジュディちゃんまで好奇心に目を輝かせている。逃げ場となる扉はその後ろだ。
やめて欲しい。経験ないから注目されるのは苦手なんだよ。
さっきから妙な動悸が止まらない。
「それで?それで?アンナはプロポーズを受けたのかしら?」
さっきからうずうずしていたシフォンちゃんが前のめりで話しかけてくる。
棚上げしてますなんて答えたら怒られるかもしれない。なんと答えればいいんだ…。
「お返事待ちです。アンナさんにしてみれば突然の事で驚かれたみたいですので。私としては、嬉しい返事を願うばかりですね」
私が答えるよりも先にルカリオさんが答えてくれた。
改めて聞くと、待たせてる感あって申し訳ないなぁ。でも、1年の猶予くれたのはルカリオさんだし。
他の人も早く結論出せるのかな。平均って何日よ。
………私、甘えてんのかな。
「まあぁぁ!でも、プロポーズから日にちもだいぶ経っているのでしょう?アンナもそろそろ答えてあげてもいいんじゃないかしら?」
「そうよ、これだけ日数があれば十分でしょ」
「でも、結婚とは生涯を共にするものだ。じっくりと考えた方がいいのではないだろうか」
「やぁだ。素が出てるわよ」
「おっと、いけない。おほほほ」
ルカリオさんの返事に色めき立つお姉様方。
興奮のせいか、裏声の中で野太い声もちらほら出ている。
「アンナももったいぶらないで『はい』って返事しちゃいなさいよ」
「そうそう。お似合いだと思うわよ」
「いっそうのこと、ここで簡易結婚式とかしちゃわない?」
「きゃあぁ!やだぁいいわ、いいわぁ」
「ちょっと、誰かベール持ってないの?ねぇ、ロッティ、ジュディ」
「はい。ございますっ!少しお時間を頂ければそれらしくアレンジしてまいります」
なぜそうなる。
ジュディちゃんも、何、嬉々と返事してんの。やめれ。
てか、お姉様方が暴走し始めた。ちょっと待て。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
興奮状態で暴走したお姉様方は、当然の事ながら私の制止など聞きやしない。つか、聞こえてない。
「誰か神父役やりなさいよ」
「やぁよ、誰が好んでここで男の格好するのよ」
「この姿でもいいわよ。私達らしくていいじゃない。マリアンヌ様、お願いできませんか?」
「構わぬよ。喜んで引き受けよう」
「ウェディングケーキはどうしましょう?ホールケーキなんて無いわ」
「プチシューを重ねましょうよ。クロカンブッシュってこんな感じじゃなかったかしら」
「こちらの飾りも使っちゃいましょう。ほら可愛いわ」
「ブーケにここのお花使っていいわよね?」
「このリボンで束ねましょう」
「まあ!ローズ様とてもお上手ね。綺麗だわ」
「ありがとうございます。昔からお花が大好きだったんですの」
私を置いたまま、周囲がどんどんと動いていく。
なんだこれ。
何してんの?
なんで、プロポーズの話から結婚式になるの。私、返事してないよ。
ちょっと待ってよ。
騒がしくもイキイキと目を輝かせるお姉様方を、普段なら微笑ましく見てしまうところだが、今はそれ所じゃない。
どうしようかと隣を見れば、私の視線に気がついたルカリオさんが困ったように目尻を下げる。
「気持ちはありがたいですが、困りましたね」
と、あまり困ってなさそうに告げられた。
あ、止める気ないな。
と直感的に思った。下っ端のルカリオさんからすればみんな年上でほぼ上司に当たるから言いづらいんだろう。だけど、多分、それだけじゃない。ルカリオさんにとっては悪い展開じゃない。
正式ではなくとも、私がプロポーズを受けたという証拠にもなる。しかも大量の証人までいる。
何を迷う事がある。
相手は、格上の伯爵家の息子で、仕事が出来て、性格も温厚で優しい。私には申し訳ないぐらいに過ぎた話だ。今後、こんな好条件の結婚相手なんて見つからないだろう。
しかも、周りにも歓迎されて、祝福されている。
この優しい人と結婚して、侍女を続けながら家庭を持ち、ぬるま湯に浸った優しい日々を送ればいい。
簡単な事だ。そうするのが正解だ。
正解が分かっていても、体の奥の奥で「私」が叫ぶ。
「それでいいのか」と。
膝の上で重ねた手に力を入れる。
名前を呼べば、騒がしい中でも聞こえたようで嬉しそうに微笑んでくれた。
その顔を見て、私は前から聞きたかった事を口にした。
「ルカリオさん。私のこと『愛して』ますか?」
彼は数度瞬きをした後、にこりと優しく微笑む。完璧な笑顔で。
「もちろんです。愛してますよ、アンナさん」
穏やかに告げられた言葉に涙が出そうになった。
胸が苦しい。
心臓が力強く絞られた雑巾みたいにぎゅうぎゅうと痛む。
あぁ。私、ルカリオさんが好きなんだ。
ストンと自覚した。
そうか。好きなんだ。異性として、男として、彼が好きなんだ。
絞られる胸の奥が痛くて、右手で胸元を鷲掴む。
ルカリオさんは良い人だ。
彼以上の人は今後現れないかもしれない。
私には過ぎた人だ。もったいないと誰もが思うだろう。
だから、これは、ただの、
「ごめんなさい。私、貴方と結婚できません」
–––––––––– 私の意地だ。
久しぶりの更新ですみません。
次話は明日の16時を予定しています。




