45.王宮侍女は言い訳を探す
吹き抜けた寒風に体を震わせ、ショールをかけ直した。一昨日までの気温が嘘のように、今朝は寒さが厳しい。冬が訪れるのもそう遠くないだろう。
身重の姉と義姉に暖かいブランケットでも贈ろうか。兄に無いのも悪い気がする。兄弟に贈るなら父にも贈りたい。そうなると、マルムたちにも何か贈った方がいいだろうか。
増えていくプレゼントの中身に頭を悩ませているうちに休日がやってきた。
姉と義姉には色違いのブランケット。父と兄にはマフラーにして、マルムたちには手袋にした。
姉と実家に商品を送ってもらう手配をしていた時、深緑のチェック柄のマフラーが目に入る。柄も色も落ち着いてて上品な高級品。
高いので3人分はちょっとなぁと諦めた品物だ。
「どうぞお気軽に触れてみてください」
店員に声をかけられ、端に触れてみればふわりと手触りがいい。
うわ、気持ちいい。さすが高級品。
「肌触りがよろしいでしょう?アミシアという山羊の毛を使っておりまして、軽くて暖かいんですよ。ぜひお手に取ってみてください」
「あ、本当に軽いんですね」
「はい。編み方にもこだわっております。こちらは人気商品でして、ご購入頂いた方が色違いを求めて頂く事も多くございます。お嬢様がご覧になっていたのは人気色で、在庫が残りわずかになっております」
さすが、高級品。さすが貴族街。高いけど売れるんだね。いや、高いから売れるのか?
「色味と柄が上品ですので、ご年配の方には若々しく、お若い方には落ち着いた雰囲気を醸し出していただけます。男性へのプレゼントにとても人気ですのよ。男性の方はご自分が贈る事は多くとも、受け取る機会というのはなかなか少ないですわよね?記念日やお祝いでのプレゼントもよろしいですが、なんでも無い日に感謝の気持ちと共に贈られると、サプライズ感もありとても喜ばれると思いますよ?」
「そう、ですね…」
「ええ。そうなんですよ。お相手様のお年や雰囲気を教えて頂ければ、他のお勧め商品もお持ちしますよ?」
「え、えっと……」
お相手と言われて思い浮かんだのは、柔和な笑顔の外交官。
いやいや、違う。違う。
「あら。やはりお相手様がいらっしゃるのですね。こちらの色がお似合いになる方かしら?髪はどんなお色ですか?」
「へ?あ、えっと、焦茶で…」
「ついでに瞳の色もお聞きしても?」
「瞳?え……えっと、緑です」
「落ち着いた色合いの方ですわね。お顔つきはキリっとしてる方?それとも優しげな方?」
「か、顔?え、えぇっと、優しい、かな。あ、でも、たまにかっこ……」
要らん事を言いかけた口を片手で塞ぐ。
うおぉいぃ。今、何言おうとした、私っ!
「まぁまぁ。ご馳走様ですわ。うふふふ。素敵な方ですのね」
「え!?いえ、違っ、ちが……わなくもないけど、そういうのではなくてっ」
やめて。その微笑ましいものを見る目。
違うから。そういうのじゃ無いから。
「うふふふ。わかりました。まだそういうご関係ではないのですね。では、こちらの商品もお似合いになると思いますよ」
やめて、その生温かい目。恥ずかしいから、やめてくれ。
確かに、似合うと思ったよ。肌触りもいいし、仕事でも使えると思ったよ。
でも、でもさ……違うから。
違う。そういうのじゃないんだってば。
店から出てきた私の手にあるのは、流され躊躇い自分で選んだ様な結果の紙袋がひとつ。
「違う。日頃のお礼だから。ワンピースとか、お菓子とか、花とか、貰いっぱなしだし。お礼だから」
意味なんて、ない。いや、お礼って意味はある。だから、別に変な意味じゃなくて、お礼だから。
「違うし…」
気恥ずかしくなり、紙袋から目を離したその時、背後から衝撃を受けた。
「ア、ン、ナーーーー!」
「っふごぉ!!」
吹っ飛びそうになった足を大きく前に踏みだし、なんとか転倒は避けられたが、踏みしめた右足が地味に痛い。淑女としてこの体勢もどうかと思うが、転ぶよりマシだろう。
バクバクと脈打つ心臓を押さえながら振り向くと、きらきらと輝く金髪の男の子が私の腰に抱きついていた。
「やっぱりアンナだ」
くるりとした金の巻き毛に、透き通るような水色の瞳を持つ愛くるしい天使のような男の子は、蕩けるような笑顔で私を見上げていた。
相変わらず笑顔だけは天使級。
「ブラム様っ!一人で走っていかれるとは何事ですかっ!!」
「護衛を置いて行かないでください」
「あ、ドーラ、マハダ。ごめんね」
息を切らせて走ってきた侍女と護衛の騎士に、全く反省してなさそうな謝罪をしても可愛いな、おい。
「僕を置いて行くなんてどういうつもり?」
「ヴラドもごめんね?」
いや、なんで疑問符?
侍女の後ろから現れた不機嫌さを隠しもしない少年は、ブラムと全く同じ顔で同じ色彩だった。
外見はそっくりなのだが、ちょっとふわっとしている方が兄のブラムで、ちょっとつんとしているのが弟のヴラドである。
この双子。ネクロズ伯爵のお子様たちである。
そう。私のタペストリーを購入したネクロズの魔女ことエリザ・ネクロズ伯爵夫人のお子様である。
黒髪の夫妻からどうしてこんな金髪天使が!?まさか不倫!?と思ったが、夫人譲りらしい。なんでも、夫が好きすぎて同じ黒髪にしたかったんだとか。あの黒髪が鬘だったとは…。
こんな綺麗な金髪を隠すのはもったいない気もするが、まぁ、ひとんちの話だし。
「お久しぶりです。お二人ともお元気そうでなによりです」
「うん。元気!」
「ブラムは元気しか取り柄がないからな」
「そんな事ないもん」
往来で立ち話もなんだからと、近くのカフェに入ることになった。
いや、帰っても良かったんだけど、この後母親と合流するって言うから。護衛と侍女がいるから大丈夫なんだろうけど、なんとなくね。
「お母様とは別行動なんですね」
「うん。僕らは降霊会に参加できないからね」
「占いするのも飽きたし、買い物に出かけたらアンナを見かけたんだ」
「欠品が多くて使えない店だったよね」
「子爵の御用達とか言ってたけど、あんなに使えないとは思わなかったね」
うん。なんか不穏な単語が聞こえたけど、流そう。深く興味を持っちゃダメだ。
代わりにいい店知らない?なんて聞かれたけど、そんな店は知りません。とある裏通りにそんな店があると聞いた事はあるけど、教えない。子どもが行く店じゃありません。
焼き芋を手に入れたあの日、城へ来ていた二人と偶然出会い、なぜか懐かれてしまった。
きっかけは、私が落とした団長のスケッチを拾ってくれたのがブラムだった。団長に憧れていた彼にスケッチを売ってくれと縋り付かれ、側にいたヴラドが茶々を入れて、背後にいたマハダに睨まれるというカオスが出来上がった。
相手が大人なら迷わず売ってたけど、子ども相手に売りつけるような鬼畜な真似はできぬ。
結局、ヴラドと喧嘩にならないように5枚のうち4枚をあげると、感激の涙を浮かべて神々さえ籠絡しそうな笑顔でお礼を言われまった。
元手はタダなので心苦しいが、いいもん見させてもらった。日々の色んな疲れたぶっ飛んだ。ありがたや。
この天使の将来の夢が、筋肉隆々の団長のような騎士になる事らしいので、周囲の方は全力で止めて欲しいと思う。筋肉隆々の天使とか泣ける。せめて、細マッチョな天使がいい。
残りの一枚は、今日も来ている護衛騎士のマハダから熱望されて売った。こっちは大人なので遠慮なく売った。
主従揃って団長ファンらしい。尊敬も憧憬も過ぎるとやばいと再納得したね。
エリザ夫人と合流するまでの間、ブラムの熱の籠った団長愛を聞かされ、ヴラドのカード占いの練習相手にされた。なかなか濃い午後といえる。
してもらってなんだけど、占いって半信半疑なんだよね。だけど、ヴラドの言葉は胸の奥にじわりと刺さった。
『不安と猜疑。愛の決着。真実の露呈。ってとこかな。……ふぅん。近いうちに、長い疑問が解決するかもしれないよ?気持ちを強く持って迎えなよ』
そう言ったヴラドは「がんばってね」と、ブラムと同じく天使の笑顔で付け加えた。
なんだかアンナが微笑ましいです。
ネクロズ家の双子はフェドトフ様の案を採用させて頂きました。侍女と護衛騎士はロケット様の案から選ばせて頂きました。
ありがとうございました!!