44.王宮侍女は芳醇な香りを知る
念願の焼き芋は美味しかった。
ねっとりと甘いが、しつこく残らない。あと一口、もう一口と、止まらなくなる美味しさだった。
ちょっと困った事もあったが、美味しかったのでプラマイゼロで……いや、緊急事態に陥ったからほんの少しマイナスで。
欲張って3本も食べるんじゃなかった。
侮り難し、秋の味覚。
さて、今回のお客様は国内のお貴族様である。
西のクルーレ海に面した領地を持つナダルク伯爵。貿易港を持ってるお金持ち。
今回は交易の件で5日ほど滞在する予定。
交易なら外務省と財務省との仕事かな。たぶん。…………ま、いいや。仕事、仕事。
えっと、ナダルク伯爵と侍女1人と侍従が1人が滞在。金持ちの伯爵なのに少ないな。
随行する大半は別の棟に泊まって、こちらには必要な使用人しか連れてこない。伯爵ぐらいなら倍は連れてきてもおかしくないのに。余程優秀なのかも。
王族だと半分置いてこいっ!と思うぐらい引き連れてくる。まぁ、その場合は貴賓室じゃなくて、離宮になるんだよね。私はまだ体験してないから聞いた話だけどね。
貴賓室は国にとって重要な人達が宿泊や休憩に使う部屋なので、基本的にメイドは入れず掃除も侍女が行う。本格的な掃除は空室になった時にメイドが行っているが、使用中の部屋の掃除やリネンの取り替えは担当の侍女の仕事。元々メイドの仕事をこなしていた私には楽勝すぎる仕事なんだよね。
たまに、リネンが酷く汚れていようとも、妙な物が落ちていようとも、気にしないし驚きもしない。
ははは。このぐらい可愛いもんだよ。ふはははは。
……しかし、ベッドで裸で寝ている女性はどう扱えばいいんでしょうね。
ナダルク伯爵は侍従を伴って出てるので、この女の人は連れてきた侍女で間違いないだろう。髪が乱れてるけど、顔は同じだ。
リネン交換したいんだけどな。だらだら寝てないで退いてくれないだろうか。
使用後の部屋の掃除は多数やってきたけど、事後の人がいる状態はあまり経験がない。大体そそくさとすれ違うぐらいだったしなぁ。
どうすりゃいいんだ。とりあえず邪魔なので退いてもらおう。
「陽も高くなって参りました。そろそろお目覚めください」
「…ん……なによ、もぉ。疲れてるのにぃ」
寝起きで目つきの悪い侍女はぶつぶつと文句を言っていたが、気分の良い言葉を羅列して持ち上げた結果、気怠げな色気を無駄に垂れ流し、脂肪が溢れている胸を反らしながら風呂に行ってくれた。
面倒くさい上に、疲れる愛人だ。とっとっと動け。
なんでか入浴を手伝えとか言う戯言をほざいていたが、丁寧に遠慮申し上げた。
どうして介助の必要もない愛人の入浴を手伝わなきゃならんのだ。私の業務にそんな仕事はない。
言っておくが、私の胸部付近を見て鼻で笑ったからではない。そんなちっぽけな理由では決してないのだ。
その後も愛人侍女は会う度に、謎のマウント取りをしてくる。なんだろな、あれ。
伯爵様に愛されすぎて困っちゃう〜と全く困ってないドヤ顔で話しかけてくるのだ。
私も毎回絡まれて困っている。少しは察してくれ。
「伯爵様も愛のない結婚でお可哀想」とか「私だけが伯爵様を分かって差し上げられるのよ」などと、舞台で演じる女優のようなセリフを恥ずかしげもなく吐きまくる。私の迷惑をお前だけが分かっていない。
毎回、曖昧な返事しかしない私に不満そうな顔をするが、全くもって羨ましくないからやめて欲しい。そういう自慢は、帰ってからお屋敷の仲間相手にやってくれ。
愛人侍女にうんざりしていた最終日。
伯爵が愛人侍女を連れて街に出かけたのを確かめて、部屋のリネン交換に向かう。誰もいないと思ってノックもせずに扉を開けたら、侍従さんがいた。
「………」
「………」
お互いの視線が合う。
無意識に後ろ手で扉を閉めれば、侍従さんは慌ててベッドから飛び降りた。
「あ、あああ、あのっ。違うんですっ」
顔を真っ赤にして両手をパタパタと振る。
三十路男のくせに、動きが乙女だ。愛人侍女より彼の方が可愛くないか?伯爵見る目ないな。
「お気になさらず。ご在室とは知らず、失礼致しました」
真っ赤な顔を両手で覆って蹲ってしまった侍従さんの横を笑顔で抜けて、ベッドのシーツを剥がしていく。
あら、今日は汚れてないな。腰を痛めたのならイイ店を紹介してさしあげるのに。
「違うんです。違うんですよぉぉぉ」
半泣きの侍従さんをそのままに、彼がさっきまで顔を埋めていた枕カバーを剥ぎ取る。合間に聞こえる言い訳のような呟きがちょっとうざ……面倒なのでシーツとまとめてベッドの端に置くと、彼の前にしゃがみこむ。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください」
少し優しく話しかける。
自分の行動が恥ずかしいんだろうなぁ。主人のベッドで枕を抱きしめてるのを見つかったら、そりゃ恥ずかしいだろう。
この侍従さんも愛人侍女も珍しい趣味をしてると思うが、人間中身が大事と言うし。実際、悪い方ではない。物凄く良い方でもないが。
「私共には守秘義務がございます。部屋で見聞きした事は外部に漏れません。他の方はもちろん、伯爵様にも他言は致しません」
「ほ、本当ですか?」
「もちろんです。ご安心ください。ご不安でしたら誓約書でもお書きしますよ」
「いえ、そこまでしなくても良いです」
首をぶんぶんと横に振る彼が少々心配になる。こんな素直で大丈夫か。
守秘義務はあるが、上から言われれば報告はする。だって、王宮勤めだからね。国の利益が優先されるのは自明の理だ。まぁ、こんな話を上司が聞きたいとも思えないが。
それにしても。と、頬を羞恥に染める侍従さんを改めて見る。
見た目は可愛い感じだけど、目元にシャドー入れて影を付けると小悪魔系になりそう。もしくは、可愛いを突き詰めるか。
………いかん、仕事が違う。
「ありがとうございます。伯爵様のお耳に入ったら解雇されてしまうかもしれなかったので、助かります」
彼の片想いってとこか。
あの伯爵のどこがいいのか聞いてみたい。だって、脂ぎった中年男だよ?鼻の頭とかテカってるし、痘痕顔だよ?側面は大丈夫そうだけど、頭頂部はかなり薄いよ?
まぁ……理解はできんが、その趣味も疑うが、私に被害がなければそれで良い。
よほど私が微妙な顔をしていたのか、侍従さんは少し躊躇った後に口を開いた。
「実は、私……その、匂いが、好きなんです」
「はぁ…」
なんの告白をされてるんだろう。
「伯爵様の匂いは、本当に素敵で。もう、一日中嗅いでいたいと言うか、あの香りに包まれて過ごしたいと言うか。濃厚なのにスパイシーな香りがあって、吸い込む毎に変化する正に、ミラクルフレグランス…」
恍惚と頬を染める侍従さんを見て私は思った。こいつヤベェと。
「ああ、誤解しないでくださいね。あの方の匂いが好きなだけで、伯爵様ご自身には全く全然微塵も恋慕なんてありませんから」
そこまで否定すると逆に怪しいと思うべきか、そこまで否定される伯爵を憐れむべきか。
しかし、匂い……。
思わずベッドに置いていた枕カバーを軽く匂ってみて、心底後悔した。
臭い。
むわっとする汗臭さの中に何とも言い難い酸っぱさが混じった臭い。筆舌に尽くし難いが、一言で言うなら『臭い』その一言に限る。
「……勇者か…」
思わず出た呟きは聞こえなかったらしい。
聞き返されたので、手にした加齢臭漂う枕カバーをそっと差し出して微笑むと、涙ぐんで感謝された。
あの臭さは洗濯じゃ落ちないかもしれない。しかも、涎っぽい跡まであった。
捨てるよりは有効活用してくれるんじゃないだろうか。
勇気ある人は、お父さん、おじいちゃんの枕カバーを嗅いでみよう。アフターフォローはできませんが。




