43.王宮侍女は黄金を求める
秋も深まって厚手の制服にも慣れてきた。というか、そろそろ下着も厚めにしなきゃダメじゃなかろうか。腹巻の修繕も限界っぽいし、今年は新調しようかな。なんて贅沢。
楽しみに胸を膨らませて、外廊下を歩く。庭園はすっかり秋模様だ。
鱗雲の下、落葉樹は葉を赤や黄色に変化させて王宮を彩っている。白い雲が薄く伸びる青空に、色とりどりの木々が美しい。風に吹かれてはらりと葉が落ちた。
落葉か。秋だなぁ。…………焼き芋。そうだ、焼き芋がいい。
落ち葉を集めてほこほこの焼き芋を作りたい。
でも、残念ながら王宮の庭師さんたちは優秀過ぎて落ち葉はあっという間に片付けられてしまう。ふふ、儚い夢ってやつよね。
………芋。
もう、ふかし芋でもいい。口が芋を求めているんだ。家なら、蒸し立てほっかほっかのジャガイモにバター乗っけるんだけどなぁ。
あぁ……芋が食べたい。
侍女長に会った後だから余計に癒しの食べ物が欲しい。
新しい侍女長は女官長の推薦を受けた凄い真面目な人なんだが、前任とのギャップが大きすぎて現場は戸惑い気味。戸惑ってるのは前侍女長に胡麻を擦ってた人たちなんだけどね。新しい侍女長は賄賂とか受け取らないどころか、そう言った物をなぜ受け取らないかという説明まで懇々と諭してくれるらしい。
なんだか周囲に説教好きが増えた気がするのは気のせいだろうか。
週一の業務報告書を持って行っただけだから、特に何があったわけじゃないが緊張した。本人の性格もあるんだろうけど、あの横に細い眼鏡とか一本の後毛も許さないような髪型のせいもあるんじゃないだろうか。
あの髪型を緩く結いあげてふんわりメイクをしたら大変身しそうなんだけどなぁ。させてくれないだろうなぁ。
やはり、厨房に行ってふかし芋でももらってこようか。
無意識にそちらに足が向かっていたらしい、視線の先には食堂がある。
時間的に昼食の混雑が終わった頃なので食堂の中はまばらだ。
見れば何人か座っている。訓練で食いっぱぐれたのかもしれない。
そんな事はどうでもいい、芋が私を呼んでいる。
「おぅ。アンナじゃねぇか。元気か?」
声がした方を見れば警備兵長のグレックさんが肉を片手に持ち、反対の手を挨拶代わりに挙げていた。
「遅昼ですね」
「ちと野暮用でな。そういや婚約したんだって?おめでとう」
なぜ知ってる。
「マチルダおばちゃんか…」
「残念。レダだ」
そっちか。
最近会ってないけど、元気かなぁ。いや、元気だ、絶対。会いに行ったら根掘り葉掘り聞かれそうで怖い。
「まだ仮です」
「選り好みしてると嫁ぎ遅れるぞ」
うるせー。
余計なお世話だ。
「人の事は放っておいてください」
「そろそろいい年だろうが。早く嫁に行って子ども産め。子どもは可愛いぞぉ。特に女の子は可愛すぎるぞ」
いそいそと愛娘がくれたという手紙を見せようとする。もう5〜6回は見せられたそれは端が掠れて破れそうになっている。
「いい加減破れますよ、それ。『おとうたんだいすき』って内容は知ってますからしまってください」
そう言えばしょぼんと手紙を内ポケットに大事に仕舞い込む。
つか、人の事はほっとけよ。結婚話に口出すオヤジは嫌われるぞ。
「あんまり娘にばっかり構ってると奥さんから呆れられますよ?修復不可能になった頃には、娘さんから『お父さんの服と一緒に洗わないで』とか『お父さん近寄らないで』なんて言われて、家庭内に居場所が無くなっちゃいますよ?」
軽い仕返しをしたつもりが、グレックさんはテーブルに伏せてしくしくと泣き始めた。
………マジか。
愛娘と愛妻の名前を呼びながら忍び泣く姿にドン引く。
これは、彼氏どころか男友達でも騒ぎそうだな。
「じゃ、私はこれで……」
めんどくさそうなので、そぉっとその場を離れる。
娘ちゃんまだ4歳だし、まだ大丈夫だよ、多分。
それより奥さんに構ってやれよ。
じめっとした空気を背後に置いたまま、厨房へと急ぐ。
私にできる事はない。どうせ娘ちゃんの手紙読んで復活するでしょ。
それよりも芋だ。ジメジメ中年よりもほかほかの芋の方が優先されるべきだろう。
だが、現実は非情だった。
「えぇ。無い!?」
告げられたのは火を落としたので調理が出来ないという無情なる事実。
「すまんなぁ。さっき火を落としちまったんだよ。料理も全部出しちまったからなぁ」
しきりに謝ってくるコックは悪くない。仕方ない。仕方ないんだが、あの時グレックさんが話しかけなけりゃ間に合ったんじゃないかと思うとかなり悔しい。
くそう。お父さん臭いって嫌がられろ。
芋。芋がぁ。。。。
泣いていいかな?
その時、涙目になってる私の鼻が甘い匂いを捉えた。
バッと振り向くと、縦も横もあるデカイ男が立っていた。その筋肉質の太い腕に抱かれた新聞からなんとも言えない芳しい匂いが漂ってくる。
ぐきゅるるるる〜〜〜〜
盛大に腹の虫が鳴った。
誰の?もちろん私だ。
ここで鳴るか!?しかもこの鳴り方!!はらぺこじゃないんだよ、ただ匂いが!焼き芋の芳しい匂いがいかんのだっ!
ここで鳴らなくてもいいんじゃないかな!恥ずかしすぎるだろっ。
穴があれば埋まりたい。つか、自分で掘って埋まってしまいたい。
「なんだ腹が減ってるのか?。ほら、これを食え」
羞恥に打ち震える私の前に、新聞に包まれたほかほかの焼き芋たちが差し出される。
え?こんなに良いんだろうか。
迷っていると手を掴まれて少し強引に新聞紙ごと渡された。
ほかほかで温かい。
「さっき裏で焼いてな。お裾分けにもってきたんだが、腹をすかせた者を放っておけんからな」
闊達に笑った彼をまじまじと見る。
赤茶の短い髪に、右頰の傷、精悍で男臭い顔つき。
「第三騎士団長…」
「他の奴らには内緒だぜ?それ食ったら、嬢ちゃんも共犯だからな」
ニカッと笑った顔が眩しい。
じゃあな。と颯爽と去る背中に慌ててお礼を言えば、手をひらりと振ってくれた。
噂に違わぬ男前。
流石。男に惚れられる男、ラングレー騎士団長。
惚れられると言っても色恋じゃなくて、「あんたの為なら死ねるぜ」系の暑苦しい方。筋肉マッチョの親分。
仁義に厚くて、部下思い。多少の茶目っ気もあり、部下を始めとして慕う輩は多数とか。
正に今、私も仲間入りしそうだ。
諦めていたほかほかの焼き芋がこの手に。ラングレー騎士団長……神か。
「正に、神。尊いが過ぎます」
「うひゃっ」
背後からの声に驚いて焼き芋を落としそうになった。あっぶなー。
え?誰?
振り返ればスケッチブックを抱えた小柄な女性が立っていた。
「初めまして。私、画家見習いのキーアと申します。突然ですが、その腕の中の焼き芋、一つ頂けませんか?」
「は?」
自己紹介から流れる様に手が伸びてくる。
慌てて抱え込んで後ろへ後退る。
「あれ?ダメですか?」
「いきなりすぎでしょ。なんなんですかっ」
人の芋に何をする。
油断も隙もあったもんじゃない。
「ラングレー様が焼いた至高の焼き芋、是非私めにください」
頂戴。とばかりに両手を出して首を傾げてくる。だが、残念な事に鼻息が荒く目が血走っていて怖い。
彼女から焼き芋を遠ざけるように身を引いたが、引いたが分近づいてくる。こわいこわい。
「分かりました。やはり等価交換をお望みなのですね。仕方ありません。ここは、ラングレー様秘蔵スケッチ3枚でいかがですか!?」
指3本をビシッと突きつけてくるが、スケッチ3枚ってなに?
「むむむ。渋るとは、なかなかに手強い方ですね。確かに、ラングレー様が手ずから焼いた至高の逸品。成る程、成る程」
なんかぶつぶつ喋ってるよ。怖いよ。
焼き芋冷めるし、帰っていいかな。
「分かりました。秘蔵スケッチ5枚です!もってけドロボーですっ!」
スケッチブックから何枚か取り出して私に押し付けると、新聞紙の中の芋をさっと取って走り去ってしまう。
「え!ちょっと!」
おい、ドロボーはお前だろ。
しかも、何気に1番デカイやつ持っていきやがった。
なんなんだあの子。
呆気に取られたのも一瞬。逃げたやつは仕方ない。まだ焼き芋は残ってる事だし、大目に見てやろうじゃないか。
もうこれ以上誰にも取られないように新聞紙を抱えて、歩き出す。
とりあえず一本食べておこう。
行儀は悪いが、歩きながらほかほかの焼き芋を口に入れる。
うわっ。蜜入りだ、これ。すっごい甘い。
「はふっ。ほれにしへも、ほれどぉしよう」
手にしたスケッチを見れば、全部ラングレー騎士団長の素描だった。
剣を持った姿、上半身裸で汗を拭いている姿、猫を抱っこしてる姿などなど。
画家見習いだけあって上手い。上手いけど、これをどうしろと……。
持ったままだと、面倒くさい事になりそうな予感しかない。
まぁ、後回しにして、焼き芋を堪能しよう。それがいい。
久々(?)の日常パートでした。変態というより変人?なストーカーのキーアさんが登場しました。
ちなみにタイトルの黄金は焼き芋です。秋だねぇ。
** 9月20日の活動報告にショートストーリー『腹巻を買いに』を載せております。




