閑話4. 次兄は奇襲をかける
今朝届いた一通の手紙がロットマン男爵家に衝撃をもたらした。
それを読んだ父は寂しそうに肩を落とした。目に光る物は皆が見ないふりをした。
次に読んだ長兄は突然祈り出し、義姉は悲鳴をあげてマルムと手を取り合って喜んでいた。そのうち踊り出すんじゃないかとこっちがハラハラしてしまった。
最後に読ませてもらった僕は、その手紙を2回読み返して王都に行く予定を立てた。
「俺が行ってもいいんだぞ」
「兄さんも父さんも忙しいでしょ。僕なら自由きくからね。次男坊は責任が少ないから、フットワーク軽いんだよ。少し2人の負担が増えるけど、大丈夫でしょ」
「じゃあ、速達出すか」
「変に情報を渡すとアンナは訳の分からない暴走をするから、得策じゃないよ」
「そうか?…いや、そうだな」
あの子に時間を与えると妙な方向に走って行くって知っているだろうに。兄さんは末っ子に甘いよね。まぁ、僕だってアンナには甘いから人の事は言えないな。
話しながら、荷物をカバンに詰めていく。
5日、いや、余裕を見て7日か。
「カレンにも会ってくるよ」
「分かった。ニナが張り切ってたからな。直接渡せるのは助かる。馬車使うか?」
「いいよ。ダムが羊毛を卸しに行くらしいから乗せてもらう」
「分かった」
最低限の荷物を詰めながら、やる事を頭の中で整理する。
妹への突撃訪問と、ルカリオ・ガルシアン卿に挨拶と確認と色々。カレンに会う為にナシエル卿に連絡して訪問段取りして……。貴族院に手続きに行く可能性もあるのか。その時はガルシアン卿に丸投げしてしまおうか。伝手も多そうだし、得意そうだし。
まぁ、いい。行ってから考えよう。臨機応変大事。意外となんとかなる。
当面の行動を決めた所で、義姉とマルムが抱えてきた荷物を見てげんなりしてしまった。
自分の荷物をもう少し減らすか……。
王都近くの町までダムに乗せてもらい、そこからは辻馬車に揺られてようやく王都入りを果たした。ここからは乗り換えて貴族街へ行く。
義姉やマルムたちの気持ちがパンパンに詰まった鞄をしっかりと持ち直して歩き出す。
王都は大体どこも人が多くて騒がしい。みんながガサガサと忙しなく動き回るので、歩くだけで人にぶつかりそうになる。貴族街まで行ってしまえばマシだが、嘘と虚栄で塗りたくられていて肩が凝る。
建物は高くて圧迫感があるし、空気も埃っぽいし、臭い。
総じて、王都は苦手だ。やる事をやって早く帰りたい。
領地持ちの貴族は王都にタウンハウスを持っている事が多いが、うちは所有していない。
金がないのも理由の一つだが、1番の理由は使わないからだ。
役職を持たず、領地経営だけの男爵家だし、高位貴族と顔繋ぎする気もあまりない。そんなうちだから王都に来るなんて年に1回か2回ぐらいしかない。そんな時の為だけにタウンハウスを持つなんて金を捨ててるようなもんじゃないか。もったいない。
王都に来たら、宿に泊まるだけで十分だ。
今回もいつも使っている宿を取り、早速ルカリオ卿とカレンに手紙を認めて、荷物を片付ける。
さて、明日は王宮か。
面会希望を提出すれば、部屋に案内され待つように告げられた。
仕事中だと分かって訪れたのだから待つのは想定内。勉強でもしようと本を取り出す。
王都の良い所は物が豊富な所だ。田舎じゃ手に入りにくい学術書や医術書が手に入る。ちょっと高いのが難点だけどね。
本を半分ほど読み終えた時、ノックと同時にドアが開く音がした。
視線を向けると半開きになったそこから、うちの末っ子が顔を覗かせていた。体半分だけを隠してじっとこっちを伺う仕草は警戒心の高い狸みたいだ。
何をやってるんだか。
「アンナ。早く入っておいで」
目があった途端に隠れたが、意味ないよね。
「わざわざ可愛い妹に会う為に訪ねてきた兄に対して、なにかな?その態度」
足掻こうが嫌がろうが結果は変わらないのだから早々に諦めればいいのに。
渋々とにじり寄るように近づいてくる。
なに。その変な動き。
「いきなりどうしたの?なにかあった?」
なんでそう身構えるかな。叱られる前提なその発言は、確実に何かやったね?
僕だって、好きで毎回お説教しているわけじゃないんだよ。
でも、期待には応えたくなるんだよね。
「あったとも。父さんが可哀想なぐらい気落ちしててね」
「え!?お父さん、どうしたの!?病気?怪我?出産が上手くいかなかった!?」
沈痛な表情で父さんの話をすれば、面白いぐらいに慌てて駆け寄ってくる。掴みかかってきそうな迫力でやってきたアンナの額をぺちんと叩いて止めた。
家畜の出産を省略して言うな。人聞きの悪い。
「お前から何の連絡もないのに、ガルシアン卿からいきなり婚約の許可を求める手紙が来れば、ショックだろ」
「ええ!?な、なに、それ!なにそれぇ!!」
あー、やっぱり知らなかったな。
この前来た時にガルシアン卿とは色々話したけど、あれは厄介だ。爽やかそうに見せて、中身は猛禽類だ。
外堀埋めて、埋め尽くして囲い込むタイプだろ。逃がす気ゼロだろ。
お前、なんであんなのに目をつけられたんだ。
「一昨日、速達が届いてね。結婚を見据えたお付き合いをしたいので、婚約を許してもらいたいって内容だったよ」
持参金も要らない、もし双方に結婚の意思が無くなれば何の柵も無く解消できるなど。格下の男爵家からすれば破格の申し出だ。破格すぎて薄寒い。
どんな思惑があろうとも、うちの意見は一致しているけどね。
「アンナ。お前はガルシアン卿を結婚相手として見てるのか?婚約をしてもいいのか?」
結局はそこなのだ。
アンナが自分の意思で彼を選んだのなら、父さんも僕らも文句などない。でも、そうじゃ無いなら、いくら良い話でもあり得ない話なんだ。
「分かんない」
目を見開いた後、視線を彷徨わせて、俯いてしばらく悩んだ末に絞り出した答えがこれだった。
「いきなりプロポーズされて、それまで自分がそういう対象に見られてるなんて思いもしなくて、ゆっくりでいいから結婚相手として意識して見てほしいとか言われて、一気に色々あって……なんか、私の気持ちだけ置いてかれてる気がして、よく、分かんないの」
「そうか」
うん。混乱してるのは分かった。
考えすぎてちょっとおかしくなってるな。
「アンナ。シンプルに、彼が好き?それとも嫌い?」
そう聞けば、泣きそうな顔で途方に暮れる。
本当に、馬鹿な子だね。
嫌いな事は即答即断するくせに。答えに詰まる事が答えなんじゃないのか。
教えてやらないけど。
「僕らは、ね。お前が望んだ上で幸せになれるなら反対などしないよ。だから、自分と向き合って悩んで悩んで答えを出してごらん」
口をギュッと引き締めて、きちんと頷く頭を撫でてやりたいけど、髪型が崩れるだろうからやめておく。
代わりに義姉さんとマルムに持たされた土産を取り出した。
さっきよりも落ち着いた様子に安堵して、簡易だけど話をまとめていく。
とりあえず、今はまだ口約束だけにし、アンナの気持ちが決まったら正式に婚約し、親同士の話し合いなど本格的に動く事を決める。
1年という期間を設けたのは、こちらとしても分かりやすいので問題はない。むしろもう少し早くてもいいんじゃないかと思うが黙っておく。アンナは時間かける方がダメだと思うんだよね。まぁ、その辺はガルシアン卿の手腕次第だよね。
応援はしてあげるけど、手は貸してやらないよ。
「3日後に帰る予定にしてるけど、また顔を見せられるかは分からないな」
「大丈夫。父さんやみんなに寒くなるから気をつけてって伝えて。あ、ついでにこれ臨時収入あったから父さんに渡しといて」
ポケットから出したのはお金入りの巾着。
まーた、コイツは。
呆れと諦めをないまぜにして、大人しく受け取る。
こっそり貯めてるから別にいいか。
帰り支度をしていると、なんだかアンナがそわそわとしている。
「どうかした?トイレ?」
「違うからっ!」
余計な事を言うアンナにしては珍しく歯切れが悪い。
変な物でも食べたかと首を傾げれば、何度も躊躇った末に口を開いた。
「あのね。もし、もしもよ?もしも、カイン兄ちゃんとルカリオさんが道ならぬ恋に落ちたらちゃんと言ってね。ちゃんと…いだあ!!!」
どうしてくれる。全身に鳥肌がたったぞ。
握り込んだ拳の中指で、ふざけた事を考えるこめかみをグリグリと念入りにマッサージしてあげる。
髪型に配慮してあげる僕って偉いな。
「アンナ。やっぱり予定変更しよう。明後日にまた来るから、仕事が終わったら、じっくり、ゆっくり、話をしようか」
大丈夫。怒ってないよ?とにっこり微笑んだのに、アンナは何故か顔を青くした。
アンナの残業(お説教)が決定した。
次兄登場です。アンナに似た言動はやはり兄妹です。
カインの裏話は活動報告に記載しております。