41.王宮侍女は推理する
ルカリオさんにプロポーズされた。
1日経ったけど、頭が追いつかない。
どういうこと?
ちょっと整理してみよう。ルカリオさんと芸術祭に出かけて、見て回って、食べて、散歩して、プロポーズされた。
意味わからん!!
「付き合ってください」ではなく「結婚してください」ってなに。
告白をすっ飛ばしてプロポーズってなに。
友人から恋人飛ばして奥さんってなに。
いつの間にそんな仲に?もしかして、覚えてないだけで告白されてた?もしかして、付き合ってた?いやいや、夢でさえそんな記憶はカケラもない。
むしろ、そんな気配あったか!?いや、無いだろ。無かっただろ。
どこをどうして、なにをなにがなにしたらプロポーズに繋がるんだ。
おかしい。おかしいだろ。
もしや、ルカリオさんの盛大な悪戯!?
いや、流石にそんな将来を賭けたドッキリはしないはず。だって承諾したら結婚しちゃうんだよ。ハイリスクノーリターンだ。得るものがないじゃん。
自虐じゃないが、私は美人じゃない。
知り合いのおじさんおばさんから「あらまぁ、可愛くなったわねぇ」とお世辞を言われる程度だ。ルカリオさんは独自の美的感覚をお持ちなんだろうか。イケメンなのに勿体ない。
それに、自分で言うのもなんだけど性格もいい方じゃないと思う。口悪いし、陰険だし、短気だし。
それに、実家は男爵家だ。領地は酪農がメインの、領民よりも家畜の数が多いような田舎だ。
はっきり言って王都で活躍している伯爵家とは釣り合わない。
顔も身分もついでに性格も良いルカリオさんが私と結婚して得る物などあるだろうか。
––––––– ないな。
悲しいほどに思いつかない。
…………もしかして。いやいや、でも、まさか?
まさか、ひょっとして、次兄狙い!?
そうか。そう考えると辻褄が合う。
この前帰った時に意気投合してたし。でも、男同士だから世間的に大っぴらにはできない。そこで2人の共通点でもある私の出番!!つまり!私を奥さんという隠れ蓑にするつもりなんだ。
なんてこった!偽装結婚のプロポーズをされてしまった。
でも、カイン兄ちゃんはゲイル兄ちゃんの補佐する事が決まってるから王都には来れない。って事は、ルカリオさんは通い婚してゆくゆくはうちの領地に来るつもりなんだろうか。
離婚は難しいから私も帰る事になるんだろうけど、明らかに私って存在は新婚生活には邪魔だよね。
別居するにしてもうちの実家じゃ納屋か厩舎しかないけど、新しく建てる費用なんてないし。
………いや。私が付いて行く事なくない?向こうで持て余すぐらいなら、ここで働いてた方が良くない?
結婚しても侍女は続けられるし。今みたいに年に2回帰るところを、仕事に託けて断れば面目もたつんじゃない?
別居婚とか貴族じゃあるあるじゃん。
なんだ、解決か。解決じゃん。意外とシンプルだったわ。
それにしても、ルカリオさんとカイン兄ちゃんかぁ。
カイン兄ちゃん、お姉ちゃんに似てるから顔面は悪くないもんね。ルカリオさんと並んでも私よりはマシかもしれない。
いや、でも、身内の欲目とか言うじゃん。世間的にどうなんだろう。あれ、カッコいいのかな。いや、カッコいいは違うな。理詰めで追い詰めてくるし、ねちっこいし、お姉ちゃんの次に説教が長かった。………うん。カッコ良くはないな。
ところで、どっちが嫁なんだろう。…………身内でそういうの考えちゃダメだね。家族でも秘密は必要だわ。
「流石に、ガルシアン卿が不憫になってきたわ…」
仕事の休憩中に、ミレーヌさんに昨日の出来事を聞かれて楽しかったですよ〜と無難に答えたのだが、私の態度が妙だと訝しがられ、詰め寄られて、上げて、宥めて、追及され、お出かけ先からプロポーズの事まで吐かされた。
こうなりゃ自棄だと、正解であろう自論を披露した結果が先ほどの不憫発言である。
なんでルカリオさんが不憫?この場合、不憫なのは私じゃね?
「いい事?良くお聞きなさい。ルカリオ・ガルシアン卿もカイン・ロットマン卿も男色ではありません。その考えは海の彼方に投げ捨ててお仕舞いなさい」
「えぇぇ。でも、それだと、ルカリオさんは何の利点もない私にプロポーズした事になりますよ?」
それとも私の考えが及ばないぐらいの利点があるんだろうか。
悩む私の前で、ミレーヌさんは深々とため息をついた。
「この自己評価の低さは何かしら。普通に貴女に惚れたのではないの?」
「それはあり得ませんよ」
そんなご都合主義な小説みたいな話がある訳ないじゃ無いですか。
貧乏な平民が王族に見染められるお伽噺は、主人公の女の子が優しくて美人で賢くて皆から愛されるからだ。少女に夢を見させる絵空事ですよ。
「この子が相手では、進展なんて亀…いえ、カタツムリよりも進まなかったのでしょうね。だから、かしら?」
進展も何も、そんな土台無かったですよ?なのに、急にプロポーズされたこっちは大混乱だ。
意味がわからない。
「『兵は神速を尊ぶ』と言うけれど、早すぎるのは減点ね。でも、サプライズとしては有りなのかしら?月夜の告白なんて素敵だけど、花束も指輪も無いのが残念だわ」
「いや、ですから。それ以前の問題で……」
「持ってないなら、この光景を君に…とか、どんな宝石も君の前では色褪せてしまう…とか、言葉による工夫が欲しいわよね」
「鳥肌立つか、笑っちゃいますよ」
「指先への誓いのキスだけなのもね〜。雰囲気で流して情熱的なキスでもすればいいのに」
「されるの私ですよね?」
ダメだ。聞いちゃいない。
ミレーヌさんもリンデルさんもたまに考え事が
暴走するのをやめて欲しい。
そんな甘い雰囲気じゃなかったよ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
思考も言葉も動きも止まってしまった私に向けて、ルカリオさんは困ったようにくすりと笑った。
「突然言われても困りますよね。でも、本気なので考えてください」
「は、ぁ……」
「いつまでも待ちます、と言いたいところですが、期限を決めた方がアンナさんも目標が持てて良いと思うんです」
「は、ぁ…」
「そうですね。では、1年としましょう。来年の芸術祭までにお返事を聞かせてください」
「は、ぁ…」
「それまでは婚約という形で、私の為人を知ってくださいね」
「は、ぁ………えっ!?」
「結婚を視野に入れたお付き合いですから。『婚約』です。ね?」
笑顔で「ね?」と小首を傾げられて、危うく頷きそうになる。
「いやいや、待って。え?」
「何か違いますか?」
そんな不思議そうに言われたら、自分が間違ってる気になってくる。
「いえ。でも、変、変ですよ」
「どこがですか?私がアンナさんにプロポーズをした。アンナさんは今すぐに返事ができない。だから、アンナさんが私と結婚してもいいかを考える期間を婚約という形で過ごす。どこか変ですか?」
自信満々に言われると間違ってない気がしてくる。
流れ的にそうなんだけど、おかしくないのかもしれないのだけれど、あれ?急に言われて混乱してんのかな。
「ね?どこも変ではないでしょう?」
「は、ぁ…、そう、かな」
「そうですよ。では、帰りましょう。今度はちゃんと送りますから」
差し出された手に、反射的に自分の手を乗せてしまう。
そうして、上機嫌なルカリオさんと手を繋いで馬車へと戻った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今考えても、ルカリオさんの論法は何かおかしい気がするんだけど、どこがおかしいのか分からない。
そもそも、ルカリオさんは私が好きなんだろうか。そんな素振りは無かったと思うんだけど。
とりあえず、昨日の出来事を振り返ってみよう。
ダラパール氏の洋服一式のプレゼント。しかもお揃い。
ルカリオさんの香水の匂いまで思い出せる程、近い距離のエスコート。
ミュゼで化粧品の話で盛り上がって、私に似合う色を選んでくれた。「キスしたくなる色ですね」って笑って冗談を言うから「そんな相手いませんよ」って笑い飛ばしたな。
宝飾店の前で「今日の記念に指輪を贈りたいのですが、どんな物が好みですか?」って言われたから、「仕事の時に邪魔になるから要らないですよ」って断った。うん。断ったな。残念そうな微妙な表情を、してた気がする。
ディナーの時に私の手料理を食べてみたいとかそんな話もした気がする。直後にライオンのショーが盛り上がってそのままだったけど。
あれって、そういうあれ?
もしかして、私が気がついてなかっただけで、今までもそういう雰囲気あったの!?
うそ。いつ!?どこ!?
え?マジで?
いやいや。そんなワケ……いやいや、でもさ。
うっそぉぉぉ………。
その夜、散々頭を使って悩んだせいか、高熱を出して寝込む羽目になった。
その病は知恵熱という。